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File19:てんやわんや

 美紀を放ってはおけぬ。その心意気で彼女宅に乗り込んだ、三人の同志。ハプニングに足を取られながら、着実に真相の解明へと迫っていった。

 彼女の心が真に開いた時、信頼は生まれる。なりふり構わない告白は、それが一部でも達成された瞬間でもあった。


 龍太郎の両ズボンには、大小の部分水玉模様がまだ残っていた。涙が火傷するまでに熱いものだと、今日初めて知った。


 太陽も地平線に隠れ、居間と台所の電球各一個が光を支えている。龍太郎たちが暮らす『当たり前』の空間は、遥か彼方にポツンと輝くビル街しかない。


「……龍太郎、こっちも!」

「俺の手は二本しかないんだよ……。あんまり料理しないの分かってやってるだろ……」


 龍太郎は包丁を握り、持ち込んだキャベツを高速でみじん切りしていた。得意技、と言うよりは唯一の取り柄である。


 普段は料理の『り』の字で止まってしまっていた台所は、三人の調理師でぎゅうぎゅう詰め。各々が持ち込みの材料を優先させようとして、料理どころではない。包丁は一本しかないのだから、譲り合い精神を発揮してほしい。


 ゲストの美紀は、毛布にくるまってお休み中。非日常の連続で、全身の疲労がピークに達したのだろう。翌朝まで深く沈んだ睡眠魔法が解けることは無い。


(……やらかしたなぁ……)


 龍太郎が捨てられていない後悔の念は、彼女への計らいである。

 泣きじゃくって体力が底をつき、いつの間にか龍太郎の膝の上で寝息を立て始めた美紀。少々フリーズしてしまう、呆れるまでの男子力の無さだった。

 美紀との間にある障壁を一枚でも破る。この達成に、またしても近づくことができなかった。


 手入れもされておらず床が悲鳴を上げる台所で、部外者の三人がぎゅうぎゅう詰めになっている。こうなると、自ずと立ち位置で役割が決まって来る。


「はい、切って、切って、切ってー!」

「リズムゲームじゃないんだからさ……。微妙に遅いし」


 女子二人に挟まれて、唯一のまな板上で野菜を捌く龍太郎。両手に掴んでいるのは、花ではなく包丁と野菜である。仮に亜希と成瀬を手に入れようと希望しても、彼女らの砦は落とせそうにない。


 ガスが開通しているのか不思議な火力なので、肉類は使用不可。この世の『熱』をかき集められない状況では、必然的にビタミン類豊富な料理しか作れない。


「それにしても……、不公平過ぎないか? 両脇のお二人さんは呑気に水洗いとか盛り付けしかせずに……。もうちょっと手伝ってもらっても……」

「……それなら、私が切ろうか、龍太郎? 私が作ったことになっちゃうけど」

「やります!」


 亜希の横槍に、龍太郎は軌道修正を受け入れた。


 美紀をどん底から持ち上げたい。心意気を示す機会を放棄して、目標が達成できると思っているのか。


(美紀の苦しみが、また始まることの無いように……)


 暗闇に持っていかれそうになった心を、寸での所で引き戻す。


 一度棲みついた重りは、意識を逸らしたくらいで外れない代物だ。魔物だ。物置にしまっておいても、すぐに力を回復させてくる。細心の注意を払わなくてはいけない。


 カチカチ、とダイヤルを回す音が龍太郎の右隣からしている。五分前から、ずっと。


「……成瀬、遊んでても飯の準備は進まないから早く……」

「なっかなか、温まらない。成瀬の命令に従わないなんて、度胸がある奴」

「そりゃそうだろ、オーブンの蓋を開閉してても……。『開』と『閉』をシャトルランしてるだけなんだから……」


 ボタンの矢印に釘付けさせられた目には、退屈した灰色が見える。

 面白い番組が流れていない旧式テレビで無いのだから、コンロで遊ぶのは小学生で卒業していてほしかった。もっとも、火力スイッチは出力最大にしてあるのだが……。

 上には何処からともなくやってきたフライパン、油が敷かれている。二分毎に肉をひっくり返しているが、その度に赤身から挨拶されていた。

 栄養を付けさせたくて食材を持ち寄ったのだが、これでは計画倒れである。


 粉砕した野菜を亜希に丸投げして、龍太郎は包丁を休めた。


「……美紀に食べさせるにしては、簡素なような……」

「うーん……」


 珍しく、活発系幼馴染が腕を組んでいた。タンパク質と炭水化物が失われたボウルの中身に対するコメントの仕方が難しいのだろうか。


「熱が使えないのは誤算だったなぁ……。お腹の足しにはなりそうだけど、ほら、お肉が泣いてる……」


 亜希が、パックされた豚肉をレジ袋から取り出した。スポットライトを浴びなかった食材たちだ。


 埃がひどいコンロで遊ぶ女王に目をやっても、進展はしていなかった。赤を二百色認知できる人なら、加熱度合が見分けられるのだろうか。

 細長いため息が、龍太郎から漏れ出す。


「既製品でも買ってくるしか……」

「練炭と金網を持ってきて、バーベキューにするのはどう? 天井につるせば、煙も下に降りてこないし」

「誰が調理できるんだそんな高いところで」


 そもそも、物を吊り下げた段階で天井が崩落してしまいそうだ。次に台風が上陸した時、この家の命日が決まる。


「後は、自転車を漕ぐとか? 私には到底できないから、これも龍太郎が……」

「なけなしの発電量でお湯を沸かせるとでも?」

「海に出てガスコンロを見つけるんだよ」

「使いものにならないだろ、それ……」


 海に面していない県で無茶ぶりをするんじゃない。


 亜希の視線がしばしば台所から抜け出し、美紀の元へ行くのが気になる。彼女のやや強張った寝顔は、お世辞にも快眠とは言い難い。


 龍太郎の背後で、水の撥ねる音がした。


(……油が沸騰した!?)


 奇跡の復活を保留して、暇人成瀬の様子を確認した。


 決して屈強と例えられないほんのり日焼けした両腕に、フライパンが蓋ごと封じられていた。残像が見えるまでに上下振動を起こしていた。刺激の無い時間の長さに、成瀬が乱心してしまったようである。


「肉に八つ当たりしたところで……」

「電子レンジのか・わ・り! 成瀬は、今電子になってるから」

「一回レンジの仕組みをネットで調べてきたらどうだ……?」


 底辺高校には、底辺高校に進学するだけの理由がある。ネットで見かける『地方の神童』はいない。


 強力に絞められたフライパンの中で、乱雑に飛ばされている肉。洗う手間を増やすだけの蛮行だ。油が垂れていないのは流石カーストてっぺんの女子と言ったところか。


 成瀬の無謀が静まったタイミングで、亜希が改めて口を開いた。


「……言い忘れてた、お金稼ぎのこと。美紀はあの通りだけど、共有しててもいいかな?」


 彼女が指す先に、夕飯も摂らず寝てしまった少女。フィルターのついた眼で見ると、一回り小さく、覇気がない。


 頷いたのを確認して、


「……配信者で、どうかな? 投げ銭とか、広告収入とか……。急場しのぎには、丁度良さそう」


 配信者。誰もが一度は憧れるが、現実を知り挫折していく職業。新規参入者が多く、現状では少ないパイを奪い合う修羅場と化している。


(そんな所に、美紀が……?)


 至る所から追跡され、狙撃され、所持品を漁られる。ヒットポイントがいくつあっても足りない世界に、一介の少女が飛び込んでいけるのだろうか。

 輪郭の際立った切れ長の目が、自信を主張している。


 斜め上からの迫撃砲に面食らい、龍太郎は一歩後ずさった。


 柔らかい何かが、背中に目一杯広がった。


「……龍太郎くん、そういうタイプ? 明日から、キミの居場所を消してあげても良いんだよ? 魔法一つで、よよいのよい!」


 虎の尾を踏んでしまったらしい。筋肉が痙攣しかけた。

 すぐ後ろから刺さる矢に、振り返らないまま受け答えする。


「またまた、冗談だろ。これくらいのことで……」

「せいかい、なんだけど……。間違いにしようかな……」


 言及される前に、龍太郎は密着を解消した。ふわっとした温かさが、感触として残っている。


 目の前の亜希にも、打って変わって疑いの目を向けられていた。


「亜希まで……。わざわざハエ叩きを持ってるのは、どういう考えで……?」

「あれ、いつもの龍太郎だ。……さっきの発言、いったい誰だったんだろう……?」


 武力を収めて、和平にしてくれた。ありがたい限りである。


(……やっぱり、キャラを演じようとしたらダメだな……)


 ハッタリを貫き通すには、まだ龍太郎の胆力は鍛えられていなかった。

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