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顔も知らない美少女に告白されたけれど、展開が何か思ってたのと違う。  作者: true177
Chapter3 内からの蝕み

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File28:そこから

 雑談が長引いたこともあって、亜希から宿泊を提案された龍太郎。誘いには乗ったが、その後の記憶は定かではない。

 何か、欠片から離れたい一心だったような……。




----------




 ボロ壁の隙間から差し込む日光に揺られ、視界が切れ長に開かれた。記憶はまだ海中を彷徨っており、塩分を排出するのに時間がかかりそうだ。

 龍太郎のなけなし記憶によると、亜希の『暖房さーびす』なるもので一夜を明かしたはず。就寝時は背中を向けていたが、今は反対側に寝返っている。


 背の面に、何かしら細長い棒がもたれかかっているのが分かる。亜希の寝相が悪いという話は直接熱弁されたことがあった。


 ひとまず身を整頓しようとして、前面にも暖房の塊が横たわっていることに気付いた。

 薄グレーの緩いストライプ寝間着に、整列して体に沿う髪。体重を床に任せ、旅半ばにいるだろう少女だった。


(み……き……? いや、寝るときの位置関係的に……)


 バグを修正しようと取り組んでみるも、緊張の抜けた朗らかな寝息を立てる女の子に見間違いは無い。正真正銘、美紀である。

 緊急アラートが、退避の指示を出していた。週刊誌の記者がにおいを嗅ぎつけようものなら、意図があろうがなかろうが龍太郎は終わりだ。


 つまらない本能を一瞬で押しのけ、美紀の保護を選択する。距離を取らなければならない。無垢で無防備な就寝姿は、異性にとって危険である。


 龍太郎の視点は、上がらなかった。


 亜希に上から押し付けられていた。絡みつき方一つとっても、関節がピンポイントで狙われている。


「……亜希、わざとやってるんだろ……?」

「すー、すー、ずーずーずー……」


 確定演出の寝息もどきが、龍太郎の解放が遠いことを知らせていた。

 暴れるわけにはいかない。龍太郎と美紀の間は本一冊分よりも狭く、身じろぎをしただけで当たってしまう。無論、悪魔ちゃんに拳で立ち向かうのは考えられない。


 目のシャッターの鍵は、壊れてしまっていた。閉じようとしても、ゆったりと繰り返される美紀の呼吸に意識が行く。

 龍太郎は、美紀にも囚われていた。


 金欠の不安が除かれた効果か、力の抜け具合が一昨日より進化していた。腕は邪魔なく垂れ、脚はクロスした状態で止まっている。


 敷布団を架け橋にして、少女を向かい合う龍太郎。背後霊の御方の意地悪が途切れるまで、目のやり場に困る空間に固定され続ける。


 暖気に混じって、ふっくら膨らんだ爽快な微糖が嗅覚に飛び込んできた。反った髪の穂先からも沸き立つ、『美紀』だ。


 彼女が起床してくれなければ、脳が参ってしまう。


「……亜希、そろそろ……」

「……美紀から交代する? いいよ、どんな風にしたって。……その代わり、私に従ってもらおうかな」


 先読みの達人なのだろうか。了承するか迷うラインの提案がやってきた。


(どんな風にでも、って……)


 春風的に手を出す思考すら持ち合わせない自身の恥ずかしさと、絶対的な信頼が置かれていることへの充実感。大親友は、いつであっても大親友だった。


 亜希に丸め込まれたくない。いつもしてやられる相手に仕返しするチャンス。美紀との間で板挟みになった一介の男子高校生の苦悩は、電車が最高速度に乗るまでの間続いた。


 睡眠中の少女が二度三度胸を上下させた辺りで、一言。


「……ここから解放してください……」


 負けました。対戦ありがとうございました。




----------




 水玉の長袖に身を包んだ歓喜少女は、伸びてストレッチする守護神の一挙手一投足を逃さず捉えていた。引き戻すボタンがあれば、すぐにでも家の中へ逆戻りしてしまいそうだ。

 鍵がかからずがら空き同然になった家を振り返りもせず、背筋を正したまま前傾している。アクセル全開、憑りついていた重荷は粗方消え去った。


 龍太郎が無秩序空間から幼馴染的牢獄へと移動した直後に、美紀は目覚めた。まだ睡眠が一日の半分を占める彼女に、寝ぼけ芸は存在しなかった。


(……薄目で一部始終を見られてたら、ここに居られなかったからな……)


 布団を介して一方的に見つめ合った微妙な間は記憶に無いようでなにより。穴に入って入口を塞いでしまうところだった。


『……朝の体って、こんなに動いたっけ……?』


 可動域が三百六十度になった肩関節に、目が点になっていたのがアルバムに新しい。デスクワークをしていないのだから、単純なエネルギー不足で関節が錆びていたのだ。

 当たり前で無いものが当たり前になったことに、手を叩いて笑みを露にする。やはり彼女は、持たざる者だった。

 今の美紀にネガティブ感情を与えるのは愚策。龍太郎のパスワード付きファイルにしまっておくことにする。


 今朝は雨予報で折り畳み傘を忍ばせておいたのだが、太陽は気まぐれだった。美紀の心情をリアルタイムで投影しているとすれば、永遠の快晴も悪くない。


 エメラルドグリーンのポンポンが、白幕の引いた空に舞い上がった。


「……いざとなったら、チアリーダーで励まそうと……?」

「そのつもりだったよ。龍太郎を、ね」


 空中の階段を駆け上がったと思うと、明るい緑色が円を描いた。地球と月を取り換えっこしたとしか考えられない。

 成瀬が現場で鉢合わせしようものなら、意地を張って亜希に追随しただろう。非対称の惨殺劇が披露され、龍太郎と美紀で輸送するまでがオチだ。


(……思い出した……、中学校のダンスか……)


 大親友が突如取り出したポンポンの出どころが判明した。


 二、三年前の夏。皆が儚い黄色の羽の中、一人染め方を調べて勝手に改造していた。成瀬もびっくりする強心臓っぷりである。


「美紀も、龍太郎を励ましてみる? その時その時で反応が違って、結構面白いかも?」

「実験台のロボットじゃないんだよ、俺は……」


 収束する流れに一抹のスパイスを投入する達人だ。だからこそ、小道に転がっている石ころでもピックアップするのだろう。龍太郎が真似すると、相手に会話権を渡す以前で焼き切れてしまう。


 軽く頷いた美紀が、世界に一つだけの応援グッズを受け取る。過大形容でも何でもなく、魔改造されたポンポンだ。


「ほーら、龍太郎も! そんな離れてたら、応援パワーを受け取れないぞ?」


 監督に腕をつままれて、反論する暇なく美紀の前へと立たされた。本日二回目のご対面である。


 『好き』が欠けることと、羞恥心が無いことはイコールで結ばれない。目の前に設置された異性に、美紀の両手が迷子になっていた。

 目が泳いで、行方不明。時間の進み方のギャップで、応援そのものを忘れてしまったのだろうか。逆に龍太郎から支援をしたくなってくる。


(……近い……)


 早朝に顔を合わせた美紀は、意志の介在しない抜け殻そのもの。まごまごする彼女とは、一味も二味も異なる。

 行き場のない唾を飲み込むその上下が、くっきりと映像として記録された。幾ばくか荒れた下唇は、なりふり構わず突き進んできたいばらの道を物語っている。

 困惑していたエメラルドの羽たちが、龍太郎の肩に不時着した。申し訳程度のフリフリが、アドリブ感を際立たせていた。


 何やら、亜希が語句を吹き込んでいる。今のところ、脚本家の思う通りに進行しているに違いない。


「……頑張れ、頑張れ、龍太郎くん。……元気……、ちゅう、にゅう……」


 ジェットコースター気味に語尾が下がり、最後は補聴器を付けても聞き取れるか怪しい。周波数が合わずに雑音になってしまった。


 無理強いされたであろう少女は、龍太郎と目を切っていた。あまり頭を下げられると龍太郎が加害者に映るので控えてもらいたい。

 折角ほぐれていた顔面の筋肉が、また硬直してしまっている。責任者は当然、火種を作り出したあの御方だ。


 彼女の整えられた髪に手を伸ばそうとして、引っ込めた。

 龍太郎の視界が、ぐらついていたのだ。


(……こんな時に、熱っぽい……。邪魔してくるな……)


 お世辞にも、ホコリに強くない龍太郎。衛生環境にやられてしまったようだ。美紀の背後に隠れる出来過ぎ君がびくともしない方が例外である。

 体重のバランスが取れなくなり、一歩後ずさりした。繋がりが外れ、切断音が鳴った気がした。


「龍太郎、もう終わり? もう巡り合わないかもしれないよ、こんな機会」


 亜希のちょっかいに返答する余裕は残されていなかった。体調の変化についていくのにリソースが全て使われてしまっている。

 胸を膨らませて中身の鬱屈を一掃したが、グルグルと周回する気色の悪さは新幹線の速さで居残り続けていた。


 変調の正体を伺う美紀を差し置いて、心から頼れる親友が乗り出してきた。無言の原因を看破したのか、おもむろに額へ手を置いた。


「……うーん、これは重病かな……。少なくとも、簡単には治りそうにない……」


 本気なのか冗談なのか、長期間の雰囲気を心得ている龍太郎でさえも見破れない。添えられた手のひらの血流を温かく覚えていることが唯一の事実である。


 美紀が駆け寄って来るのを、彼女は光速を超えて制止した。光すら置いてけぼりにする早業だった。


「……そんなに、悪い……?」

「うん、おもい病気。治療薬、早く見つかると良いんだけどなぁ……」


 その言い方では、重病どころか不治の病になる。やたらゆったりした言葉で、つかみどころがない。

 流石に冗談だ、と悪ノリに制裁を加えようとする寸前で、亜希から一言囁かれた。


「……できれば、美紀にうつしてほしいんだけどなぁ……」




----------




「……うつしてほしい、ってどういう事……だ?」


 田園風景も昔の記憶に成り下がった、舗装道路の端っこ。カップルの様でカップルでない二人組が、押しつ押されつ歩いている。


 龍太郎が隔離された後も、美紀は地平線の向こうまで腕を振り続けてくれていた。太陽が手伝って、水玉のかわいらしい服がいつまでも揺れていた。


 成瀬が乱入した日も、昨日にも、達成できなかったもの。その一つが、飢餓からの解放である。

 少女が飛び跳ねては走り回る姿をぼんやり眺めていて、子供心がくすぐられると同時に日常を感じられた。彼女の『日常』が戻ってきたのだ、と。


 さて、問題は消防車で水を差したA.Nishitobiと言う名の日本人だ。心ゆくまでじゃれ合いの場に浸っていたかった龍太郎を、許可なく引き離した元凶である。


(病気だ、って主張する割には矛盾するし……)


 訳が分からない。一緒に寝込めば絆が芽生えるとでも言い張りたいのだろうか。良識という良識を備えた友人だ、可能性は低い。


 嵐の渦中でのんびりしている亜希が、難しい顔をした。ひらめきパズルを解いている状態だ。


「言葉足らずだったね、ごめん……。良い意味で使ってるから、考えてみて?」


 二本指で促されたが、やはり理解が出来ない。『病』はハナからマイナス印象の文字であって、反転術式を思いつけない。


(美紀に対して……? 美紀、かあ……)


 感情の牢獄に閉じ込められ、右肩下がりだった少女。鉄格子に抵抗した末、龍太郎の元へ流れ着いた。


 初期印象マイナスからリスタートしたはずが、今では最上位。殿堂入りの亜希には及ばないが、疎遠で通信も切れた中学時代のチョイ友人を軒並み倒している。

 標準装備が手ぶらの状態から、なり上がっていく。ファンタジーの勇者ではないにしろ、人並みの生活を目掛けて悪あがきする。

 そんな美紀のファンクラブに、いつの間にか加入していた。特典は、彼女の日常生活が向上することである。


 龍太郎が底辺高校に来るモチベーションは何だったのだろうか。プライドだけがはやってレールを脱線しそうだった急カーブを耐えさせたのは、誰だったのだろうか。


(……『助ける』なんて言っておいて、さ……)


 ショベルカーで土台を担ぐ作業者ではなく、共に上方へ引っ張り上げる協力関係になっていた。線と線を洗い出すと、確かに二本のラインが引かれていた。

 龍太郎もまた、型から漏れ出しかけていた腐臭を正されていたのだ。


「……龍太郎……? まだ、潜水中かな……?」


 面倒見も良い亜希のジャブは、蚊が止まったかのように軽かった。

 シナプスが絡み合ったジャングルに踏み込んではこない。扉を半開きにして、いつでも帰れる穏やかな空気が出来上がっていた。心地よくて有難い。


 息継ぎをして、龍太郎は二度洞窟へと潜っていく。


(……ここ数日、ずっと一緒に……?)


 体力が尽きて動けない休日を除くと、全部の行動が美紀と共になっている。偶然でも、必然でも、彼女は傍に存在していた。

 ほっと息をついた拍子に忍び込んでくる、くすぐるような甘み。外側の堀から埋められ、気づいた時には少女で体が溢れていた。

 はにかんだ顔も、睡眠を求めて狂ったように毛布にうずくまる無防備も、憑き物が取れて元気が爆発した元気っ子も……。見て見ぬふりをしてきたバリアに体当たりする。


 龍太郎の歩みは、完全に停止していた。頑として、脳の支配に戻ろうとしない。


(……今度、直視できるかな……)


 震えて決断力に欠ける背中を押し出す決定打は、彼女の感情にアクセスすることだった。共有スペースで分析し、要求される答えを導いてやるのだ。

 美紀の微笑みに、緊張で固まった筋肉に、ヒントは隠されている。直で確認して初めて、突破口の位置が特定できる。

 これからも彼女が舟を漕ぐ手伝いになれるか、不明瞭になってきた。


「龍太郎、沈むのはそこまでー! 私を置いてけぼりにしないでよ」


 浮上機能が故障していた潜水艦に、探査船からのフックが引っかかった。タイミングの見切りがプロじみている。

 みずみずしい手で両腕を持たれ、生温かい人肌が僅かに擦れる。朝からシャワーに入ったのを龍太郎は見ていない。

 いつもは一直線な亜希のまなざしが、曲線を描いていた。


「ちょっと失礼するよー……。問題です、ここは何ていう場所?」

「心臓に決まってるだろ。右にも左にも偏ってないんだから」


 胸の中心を指でなぞられ、魔法陣が出来た。何かを召喚しようとでもいうのだろうか。


 必死に通常のテンションを保とうとする龍太郎を抑えて、彼女は先制パンチを打ち込んできた。


「それじゃあ、第二問。その心臓の鼓動は、はっきり感じる? 頭の中、何かでいっぱい? 何か、欲してる?」


 一個の問題で三つも問われてはたまらない。文脈を殺せば、そう突っ込むのだろう。


 龍太郎には図星だった。誰にも教えていない金庫の中身を当てられた気分である。星の輪っかが頭上に浮かんで見える。


 身体の変調は、美紀と別れてからも続いていた。熱は若干引いたものの、指先が痙攣する動悸ははっきり残っている。

 頭から抽出できる画像は、何処をとっても美紀だらけ。ピントが彼女に合っており、背景はボヤけて分からない。

 つい数分前に『また今度』を交わした亜希繋がりの友人に、Uターンしてでも早めの再会をしたい。


(……亜希には全てお見通し、か……)


 心の文章まで解読してしまう超人であるが故に、心情を吐き出してしまいやすい。今恥じらうか、後で倍返しになるかの差だ。


 自らでは具現化もままならない、不可思議な病の正体。大親友なら、答えを知っている。


「……それで、俺がかかってる『重病』って?」


 思考しても至らないものは仕方がない。勉強でも、暫く粘った後は答えを見るのが鉄則である。


 肩は一旦ほぐしたはずなのに、固まって上がりきらない。老人にでもなってしまったのか。救急車がサイレンを鳴らして、龍太郎の空想上を通過していた。


 予想外は、いつも斜め前から飛んでくる。




「龍太郎は、美紀に恋してる。みきに、こいしてる」




 霧に紛れて視界に入らなかった一文字に、辺りを取り囲まれていた。


 散乱する日光を遮断しても、這い上がってきた少女に脳が蓋をされている。抜け道を使おうが、我武者羅に走ってみようが、行きつく先は美紀だった。

 血管という血管が、身体から浮き出そうになった。ポンプの送り出しに連動して、脈を打ち続けている。


(……恋、してるのか、俺は……?)


 短期間を盾に否定しようとする理性と、説明のつかない身体の不調が闘う。『嘘告白した奴を好きになる訳がない』との大合唱が聞こえてくる。


 幼馴染は、それ以上言ってこない。目じりをやすりにかけた、保護者の視点だ。


 口に出して打ち消すのは簡単。暗示をかけて、今日中布団にでも籠っていればよい。


(こじつけて、どうするんだよ……)


 『好き』を知らない人間に指南する立場の人物が、自身の状態に見て見ぬふりをして何になるのか。そもそも、何でもかんでも過小評価する自分を変えたいのではなかったか。


 まさか亜希が安全装置も無しに崖下へ突き落してこないだろう、との信頼もある。ちょっかいをかけて返し技を食らった経験はあれど、分岐点でいばらの道を勧められた過去は思い出せない。


 きっかけも、時間の濃淡も、どうでもいい。身体がそう主張しているモノに蓋をするのは、変われなかった世界の龍太郎がすることだ。

 細部まで深追いせず、思考の深淵から引き揚げる。理由は忘れたころにやって来るのだから。


 ほんの二週間前、龍太郎は訝し気な感情を許容できなかっただろう。恋人を作りたい癖して、肝心の想いはゴミ箱に捨てるのである。なんと滑稽なことだっただろうか。


「……何か困ったことがあったら、いつでも連絡、してきてね」


 亜希のアプローチはやけに控えめだ。上澄みだけを掬って、また戻してくれている。


 何もなくても、美紀という一人の少女に付き添いたい。何処からともなく湧いた願望が、急速に膨張していく。

 決して、寝込んではいけない。来週が始まれば、また高校生活に復帰するのだから。


「……それは確かに、伝染してもいい……」

「うんうん。……やっと、気づいてくれたか……」


 察するのが早い幼馴染は、深く頷いた。自らの使命を果たし、緊張が飛んで行ったようである。


 丸く包み込む日差しに、一匹の蝶が羽を開いて日向ぼっこしていた。虫取り網があっても、取る気にはなれない。

 両足が、しきりに来た道を戻ろうとする。何に未練を残しているのか、今の龍太郎には真相を暴けない。


 体の一部分が欠損した不安定さを抱えて、目を水平に据えた。


(……美紀に恋してる……、そうなのか……)


 苦境から吊りあげたい一心で動いてきた所に、不純物が紛れ込んでいる。未定義の状態で、美紀に接してもいいかどうか。


『それは、龍太郎が決めること』


 アドバイスを求めれば、亜希はきっと龍太郎に一任させてくる。最善手は、暫く一人で模索することになりそうだ。


 『これまで』と『これから』の彩色変化に抵抗を持ちながらも、自分に正直に生きる芯を通す。それが正解だと信じて。






 ―――正直になろうとする少年は、遠距離の甘ったるさを初めて噛みしめていた。


Chapter3 end

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