動揺と情報の行き違い
夕方に差しかかり、太陽の光が斜めから照らすようになる。
街の中心部ではまだ余震のような振動を訴える人が多く、地盤が不安定になっているのではないかと住民たちが怯えていた。
一方で県庁の広場は、衝撃的な報告でさらに混乱している。
「県境あたりに謎の獣がいるって本当か?
しかも羽根が生えていたって話も……」
誰かの問いかけに、職員が曖昧な返答しかできない。
「上から具体的な指示が下りてこない」
職員の一人がため息まじりに答え、手元の書類をめくっている。
「どうやら道路網の先は別の世界なんじゃないかって話も出てる。
でもそんな馬鹿げたこと、信じられると思う?」
職員同士での雑談が漏れ聞こえてきて、近くにいた三島梓は耳をそばだてる。
周囲では数人の市民が真偽を確かめるようにそこへ寄ってくる。
「異世界かどうかはわからなくても、未知の土地であることは確かよね」
梓は冷静そうに見えるが、内心は大きく揺れている。
幻想小説やゲームの世界にしかないはずの生物が、本当に目の前に現れているのだから、無理もない。
しかし、今は対策を考える余裕が必要だと頭では理解している。
「このままじゃ混乱する一方だし、私たちも何か協力できることを探さないと」
自分自身に言い聞かせるようにつぶやくと、遠くから大吾の声が呼ぶ。
「梓、翔太と一緒にいたはずだが、あいつどこに行った?」
大吾が立ち上がったところに、ちょうど翔太が気まずそうな顔でやってくる。
「えっと、ちょっと聞き込みをしてた。
県境まで行って戻ってきた人がいるって話だったから」
そう言うと、翔太は視線を落として唇をかむ。
「でも、誰も確かなことを知らないんだ。
ただ、謎の生き物を見たって話ばかりで……」
少し離れたところでは、携帯電話が繋がらず困った様子の人や、非常用の水を求めて職員に詰め寄る人たちが入り乱れ、場が騒然としている。
大吾は頭をかきながらうなだれる。
「これじゃあ手がかりが得られそうにないな。
公的機関の指示もまだ混乱してる。
もしかしたら俺たちが直接見て回らなきゃならんかも」
梓はメモ帳を握りしめたまま、大吾と翔太を順々に見つめる。
「地図だってまるで役に立たないかもしれない。
でもどこかに手がかりがあるはず。
この世界がどうなっているか確かめよう」
そう言うと、翔太はまっすぐな瞳で大吾と梓を見上げる。
「俺、無鉄砲って言われるけど、同じところで足踏みしてる方が落ち着かない。
それで突っ走って後悔したこともあるけど」
言い終えると息を飲み、体をほぐすように肩を回す。
梓は何か言いかけたが、やがてわずかに笑ってから小さくうなずいた。
大吾は「しょうがねえな」とばかりに肩をすくめる。
今の状況は誰のせいでもないし、誰かが探りを入れるしかない。
通行止めになっている県境のいくつかを回って、事実を確かめよう。
そう心に決めると、三人は一旦、夕闇が迫る前に必要な物を準備するため、いったん解散して時間を調整することを約束した。