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顔も知らない美少女に告白されたけれど、展開が何か思ってたのと違う。  作者: true177
Chapter3 内からの蝕み

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File22:太陽はどっちだ

 人生には、緩急が存在する。上り坂は汗水たらして登るが、下り坂になると風景にも残らない。

 濃密なひと時を過ごした直後は、まさにそうだった。亜希たちに手を振ってから、記憶という記憶が抜け落ちている。


 龍太郎は、特別気を奮って高校にいた。朝っぱらは生徒もまばらであり、腐臭をそこまで感じなくて済む。

 肩は糊でガチガチに固められていた。動いている当人は感づきもしなかったが、あのたった二、三時間で無理に体を張っていたらしい。


 これと言った話題が起こらない、無味無臭のクラス。成瀬のような場を混沌にするバランスブレイカーも、逆にとことん和らげる亜希もいない。私語で盛り上がっているが、中身は空っぽである。

 龍太郎に、その群れへ頭を下げる気持ちは無かった。巨大な怠惰の渦に巻き込まれては、自分までもが同じになってしまう。


(環境なんて、関係ないってことを……)


 見て見ぬふりの凡人を抜け出したい。登校回数が嵩む度に、反抗心が促される。

 地獄の状況で一日を頑張る美紀を見て、龍太郎が出来ない訳がない。いや、脱却しなくてはいけない。


 淀みが下に溜まる教室から逃げ出し、多少の外が感じられる下駄箱前へとやってきた。

 意味不明な校則に縛られた格好の生徒が、靴の整理もせずに校内へ入っていく。


(美紀は……、まだだよな……)


 彼女の家を訪問までしておいて、未だに出席番号すら知らない龍太郎は、外れ値なのだろうか。

 一呼吸、二呼吸……。最下界に毒されかけていた肺が、活気を取りもどす。

 何もせず風に流される輩と一緒でない。そのことを証明する為には、まず自身が積極性を持たなければいけないのだ。


『美紀にあるのは、『正直さ』だよ』


 昨日の言葉が、龍太郎の周りの軌道に乗っかっていた。目で追っていては酔いそうである。


 亜希のコピーにならなくてもいい。長けている部分をちょっとだけ盗み出す、それで十分。


(今できることって、何だろうか……)


 勉強か、美紀の関連事か、それとも……。何にせよ、我武者羅に決めた道を突き進むしかなさそうだ。信念を貫けない度胸無しになりたくない。


 昇降口の少し先に、視界を遮る木がそびえ立っている。いよいよ本番だと真緑の葉を茂らせ、日光を吸収して成長期に入っているのだ。

 上を向いて歩こう。特別な意図はなく、目線を高く保つ。目に入る風景が、中学までのソレと大きく変わっている。


(……これも、ちっちゃいけど大きい一歩、だよな……)


 マイナスより、プラスを。後ろを振り返っていても、望む未来は拓けてこない。


 下駄箱は虫食いが目立ち、過半数が空席であった。今日は含まれないが、天候が悪くなったごときで学校を切る輩がいるのだ。

 個人の靴箱に残された美紀のやや小柄な上靴に目を移していた、丁度その時。


(……美紀、だな……)


 純粋な教科書しか積まれていない黒バッグを背負って、日向から日陰へと移り変わる少女だった。見慣れない、龍太郎に御馳走した以来の青色弁当袋を手に提げて。

 声を掛けるまでもなく、やや硬かった美紀の表情が一気に緩んだ。木陰から漏れる日差しと重なり合って、彼女の『美』が強化されたように見える。

 昨日までなら二十四時間節約モードだった彼女が、歩みを速めて校舎へと入ってきた。


「……登川くん! わざわざ、こんな所で待たなくてもいいのに……」


 意味もなく体を左右に揺らす美紀には、エネルギーの『無駄』が散見される。

 それでいいのだ。装飾の何もない道など、味気なくて吐き気がしてしまう。


「何処で待ってて欲しかったんだ……? 俺が美紀に会いたいから、ここにいるんだろ?」


 他の女子相手には、百回転生しても出てこない台詞である。少々ズルをしているのは否めない。


(……美紀に、『好き』が無いからなのかもな……)


 見据える最終目標は、現在達成されていない。龍太郎の視界中で満足気に佇む少女に、恋愛感情なるものは含まれていないはずだ。

 『美紀に自信を持たせたい』という気概に、龍太郎自身の保護も組み合わさっての発言なのかもしれない。


「私に……!? ……そう……?」


 予想通りの答えだった。脱出したいのに出口が見つからない殻の中にいる。


 彼女が持つ弁当袋は、決して丸ごと野菜でない『箱』の形をしている。

 視線をふらっと弁当袋に落とした美紀は、記憶が戻ったかのように持ち上げた。


「……そうだ、コレだね、コレ……。登川くんたちが、作ってくれたんでしょ……? 朝ごはんにも食べてきたんだけど、お腹いっぱいで登校を忘れるところだったんだから……」

「話したくて話が乗るのは分かるけど、そこまで接近されると……」


 下足から上履きに履き替えた美紀のピント補正を直した。対面の距離から更に踏み込まれると、異性として正常でいられなくなってしまいそうだった。


 彼女の感想には、味の話が一言も出てきていない。

 レシピ頼りで料理を作る龍太郎が、一時間もネットを泳いで探し出した味付け。この努力は、無に帰してしまったようだ。


(……それだけ量が足りてなかった、って事だもんな……)


 胃が満たされれば、美紀としては百点満点。慢性的に栄養不足だったことの裏返しである。

 彼女の一次元的評価基準が、いつの日か『味の良し悪し』の加わった二次元平面に進化することを強く望む。


 一限のチャイムまで、のんびりとはしていられない時間帯。美紀の熱血演説もほどほどに切り上げ、彼女の教室へと向かった。

 廊下から覗ける各教室を見渡しても、精力的に高校の勉学をする真面目君は発見できない。禁止されているスマホを持ち寄って、対戦ゲームに興じる奴らが数人固まっているだけである。


(……この環境はよろしくない……)


 美紀もそうだが、龍太郎が相談できそうな人材を開拓できそうにない。曲がりなりにも責任感を持っていそうな人物すら見当たらないのだ。高校内で相談できそうな人と言えば、成瀬が唯一になる。

 その成瀬にしても、『美紀』という目的で共闘しているにすぎないのであって。

 龍太郎が自発的に上を目指すしかなさそうだ。


 隣を歩いている美紀が、龍太郎のぶら下がった手を握りこもうとしてきた。大きさが不一致で、彼女の手が包み込まれる形になる。

 少しばかり横を振り向いて、


「……ありがとう……」


 薄っぺらくない、重厚な感謝の言葉だった。他のクラスに届かない小声ではあるが、龍太郎の体温を上昇させるには十分すぎる熱量が込められていた。

 出来る限り捉えようとする彼女の手を、龍太郎は握り返す。自身に行える、最大限のお返しである。


「……昨日、途中で寝ちゃって……。お礼、出来てなかったから……」


 お返しに心が飛び出そうになったのか、水をかけようと補足説明が飛んできた。意地でも自らを上げようとしない、美紀らしいと言えば美紀らしい姿であった。

 明日が、本番。今の勢いを盛り下げるやりとりが、半歩でも快方へ向かえばいい。


 美紀のクラスに近づくにつれ、廊下でタムロする生徒の多さと反比例して静けさが待っていた。男女比は、圧倒的に女子が高い。

 いちゃもんをつけてはこないが、美紀と龍太郎を動物の目で映している。沈黙の圧力が、大気圧と一緒になって龍太郎たちを襲っている。


(……何なんだよ、この異様な雰囲気は……)


 一歩前進する毎に、無言の矢が増える。吸い込めば気絶してしまいそうな腐臭が、辺りに蔓延して晴れない。


 ただ一つ、言えること。


(……美紀を一人にしちゃだめだ……。女子たちが俺と関係してるとは思えないし……)


 カーストピラミッドと最近の出来事から考察して、ターゲットに設定されるなら美紀。龍太郎程度で武の戦力になるかは微妙だが、そこら辺に転がっている女子より腕力はある。この一瞬、守れるのは龍太郎だけなのだ。

 始業時間が迫っている。龍太郎と美紀は、何処かで分断されなければならない。


(……まだ、なのか……)


 龍太郎は、逆転を呼び込むゲストの登場を、唇をかみしめて待機していた。美紀との物理的な結束が、より一層強くなる。


 あれだけ陽気に振舞っていた少女は、元の巣穴で縮こまってしまっていた。

 美紀に新たなトラウマを植え付けることは、絶対にあってはいけない。


 穴に飛び込んでくる獲物を待ち構える廊下に、活気のある振動が投入され始めた。


(……意外とすぐ来たな……。まあ、その方が良いんだけど……)


 底辺高校でエネルギーを漲らせている人物と言えば。あのお方しかいない。

 廊下の曲がり角から、スキップを奏でる成瀬が出現した。制服を完全無視し、明らかに教科書が全て入らない小粒のバッグを振り回す、見た目典型の女王様だ。

 硬直して動かない美紀を見るや否や、彼女から笑顔が吹き飛んだ。


「……あんたたち、何してる? ……美紀が何かやらかしたなら、成瀬が全部被る」


 鶴の一声で、蜘蛛の子を散らすように女子たちは教室へと逃げていった。政治的圧力は、陰湿な空気を一変させる力をもっているのだ。

 これは、ますます成瀬を味方に付ける必要が出てきた。


 邪魔者を追いやった成瀬が、目を振るわせている美紀に寄り添った。先程の何でも切り裂きそうな目つきは打って変わって、氷を優しく溶かす目になっている。


「……美紀、困った時は成瀬を頼って? もちろん、いないときは龍太郎くんでも」

「俺の優先順位は低めに付けるんだな……」


 高校内の力関係で換算すると、妥当な判断だ。多数決の原理に、龍太郎は逆らえない。


(亜希だったら、どんな逆境も撥ね除けちゃいそうだけど……)


 脇道にズレてしまった龍太郎をよそに、ギャップの激しい女王成瀬は少女の肩にそっと手をのせた。


「……置手紙、ちゃんと読んでくれた?」

「もちろん! 『保冷バッグに入ってるよ!』だったかな……? ごちそうさまでした……」


 美紀の氷塊はきれいさっぱり無くなっていた。どの世界でも、太陽は強い。


「……でも、ぐちゃぐちゃだったのはなんでなんだろう……?」

「それは、ここにいる人が一旦忘れちゃってたからで……。誰だっけな、苗字が早矢……」

「龍太郎くんが次のお弁当になる?」




 ……太陽が強すぎて丸焦げになりそうだ。

Chapter2以降の話の流れに合わせて、タイトルとタグを一部変更しました。(ここまで読んでくださった方にネタバレ等の影響はございません)

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