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顔も知らない美少女に告白されたけれど、展開が何か思ってたのと違う。  作者: true177
Chapter4 安全地帯の防衛

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File34:善いこと

 美紀の恋愛感情を取りもどす、いや植えつけるには、何をすればいいのか。少ない頭で知恵をひねり出そうとしても、やすやすと思いつくものではない。


「……ふんふん、ふふーん、ふんふんふん……」


 背もたれにもたれかかる少女が奏ではじめた即興のメロディで、脳細胞が活気づけられる。


 龍太郎は、これまでに施してきた策を思いかえしてみた。


(……美紀に直接なにかをしたこと、あったか……?)


 環境を整える準備はあっても、心に訴えるものは少ない。心理の面からも、突破口を探していかなくてはならなそうだ。


 また精神世界に戻ろうとして、忘れものを思いだした。


「美紀、そういえば……。『一日一善ノート』、作ってなかったか?」

「もちろん! 一日もかかさず、書いてるよ」


 意識の浮ついていた美紀に、ほんのり灯りがついた。小さな体に引っついてくる制服が跳ねたように思えた。


 飢餓騒動以前のことで、すっかり忘れていた。龍太郎は、『そんなの、作ってたねー』と亜希が苦笑いするほうに賭ける。


「……高校に持ってくるのは怖かったから……。家に来てくれるなら、見せてあげられるけど……」

「乗った!」


 監視衛星から噂を聞きつけた成瀬が、はるばる宇宙を旅して登場した。地獄耳とは彼女を指す言葉である。


(ノートを持ってこれない……のは当然か)


 小柄で立場の弱い少女にとって、高校は危険な場所の一つでしかない証明だ。成瀬の力一本でも、残念ながら環境は改善されていない。


 龍太郎にとっては、ひさしぶりとなる美紀の家。こびりつく貧乏イメージは、亜希の尽力で多少は変わったのだろうか。


(……美紀……の、家……)


 彼女が生活する空間に行く意味が、意識の中で色づいている。ブレーキ役の亜希は、間に合いそうにない。


 美紀とすごす時間が伸びたことに歓喜する少年心と、成長を楽しみにする親心が両立した龍太郎である。




----------




 砂利道を抜けた先に、くだんのボロ屋が姿を見せた。明かりがついていなければ、ただの廃屋にしか見えない。


「……成瀬ちゃんも、龍太郎くんも、あがって。……お茶は出せないけど……」


 家主にならって靴のかかとを揃え、居間にあがる。ジャンプをすれば踏み抜いてしまう床板は、数週間前と何も変わらない。


 ちゃぶ台には、向かい合うように置かれた座布団。選択肢は存在せず、成瀬と対面に座った。


「……そういえば、龍太郎くんは配信以来だったっけ……。クイズ、家の中の何が変わったでしょう……か?」


 首を傾げる美紀は、心をわしづかみにするエンターテイナーだった。頬が緩んでいるのを成瀬に悟られてはいけない。


 キッチンに目を向けると、白くそびえ立つ塔が約一本。コンセントが尻尾から伸びている箱が、約一台。かつての貧乏少女の家にも、文明開化の波が訪れていた。

 居間を見わたしても、あきらかに彼女専用の学習机。ゴミ置き場にされることは、彼女が拒んでいるらしい。書きかけのノートが開かれたままだ。


「……全部。どこもかしこも。亜希が文句をたらしてた箇所すべて」

「……正解、になるのかな? 選んでくれたのは亜希だったし……」


 あらゆる分野に明るい幼馴染博士なら、性能を心配しなくてよさそうである。


(……とはいえ、美紀の親は事情を知らないだろうし……)


 美紀には汗水流して手にいれたお金でも、両親からすれば『湧いてでた』拾いもの。財政のヒモが親に握られていれば、彼女が自由を授かるターンは一生回ってこない。


 追加で疑問を入れるとすると、家電の所有権はいったい誰の手に渡っているのか。親が保持する未来は、はした金になっている。一人娘にビール缶しか見せない親に、将来性を構築できるはずがないのだ。


「……美紀の親は、大丈夫か? お金とか……、亜希に買ってもらったものとか……」


 亜希が手段を尽くしてくれていても、なお不安になるのが龍太郎のいけない点である。


 いつもは弾んでいる美紀の目が、柔軟さを失った。


「……私から、『絶対使うな』って釘を刺したから。……もう、他人のせいで何もできない、なんて……。こりごりだったから……」


 足かせに感じたとしても、実の親は実の親。翼をもがれていた彼女が、残された羽を伸ばして飛びたとうとしていた。


 理不尽に抗う心を手に入れた美紀は、どこかものさびしく映る。従ってさえいれば無難に過ごせた過去を打ち消して、未開拓の地へ降り立った孤独さだろう。こればかりは、慣れるのを待つしかない。


「……ノート、取ってくるね……」


 防護壁を用意せず、スカートをふんわり反りかえらせて美紀が立ちあがった。広げられたノートに向かっていく。


(……机に出したままで……)


 今日が始まったときから、龍太郎たちを招きいれるまでのあいだ。ノートには、何かが書き込まれたはずである。不要物を放置しておく意味はない。


 一挙手一投足をメディアに保存する成瀬は、手持ちぶさたそうだ。人目の入らない空間は、そう多くはない。


「……高校だと聞けないから、ここで聞くけど……。……強いヤツと戦う時、どんな風に考えたらいい? ……もちろん、俺がする前提で……」

「ん、知らない。……だと、求めてられてる答えじゃなさそう。……龍太郎くん、自分がどの位の格付けされてるか、分かる?」


 最低限の配慮をしてくれた。声質が鋭利なのは変わらずとも、虫眼鏡で観察すると先端は丸めてくれている。


(俺の、立ち位置……?)


 スクールカーストで判断するなら、最底辺。武力ランキングでは、下位常連。平均より優っていそうなのは、美紀に対する熱意くらいだろうか。

 格上に向かっていく勇気は、真向かいの成瀬に譲ってもらってようやく平均に達する。いわゆる『人を助ける力』において、龍太郎は優位性を作りだせていない。


 『闇の差しこむ悪循環を生みだしてはいけない』との誓約が、クレバスに挟まる寸前で龍太郎を引っぱりあげた。


「……正直、何のパラメータで見ても、下のほうだ……」

「それくらい、一秒で即答してくれないと……」


 黒色になりかけた龍太郎を一周して、成瀬はため息をついた。分かっている事柄を複雑にする癖は、無意識のうちにやってくるのだと感じらせられた。

 人差し指が、優柔不断な男をめがけた。


「ともかく、龍太郎くんの武器はそこ。振りきれてるから、分かりやすい。……『ありのままの自分である』かな、まとめるとしたら」


 彼女の眼光は緩まない。いつもの暴風が強風注意報に格下げされていても、自然と背筋が伸びる。


 『ありのままの自分』とは、龍太郎そのままのこと。武力で負ける相手に遭遇したときは、ぶつかっても悲劇が待っているだけという意味だろう。


 また成瀬に質問をぶつけようとして、腕でけん制された。左を見ろ、とハンドサインが飛んでいる。


「……ほら、これ。『一日一善』ノート。亜希が作ってくれてから、もう宝箱みたいになっちゃって……」


 一枚一枚を羽ばたかせるのは、蚊帳の外だったらしい住人の少女。表紙タイトルに『いちにちいちぜん!』と善行なのか米飯なのか判別しかねる題名が載せられている。

 ちゃぶ台に広げられたソレには、規律に沿った美紀のおとしやかな字がおどっていた。ひらがな成分多めで、カチコチの龍太郎とは反対の文章スキルを持っている。


『亜希と龍太郎くんが、捕まってたわたしを助けてくれた』


 まだ記憶に新しい重大事故未遂も、ありありと生きていた。美紀が読み聞かせ会を開いているかのように鼓膜が反応した。


「……美紀、この『龍太郎くん』、消しゴムで消したほうがいいんじゃない」

「武力型亜希になるのは勘弁してくれよ……」

「誰がアキになってる、だって? 初対面から『ちゃん』付けされたの、忘れてないからな、あやつ……」


 時限爆弾の起爆コードを切るところだった。ていねいに点線が引かれているのが悪い。


 美紀は、いつでも恐ろしい成瀬の額に指を走らせていた。


「私も、龍太郎くんと同じこと思っちゃった……。……龍太郎くんをニセモノの包丁で切りかかるの、亜希もよくするから……」


 頬が持ちあがったほほえみが神々しい。少女には、新しい気の許せる友がもう一人いた。


 味方に背中を急襲され、百戦錬磨の女王も身動きが取れていない。野生の狼をひるませる目力も、美紀相手には子猫の甘えになってしまう。


「……いいよ、成瀬は寛大な女だから。……」


 美紀にされるがままのロボットと化した成瀬を脇において、龍太郎はノートの金言を読み込んでいく。


 同クラスの保護者なこともあって、対象の大半は成瀬。彼女なしに、美紀は相対的に安定した日常を保てただろうか。愛情に代わって、巨大な友情が一文字一文字から発現してくる。


 少女の貴重な『今』を、対価も払わず閲覧していいものか。わずかな葛藤があったのちに、ページをひとつめくる。


『こけそうになったところを登川くんが助けてくれた』


 これは、プロジェクトが始まってまもない頃のもの。成瀬が『ドジっ子』と公言する根拠は、どこにでも埋まっている。


 美紀に日付をたづねようとして、ある一文に目が留まった。


『龍太郎くんが、手を差し伸べてくれた。不安を全部取り払ってくれた』


 このノートには、彼女の本音が記されている。その日起こった出来事を、新鮮なうちに文として残してくれている。

 この一文だけなら、意識を釘付けにされることはなかっただろう。


『その手を取れたことが、嬉しかった。よく分からないけど、力がすっと抜けた』

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