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File3:突撃! アポなし美少女!

 変わらない一日の始まりを告げる、暖色をした太陽の登り。龍太郎は、朝食を胃袋に詰め込んだ後になって、ようやく日光浴をしていた。

 髪の毛に手をやると、いまいち整わないぼっさく頭。近いうちに理髪店の予約をしなければいけなそうだ。

 鏡を見ても、寝ぼけた龍太郎の姿以外に何も映らない。件の少女が後ろで待ち構えていたり、何処から侵入したのか分からない封筒が机に置かれたりはしていなかった。


「……結局、あんまり寝れなかったなぁ……」


 一人でいると、自然と愚痴もこぼれてくる。ありのままの自分を存分にさらけ出せる、唯一の場と断言してもいい。


 あの少女の唇の動きが、龍太郎の意識にメスを入れた。突飛なステレオタイプの数々が、龍太郎の脳から安眠を抉り取った。


 両親から離れ、龍太郎は一人暮らし。アパートの一角で、簡素な生活を送っている。尋ね人と言えば、配達業者と、時折やって来る訪問販売の胡散臭い男女しかいない。


(……煮るなり焼くなり、向こうから好きにしてくれれば……)


 彼女の恐ろしい点は、主要な決断を龍太郎側に一任してくることだ。指示だけを一方的に飛ばし、解釈から結論までのプロセスは龍太郎。はたから見れば、世紀の悪女である。本人にその気が見受けられない所が、彼女の存在をますますぼやけたものにしている。


 出発前のひと時で床に寝そべろうとした刹那、玄関の呼び鈴が鳴った。新聞は取っていない。テレビの集金は、一昨日支払ったばかりだ。


 仕送りからやりくりする貧乏生活の龍太郎に、画面付きはおろか、通常のインターホンを選ぶ余裕も無かった。扉を開けて初めて、訪問者と対面できる。


(こんな朝早くから……。……まさか、あの子だったりして、な……)


 そんなことはあり得ない。理詰めで、龍太郎は平静を取り戻した。

 住所を教えてはいないし、何よりも彼女は徒歩通学である。列車で数駅移動した先に住む彼女は、龍太郎と出会う術が存在しないのだ。


 雑念を一通り脇に降ろし、龍太郎はカギを解除した。


「おはよう、カレシくん。ぐっすり、眠れた?」


 昨日の晩から付きまとって離れない、少女の顔が覗かせた。

 バタン。反射的に、玄関を閉ざす。念のため、試してみる。


「……今日も、高校だよ? もしかして、休みと……?」


 バタン。今度は意識的に、扉を外側へ押し込んだ。腕力でこじ開けられないよう、全体重をのしかける。

 起こりえない現象が、龍太郎に発生していた。


(ここ、どれ位離れてると思ってるんだ……)


 自転車を漕いでやってきたと仮定しても、優に一時間を超える。勿論、今から高校へは間に合わない。

 それでも、事実は事実。現実を受け入れ、三度目の正直とドアを投げやった。


 正真正銘、彼女が背筋を伸ばして待っていた。


「……ちょっと、ひどくないかな? カノジョを信頼できないなんて……」


 信頼できないですよ、そんなもの。愛情を一方的に押し付けてくる人なんですから……。


 彼女の話し方に、角ばったものを感じた。研磨しても削れない、仕方のないもの。かみ砕けない塊が、うずくまっている。

 少女は手で口を覆い、大あくびをした。目の下には、黒い靄が認められる。龍太郎がそうであったように、彼女も寝不足戦士の一員であろう。理由は不明である。


 この体のなまった少女に質問したいことは、山ほどある。


 先陣を切ったのは、龍太郎だった。


「……俺、住所か何か教えたっけ? 一軒家ならともかく、表札を掲げてるとはいえアパートなんだけど……」

「好きな人のことは、なんでも知っておくもの。それが、カノジョってもの」


 回答にならない回答、パート2。彼女には秘密が何もかも漏れていそうで、悪寒がする。その情報収集能力を別の方面で役立てくれ、と切に願う。

 龍太郎の情報が、何処から流出したのか。推理小説になぞらえると亜希が最有力候補に挙がるが、それは違うと言える。

 ピンからキリまで、多様な人と馴染む亜希は、情報管理もしっかりしている。私的に踏み込まれたくない領域にATフィールドを構築し、覗こうとする不届き者とは都度縁をっているのだ。彼女が、他人の情報を売るとは考えづらい。


(……待てよ……)


 昨日、定期券を落としたシーンがあった。振り返った時に告白少女の頭は視認できなかったが、アリバイの立たない僅かな時間は存在していた。

 最寄り駅を見られたなら、このアパートを特定するのは比較的簡単。商業施設でぎゅうぎゅう詰めの駅周辺、住宅エリアがかなり狭い範囲に集中しているからだ。


 少女の行動力、恐るべし。


「……危ないところだったよ。始発で来たのに、ギリギリなんだもんね……」


 やれやれ、と彼女は一人で頷いている。

 執着心を、今日ほどひしひし感じる日は無い。ただただ、目前で胸をなでおろす彼女に秘められた原動力に、恐れおののくだけだ。


「ということで、()()くん、折角ここまで来たんだし……」

「登川だよ。……君が自分勝手に突撃してるだけだろ……」


 この少女、冗談まで覚えたらしい。育ち盛りの高校生だ、吸収も早い。


 足止めを食らっても、最終締め切りまでは猶予がある。彼女の言い分を思う存分聞き流し、正々堂々と勝負を制す。やって見せるさ、男なら。

 鍵の所持を確認して、龍太郎は家から外に出た。このまま半開きを保っていると、思考回路がブラックボックスな彼女に押し入られかねない。一度押し込まれたが最後、龍太郎は彼女もろとも大遅刻で始末書を書かされる羽目になるだろう。


「……登川くんは……。ちらっと見えた部屋の感じだと、彼女はいなさそうだね」

「おいコラなんて言った今もう一回……」

「もしいたら、二股確定! ってことだもんね。そんなこと、しないよね」


 崖っぷちで、ブレーキを掛けた。踏みとどまれたかどうかは分からない。デッドラインを易々と突破されて、我を忘れかけた。彼女と同じ土俵に乗ってはなけなしの優位性が吹き飛ぶ。

 胸を膨らませ、息を吐き出す。熱を追い出して、暴走を防ぐ。赤と黄色にまみれていた視界が、徐々に明瞭な景色に復元されていった。


 活動的な近所迷惑少女は、彼氏であるはずの龍太郎を気にかけもしない。語彙を胸中から蓄えているように感じられた。


「それじゃあ、次の週末に、デートしたい所、ある?」

「色々と過程がスキップされてるんだよなぁ……」

「家庭で、スキップ? ……そっか、もうそこまで進んでるんだ、キミの頭の中で……」

「どうやって高校入試を乗り越えて……」


 乗り越えなくても入学できる層の高校だった。誇れるものが無いと、武器も持てない。

 記憶に残っている限りでは、今日の一限が英語。彼女だけは、特別講師を呼んで日本語の授業を受けさせるのが良さそうだ。勿論、『ひらがな』からである。


(……デートって、この段階で……)


 マッチングアプリのお見合いではない。面と向かっての対話が三回しかないのだ。苗字もあやふやなレベルの相手と、何処に行けば人生のアルバム作りが出来ると言うのか。


 日本語が、文脈判断が、交際の進行スピードが。全て、常人離れしている。超然のごとく、下振れの方で。


 龍太郎に屈する様子を、彼女は一ミリも見せない。指摘などされていないと、飄々顔である。


「例えば、北海道なんてどうかな? 札幌ではしゃいで、雪原を楽しみながら稚内に行って、それから……」

「距離感覚、どうなってるんだ……。苦行でもするつもりなのか……」


 北海道は、でっかいどう。彼女の計画では南北を鉄道なりバスなりで横断するつもりらしいが、鉄道ファン以外でプラスの感情が生み出されるとは到底思えない。数百キロもある上に、速度も出ない。

 第一、それはデートではなくソロ旅行である。自費で行ってもらいたい。龍太郎のスケジュールも、その間安心して決められる。


「行くなら、勝手に行ってくれよな」

「……登川くんが反対しても、ガムテープで荷物に縛り付けるだけだから」


 なんと惨たらしい仕打ちなのだろう。『ケースに詰め込む』ならば天国で動向を見守ることも出来ただろうに、『縛り付ける』では生存確定だ。

 そういえば、北海道にも『登川』という地名があったらしい。炭鉱の閉山で、無に帰ったとか。縁起が悪い。


「うーん……。ファミレス、なんてありきたりだし……。沖の鳥島とか、八丈島とか……」

「それなら、ファミレスでいい!」

「……録音した」


 彼女の背後から、元気いっぱいのスマートフォンが飛び出した。高校は持ち込み禁止のはずだが、果たして。


 罪人扱いされた挙句、言質を取られていた。龍太郎、今生の不覚である。


(……この人、容姿は天下一品なのに……)


 完全な円と錯覚するほど見開く目。全てに幸福を付加しそうな唇に、触れるのも憚られるしっとりとした長髪。主張の激しい双丘を好む人にはお気に召さないかもしれないが、全パーツが寸分の狂いもなく理想に近い。完璧でないのが、また人間味を醸し出す。

 口を接着剤で塞いでおけば、誰が何と言おうと『美』の一文字に尽きる。やや破天荒で行動力のある、運動系お嬢様の座を勝ち取るだろう。

 とても書き上げきれない、彼女の秀でている点。彼女自身の悪魔的発言に、打ち消されていた。『尚魅力がある』のではなく、完全に相殺されているのだ。


(……返してくれ、俺のラブコメ……)


 別に龍太郎が展開を先読みし過ぎただけなのだが、理想の恋愛物語は始まらなかった。それが、現実である。


 少女のスマートフォンが、隠れかけた手の中で振動し始めた。アラームのようだ。


「ほら、もう行かないといけない時間じゃないのか? ……底辺高校は、規律違反が厳しいって聞くぞ」


 口実をこじ付けて、龍太郎は家の中へ引きこもろうとした。乱入された影響で、学校の支度が、まだ終わっていない。

 半身が玄関へ戻った時、龍太郎の背中に湯たんぽが出現した。


「……それでも、いいや。だって、私はキミのことが好きなんだから」


(理由になってない……)


 突っ込む気力すらも失って、龍太郎は引っ付いた少女を振り払おうとする。が、手が届かない。


「……一緒に遅れれば、大丈夫。二人いれば、怖いものなし、だよ?」

「……そんなわけあるか!」


 彼女の意図が、未だに掴めない。何の目的で、面識の無かった龍太郎を狭間に追い落とすのだろう。



 ……結局、懲罰送りになったのは言うまでもない。

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