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顔も知らない美少女に告白されたけれど、展開が何か思ってたのと違う。  作者: true177
Chapter4 安全地帯の防衛

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36/51

File36:招集

 本格的な夏が到来しようとしている。エアコンの効かない古ぼけた教室はもの静かで、外から響く生徒の歓声すらさわがしい。

 いまどき珍しい木製の扉は、さらなる来訪者を希求してたたずんでいる。この教室のある階層に上がってくる輩は、きっとその類いに属する人間だ。


 龍太郎は、避難場所になっている空き教室で、蒸し暑さと格闘していた。


「成瀬は知らないだろうけど……。……これだと、成瀬に非がある言いかたになってるな……」


 伝言の最終確認は怠らない。万一同盟を破棄されようものなら、一貫の終わりだ。


 トップに君臨する者が弱者をかばう、いびつな枠組み。安定した器におさまったと思われた取り組みは、斜陽になっていた。排反するシステムを導入することは、ステータスが大きな五角形を表す成瀬でも不可能だった。

 ひとりとして、成瀬本人に歯向かうことはしない。カリスマ性があり、利益ももたらしてくれる上司に挑戦状をたたきつける無謀な元気など、二軍女子に備わっているはずがない。


『……出てくるなよ、前橋』


 努力をして階段を上がらず、寵愛ちょうあいを受ける要素も持ちあわせず。そんな彼女らは、同調圧力を原理原則と定めた。自分勝手なエゴイスト達である。


 美紀は、その捜査網に引っかかった。下位にランク付けされておきながら、成瀬のそばに置かれている。ドクロの目が向けられるには十分すぎる要素だった。


(……いつでも、成瀬が付きそうわけじゃない……)


 少女がひとり群衆に取り残された時、監視の目が外れた暴走集団が何をしでかすか。想像するのは難しくない。

 ツバを飲みこむのにも一苦労する。教育の場で、なぜ人権が保護されないのか、と。


 枠に合致していない扉がきしみ、二人組の影が差し込んできた。


「ふぅ……。追っ手を撒くの、一筋縄じゃいかないんだから……」

「……おまたせ、龍太郎くん……」


 体格から性格までかみあわない、凸凹コンビの登場だ。辺境まで呼び寄せたのは、もちろん龍太郎である。


 成瀬の制服は、肩の位置がズレていた。肌に薄い汗の層がしみだしているのは、教室外を動きまわった証拠。空調設備がないのは普段使いされない教室であるからだ。


 美紀の膝に、絆創膏がななめに貼りつけられていた。


「なーに、ボーっとして……。これは、何もないところですりむいただけ。転んだ理由は美紀に聞かないとわからない」


 空気との摩擦ですり傷を作る彼女は、もうドジっ子の殿堂入り確定でよさそうだ。


 雑談が始まりそうな気配を察知した龍太郎は、勢いよく蛇口をひねった。


「……近ごろ、高校の治安が悪くなってないか……? 成瀬が維持しようとしてるから、今の状態で済んでるのは前提として……」


 治安は治安でも、美紀に対する攻撃性の強弱である。


「美紀が狙われてないかって? ……思い当たらなくもないけど、それは入学したての頃から同じでしょ?」


 何をいまさら、と成瀬は首を傾げた。


(……トップに立ってると、やっぱり死角になるのか……)


 女王の視点から、玉座の裏は見えない。辺鄙へんぴな農村の村人が口にする不平不満は伝わってこない。周囲から警戒されるがゆえに、上位層は真実の一部を隠されている。


 龍太郎は、脅威として受けとめられていない。美紀を手助けしたい身として悲しくはあるが、情報収集には一役買っている。実力者だと認めらていれば、女子たちが美紀の愚痴を漏らしはしなかっただろう。


「すくなくとも、上辺のデートをしてたとき、攻撃されてはなかった」


 龍太郎が彼氏に()()()()()初期も初期、彼女は孤立こそしていたが、横から槍が突きだされはしなかった。『早々にお似合い階級同士で付きあう変な女子』程度の扱いだったはずだ。


 今では、美紀が教室を動くたびに、机の脚からヒモが伸びる。引きずりおろそうとする絶え間ない悪意が、少女に襲いかかる。無関心から嫉妬へと変化した目線が、痛みを伴わずに彼女を貫いていた。


「……あくまで例として出しただけ、だから……」


 『デート』に無垢な少女の視点が定まらなくなったのを見て、フォローを入れる。罪悪感を消せない彼女はまっすぐな子だ。


「美紀のいる前で話すのもどうかとは思ったけど……。このまま生活がつづいたら、いつか美紀が危ない目にあう」


 スポットライトを浴びないよう、成瀬が工夫を凝らしてくれているのは傍目はためからくみ取れる。が、その取り組みで誤魔化せないところまで病状が進行してしまった。


(……成瀬が、受け取ってくれるかどうか……)


 案を策定するにしても、成瀬の協力は不可欠。大国の抜けた条約は機能しえない。


 落ちつかない美紀が、成瀬の手を取った。まぶたを目に添えて、酸素の薄い空気を取りこもうと必死になっていた。


 腕組みしていた成瀬が、口をひらく。


「……事情はよーくわかった。再発してる、ってことか……。あのボンクラたち……」


 龍太郎のほうの事情がよくわからなくなった。


「……再発? 直近以外に、美紀に何か……?」

「あったよ、龍太郎くんは知らないだろうけど。……入学した週くらいに、美紀が囲まれてた。『目立ちたがり屋』『自慢話をしたいだけのバカ』って……。バカじゃなかったらこの高校に来てないだろ、ってんだ……」


 成瀬は虫けらをいなす目つきで舌打ちをした。


「そのバカたちは、成瀬が片づけたけど……」


 知らない情報に、前提が覆された。美紀への侮辱行為は、今にはじまった話ではない、と。


(……目立ちたがり屋? 因縁をつけるにしても……)


 言いがかりだと切り捨てようとして、そう判断できなかった。


 恋愛感情も、文化的な生活も奪われていた当時の彼女が、単独で悪目立ちする行動をとるはずがない。プライベートで会う今の美紀ですら、消極的な一面が見えるのだから。

 入学式が行われた週、それは美紀が突撃告白を敢行した日も含まれている。彼女が主体的にアクションした唯一の出来事だ。


(……成瀬が睨みつけてきたのも、そういう……?)


 偽りの皮を脱いで、亜希と三人で行ったファミレス。通りがかりの成瀬は鬼の形相だった。


「……本当に美紀のほうから告白してたのはびっくりした……」

「成瀬、となり」


 無意識に、躊躇なく黒歴史を掘りかえそうとする。逃げ場所を奪われた美紀は、天に星を浮かべてしまった。


 龍太郎が目撃した事実と、成瀬の口から明かされた過去の出来事。組み合わせると、事の真相が見えてくる。


 美紀への憎悪は、四月初めに成瀬によって鎮圧されていた。以降表面的には抑えられてきたが、蓄積した不満がついに水蒸気を上げだした。


 最初から、中間層は美紀を生贄にする気だったのだ。


「……俺から、謝らなきゃいけないことがあるな……。……成瀬が干渉しすぎて、美紀が標的になったのかとばっかり……」


 責任は女王が一翼を担っていたのではなく、はじめから存在しないもの。全体像を目視できていなかった。


 龍太郎の謝念は、鼻息で軽くあしらわれた。


「正直に白状してくれたらそれでいいんだよ白状さえしてくれたら。ことが全部終わったら、一発入れる」


 あまりゆるされた感触がしない。


 美紀が一息ついても水を差されない世界に。龍太郎も、成瀬も、望む先は変わらない。


「……とにかく、大変なことが起こる前に……。不穏な動きがあったら、解散させてほしい。無理強いはしないけど」

「はいよ。成瀬の命令に逆らってくるやつらがいたら、それはそれで面白いかもね……」


 唇はにやりと笑っているが、目は地面に着地したまま。快活な言いきりでないのが、拭いきれない不安を示している。


 議論から放りだされていた美紀が、肩の荷をようやく下ろした。


「……つまり、私を守ってくれる、ってことだよね……? 無理は、しないで……」

「当たり前のことは、『無理してる』に入らない」


 成瀬は腕をまわし、固まった関節をほどく。ピラミッドの形を維持するのは、彼女にとって日課でしかない。


「……美紀。今の美紀は、『守りたい』と思える存在なんだよ。もっと、前を向いて……」


 下降気味の自己肯定感を支えようとして、その言葉は途切れた。


 美紀の肩を撫でていた成瀬が、呆気にとられた顔を飛ばしてきた。目を見開いて、本人確認を入念に行っている。


(……何言ってるんだ、俺……)


 フトンがあったら冬眠してしまいたい。少女とはとても目を合わせられない。


 心にとどめておくべき決意を垂れながしにしてしまった龍太郎には特に気にかけず。


「……励ましてくれてありがとう、龍太郎くん……」


 彼女に『好き』が追加されたとき、龍太郎を爆発させずに生き残らさせてくれるだろうか。


 チャイムで我にかえるまで、その場を動けなかった。

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