暗雲を告げる声
しかし、楽しい時間は長くは続かなかった。
騎士団の後方で見張りをしていた一人が走り寄り、ライラへ早口で何かを伝える。
翻訳魔術の届かない部分の言葉らしく、翔太たちには内容がわからないが、その騎士の焦った表情とライラの険しいまなざしを見れば、一大事が起きたのは明らかだった。
ライラは短くグラナスを呼び、「急ぎ、王都へ戻る準備を」と伝えるように見える仕草をする。
グラナスが宝石を握り、複雑な顔で翔太たちに向き直る。
「すまない。
古代竜の封印が解けたかもしれない、という報せだ」
「古代竜…封印?」
大吾がその言葉に反応し、梓と翔太も凍りついたように息をのむ。
グラナスは翻訳魔術のおかげで断片的に意思を伝えつつ、可能な範囲で説明する。
この大陸には太古の昔から竜という強大な生き物が眠っており、長い年月をかけて封印されてきたはずが、何らかの原因で蘇りそうだという。
翔太は「もしかして、僕たちが現れたことと関係あるんですか?」と心配げに問う。
グラナスは曖昧に目を伏せ、「そう考える者もいるだろう」としぶるように答える。
ライラは武装を整えつつ、翻訳魔術の力を借りて「私たちの国も、周辺の領地も危険だ。
古代竜が暴れれば多くの人々が被害に遭う」と言う。
その目には焦りと決意が混じり、これ以上ここで静岡グルメを味わっている余裕などないのが伝わる。
やがて騎士団は素早く馬をまとめ、グラナスやライラを中心に出発の準備を進め始める。
「待って。
もし原因が私たちにあるなら、誤解を解かないと大変なことになるんじゃ…」
梓がそう訴えるが、ライラは首を横に振るだけだった。
「すぐに詳しい情報を集めなければならない。
あなたたちが悪いという確証はないが、危険は増している。
王都で対策を練る。
会う機会があれば、また話をしよう」
そうしてライラは馬に乗り、翻訳魔術を握るグラナスもまた、やや複雑そうな表情を浮かべながら乗馬に合流する。
最後にグラナスが短く「また会おう」と言い残し、騎士団は草原の向こうへと姿を消していった。
地面には食べかけのさわやかハンバーグや静岡おでんの空容器が残され、さっきまでの活気がまるで幻のように消えてしまった気さえする。
大吾は空になった急須を見下ろし、「これからどうする?」と低い声で問う。
翔太は返事もできずに、ただ遠ざかる騎士団の背中を見つめるばかりだ。
梓は握り締めたメモ帳をゆっくりと開き、「古代竜と封印、そして私たちが転移してきたこと…どんな関係があるんだろう」と唇を噛む。
静岡の食文化が初めて異世界の住人たちに受け入れられたという手応えと、突如舞い込んだ巨大な問題の報せ。
二つの出来事が入り交じり、三人の胸には不安なざわめきが広がっていた。
ゆらゆらと吹く風に混じって、どこからともなく冷たさを伴う気配が漂ってくるような気がする。
未知の危機を感じ取りながらも、ここで立ち止まっているだけでは何も変わらない。
三人の視線が自然に重なり、それぞれが自分に何ができるのかを必死に考え始めていた。