異世界の客と静岡の味
ライラら騎士団に警戒されつつも、翔太たちはリュックの中に忍ばせてきた静岡の特産品を見せることにした。
「自分たちの国がどんなところなのか、言葉じゃ足りないなら味で伝えようよ」
翔太が冗談めかして言うと、大吾は苦笑しながらもうなぎパイの袋を取り出す。
「これ、お菓子なんだけど…」
見た目が怪しいと思われないよう、梓が通訳用の魔術具を通じて「甘くて食べやすい」と補足する。
騎士団の若い隊員が恐る恐る手を伸ばし、一口かじると目を丸くして仲間に呼びかけた。
「甘い…けど、妙にいい香りがする」
翻訳魔術がどこまで機能するかはわからないが、表情だけで美味しいことは伝わる。
仲間たちも次々にうなぎパイを受け取り、口に運ぶ。
中には無言で頷きながら一気に食べきってしまう者もいて、翔太は「そんなに気に入ってくれたのか」と目を輝かせる。
「静岡茶もあるよ。
魔法の草じゃないから安心して」
梓が小さなバーナーでお湯を沸かし、急須に茶葉を入れて湯を注ぐ。
香りが漂うと、グラナスが顔を近づけ、「これは煮た葉っぱの汁か?」と興味深げに尋ねる。
「そういう感じね。
でも身体が温まるし、リラックスできるって言われてるんだ」
紙コップに注がれた熱いお茶を、ライラは鎧の手甲を外して両手で受け取り、少し警戒しながら口をつける。
するとライラは瞳を伏せ、わずかに息を詰めたあと、ふーっと安堵のようなため息を漏らす。
「ほろ苦い。
でも不思議と落ち着く味だ」
その様子を見ていた騎士団の人々も興味津々になり、あっという間にお茶は大盛況となった。
大吾はニヤリと笑い、さらに「静岡おでんもあるぞ」と得意気に告げる。
先に茹でておいた黒はんぺんや牛すじに、特製ダシをかけて簡易容器へ盛る。
「あ、これは…何だ?」
鱗のような色合いに見える黒はんぺんを指さす騎士が首をひねる。
大吾は「魚のすり身を固めたやつでさ。
生臭くはないよ」と適当にジェスチャーを交えて説明する。
口にした騎士が驚きの声を上げると、その隣で「おい、ちょっと味見させろ!」と遠慮なく手を伸ばす者もいて、狭い空間が活気づいていく。
最後に翔太が切り札のさわやかハンバーグを出す。
アルミホイルにくるんで保温してきたが、多少冷めているものの、その香ばしい匂いは刺激的だ。
「こんな料理、見たことない…」
ライラは箸の代わりに短いフォークを借りて一口かじると、かすかに眉を上げて唸るような表情を見せる。
「やわらかくて、肉の味が濃い。
これがあなたたちの国の食文化なのか」
梓は自然と笑みをこぼし、「そう。
私たちはこういう料理を食べて暮らしてる」とさらりと答える。
思わぬかたちで始まった文化交流だが、騎士団員たちからは好奇や興奮の視線が注がれるばかり。
翻訳魔術のおかげで、ややぎこちないながらも会話が成り立ち、静岡グルメは大きなインパクトを与えているようだった。
時折ライラが騎士団の仲間と言葉を交わし、笑みをこらえきれない様子も見られ、ここまでの緊張は少し薄らいでいた。
そんな折、魔術具を手にしたグラナスが、急須の中身に興味を示すように近づいてくる。
「これはなんと呼ぶ?
……“お茶”か。
確かに飲むと身体が温まり、さっきより力が湧くような感覚がある。
ほんのわずかだが、魔力を補うものに似ている気がする」
その言葉に梓と大吾がはっと目を見合わせる。
翔太も思わず急須を見つめ、「まさか魔力の補助になるってこと?」と小声で問う。
グラナスは曖昧に首をかしげつつも、「はっきりとは言えないが、これまでにない不思議な力を感じる」とつぶやく。
「もしかすると、静岡茶が魔術の媒介になり得るのかもしれない……」
梓はメモを取りながら、わずかながら興奮を覚えるようにペンを走らせた。
大吾や翔太も目を輝かせるが、ライラは訝しげに「ただの飲み物が魔力を?」と唇を引き結ぶ。
だが、これ以上の詳しい検証はまだできそうにない。
とりあえず、静岡茶が“少しだけでも魔力を補強する”可能性を感じたグラナスの言葉は、一つの手がかりになりそうだった。
「もし本当に魔術を補うなら、今後の戦いでも役立つかもね」
翔太がそう囁き、梓は静かにうなずいた。