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顔も知らない美少女に告白されたけれど、展開が何か思ってたのと違う。  作者: true177
Chapter3 内からの蝕み

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23/53

File23:VS強者

 休日を待ち望む、本来ならゆとりのあるはずだった夕暮れ時。二日前と似たような空が、果てしなく続いている。


「……どう? 美紀の家の順路、覚えてる?」

「あんまり……」


 龍太郎は、服の色を百八十度回転させた亜希と田舎道を進んでいた。砂利を蹴飛ばす度に、水面に飛び込む音がする。稲がびっしり生える中に人がいる、一昔前の風景が情景を刺激していた。

 美紀の家は、まだまだ方角的に先である。

 足場の安定しない道を歩いていると、時代を逆行しているように思える。スマートフォンを取り出すと、電波マークは微弱を指していた。

 向かっている少女の自宅は、昭和にタイムスリップしたと例えても間違いではない容貌。家も人も、次元に取り残されている。


 返答に詰まった龍太郎を、眉の上がった目で亜希が覗いてくる。


「あんまり? 一本道だったよね、住宅街からここまで? ……Uターンして、病院で診てもらう?」

「亜希も一緒に検査受けような。脳の仕組みでも解析してもらったらいい」


 強気に言い返したが、ダメージは少なくなかった。スプーンで自尊の一部が掬い取られた気分だ。

 学校でもプライベートでも大車輪の働きをする龍太郎の大親友は、一撃のクールダウンが短く、それでいて想い。彼女が繰り出す攻撃は、すべて全力アタックである。


 横で心をさする友人は気にも留めず、武力も意外と高い亜希は自らの話を続けた。


「……私が道案内してあげるから、龍太郎は後ろのバッグを背負ってほしい。迷わないように、曲がり角があったらひとつ残らず指摘してあげるよ?」


 肩に食い込み気味だった黒ザッグの下縁を軽く叩き、龍太郎にトレードを申し込んできた。電話の通話ならば即切りしているところである。

 亜希から先刻仕入れた情報を信じるなら、この後は一本道。二日前の龍太郎も、同じ経験をしたはずだ。


(……亜希と二人、だからな……)


 ストッパーとなり得る美紀がいない現在、贋作を掴まされている可能性も否定できない。道徳の範囲内で無茶ぶりをする策士、それが亜希なのである。


「背負うよ、ザッグ。……条件交換じゃなくたって、するつもりだった」


 彼女のザッグに詰め込まれているのは、配信者セット。普段から使用しているものらしい。中学生から時流の先端を走っていたということになる。

 龍太郎が『配信者』で浮かび上がるのは、パソコンとマイク、実況の種くらいだろうか。詳しいことは亜希に聞けばよい。


 負け惜しみ風の申し出に、アイドル番組に当確しそうな女子は一切の遠慮なくザッグを突き出してきた。やや白の程よく肉が蓄えられた上は、震え一つしていない。


「……こんなもの背負って、よく嫌な表情しなかったな……」

「美紀のためだったら、何でも奉げられちゃう。……龍太郎も、同じ仲間だよね?」

「そう、だな……」


 施しに感謝し、不意打ちに驚く。『好き』の感情は持ち合わせていなくとも、愚直に自分を表現する少女に、龍太郎も亜希も心酔していた。


 邪魔されない風に、後ろから追い抜かれた。本番の今日に、最後の追い込みをかけてくれているようだった。


「……成瀬は呼ばなくて良かったのか? ……後から崖下に追い落とされるのは覚悟の上で、俺も成瀬を置いてきたんだけど……」


 決行日時を明かしていなかった龍太郎は、成瀬に放課後の隙を露見させることなくすり抜けてきていた。お怒りの雷を全身に受けるのは予想した上で。

 永遠のライバル亜希は、後々降りかかる溶岩の雨にもどこ吹く風だった。二本の指で竜巻を作って遊んでいる。


「ハヤナルちゃんがいたら、配信どころじゃなくなっちゃう。私とハヤナルちゃんで喧嘩する配信が生で見たいなら呼び戻してもいいよ?」

「俺も巻き込まれそうだな、それ……」


 そうであった。沸騰した油に水を撒いてはいけない鉄則を忘れていた。

 なけなしの罪悪感が歩みを戻すように提案してくるが、機会は何度でもある。美紀が帰国してしまう訳ではない。


 亜希の服装チョイスは、熱を全て集めようとする真っ黒のコットンコート。フレッシュさは軽減された代わりに、おしとやかなお姉さま力が備わっている。


 美紀が今日挑むのは、ぶっつけ本番配信者。亜希のサポートを存分に受けられるとしても、不特定多数の前で自らを晒すのは難しい。

 その詳細は、龍太郎にも与えられないトップシークレットなのだそうだ。家に着いてからのお楽しみである。


「……そうだ、龍太郎。告白の練習でもしよっか。丁度いいんじゃない、傾く夕陽に照らされて、誰も居ない道の途中……」

「何処の誰が友達に会いに行く途中でするんだよ」


 亜希に何かを振られたら、まずツッコミを返す。物量攻めにされて潰されないテクニックの一つだ。これで龍太郎は何回も大敗を敗北に変えてきた。


 隣をひた進んでいたブラックに身を包む幼馴染は、龍太郎を通せんぼしていた。平常時より、唇が主張しているのは目の錯覚なのだろうか。

 亜希は、何も発さない。付き合ってもらうまで、膠着状態を続ける気のようだ。


(……お望み通り、実験台にしてやる……)


 道を踏み外しても、彼女ならネットを敷いている。その安心感が、龍太郎の重心を前に移動させている。

 自身の想いを伝えるのに、論理的回路はふっ飛ばしても構わない。実戦があるのならば、計画性より勢いだ。

 引っ込んでいた温かみのある手を取ると、血流の拍動がしみじみと伝わってきた。


「……僕とけっこ……、付き合ってください……」


 舌が滑った。


 興味津々で恋文の第一声を待っていた亜希。かしこまった顔がたちまち崩れだした。真顔を保てず、どうしても口角が上がるのを止められていない。

 龍太郎は、彼女から逃れられなくなっていた。羞恥心で目線を逸らせば負けである。


「けっこん……。随分中身をスキップしたねぇ龍太郎? そんなに私のことが好きだったんだ?」

「……練習を誘ってきたのは、亜希の方で……」

「結婚かぁー……。結婚ねぇ、馬車馬になってもらおうかな? 家電を買うお金が浮いて節約にもなりそう。掃除に、料理に、洗濯物の取り入れ……」


 一旦モードに切り替わると、暴走して制御が効かない。成瀬でも屈する確信犯の暴れ馬を手懐ける術を、龍太郎は持っていなかった。

 ヤカンが沸騰しそうだった両耳も、おふざけ同級生の悪ノリでそれどころではなくなった。急いで氷水に彼女を浸す必要がある。

 ぴくぴく震える口元を抑えて、亜希の笑いが止まらない。爽やかすぎて、呆れよりも清々しさが勝る。


(……漫才大会に勝手エントリーさせるぞ……)


 一人でボケとツッコミの二役をこなすことくらい、彼女には朝飯前。その才能を、いかんなく発揮してもらおう。


「ああ、笑った、笑った。……真面目な顔して、『けっこ……』って言い間違えるから……。私ならOK出しちゃいそうだけど、普通はあり得ないよ?」


 やっと呼吸が落ち着いた亜希の採点は甘くなかった。精進がまだまだ足りない。


 一昨日よりも早くに出発したはずが、夕陽は既に山のふもとへと隠居しかけている。

 美紀の家までは一本道で、道草を食う場所など無い。龍太郎と亜希は雑談で時間を無駄に浪費していたらしい。

 山々が創り出す、長い長い陰。先端から奥側へ踏み入ったところに、ポツンと見覚えのある木造家屋が建っている。明かりはついておらず、人気は無い。


「あれが、美紀の家。……って言っても、龍太郎と同じ二回目なんだけどね」


 さぞ通い慣れている風格を漂わせる亜希。実際はそこまででもない。


 家屋に近づくにつれ、四十八時間前の光景がフラッシュバックする。特徴を言語化するには至らないが、体の感覚がそう叫んでいる。

 辛うじて残った表札には、『前橋』の文字。美紀の自宅で間違いない。

 木製の表札にかかった埃を指でなぞっていた龍太郎に、鮮明な声がかかった。


「今日の目的、忘れた……? 油売ってるわけじゃないんだから。さあ、入る、入る」

「どの口が言ってるんだか……。誰が『告白してよ』なんて茶番で到着が遅れたと思ってるんだよ……」

「私をお姫様抱っこして、その足でここまで走っても良かったんだよ? そうしたら、絶対惚れこんじゃう……」

「両脚が筋肉痛で動かなくなるだろ……」


 『出来ない』と断言はしない。




 ――騒がしい二人が、静まり返った少女の家へ灯を付けにやってきたのだった。

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