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静岡県丸ごと異世界転移  作者: さば缶
第2章 戸惑いと決断
4/15

静岡の新しい境界

 県境がどこにあるのかすら曖昧になり、いつもなら高速道路が走っているあたりまで行くと、明らかに別の世界の気配が混じっていた。

 草原のように見える広い大地の向こうに、紫色の花を咲かせる奇妙な木々が群生しているのが見える。

 幹の肌はざらざらとして灰色を帯び、枝先に咲く花の形は壺のようにも見えた。

 花弁らしき部分がかすかに動き、まるで風もないのに音をたてる。

 これが普通の植物とは思えず、近くまで行って匂いをかぎたいが、周囲には見知らぬ虫の羽音が絶え間なく聞こえており、警戒心が先に立つ。


 さらに目を凝らすと、草原の遠くの方をバサバサと何かが走り抜けているのがわかった。

 四つ足でありながら背にはコウモリのような羽根があり、頭部には長い角が二本。

 動物なのか、魔物なのか。

「なんだあれ…」

 低い声でつぶやいた石川大吾は、背筋を伸ばしながらじっとその影を見つめる。

 短く刈り上げた髪が汗で濡れ、頑丈な体つきからは熱気が立ちのぼるようだ。

「ああいうの、日本にはいなかったよな」

 わざと明るい口調を混ぜるが、まるで笑えない光景を前に頭をかきむしる。


 三島梓は少し離れた場所で、一心不乱にメモをとっている。

「背に羽根を持つ四足獣……説明がつかない。

 あれがファンタジー作品に出るような魔物なのかはまだわからないけど、少なくとも現実の生態系には存在しないわ」

 冷静な声で言いながら、ポニーテールを軽く揺らす。

 その眼差しには、不安と興味とがないまぜになった光が宿っている。

「こんな未知の生き物が県境付近にうろついてるなんて、信じられない」

 大吾はやや苦い顔で答えずに、ただ頷く。


 サッカー部のユニフォーム姿がまだ残る雨宮翔太は、紫色の草を指先で弾きながら口を開く。

「これ、見た目は柔らかそうだけど、指にチクッとくる。

 なんか変な植物だな」

 そう言うと慌てて指先を確かめるが、血こそ出ていないものの薄い刺し傷のようなものができていた。

「うわ、痛くはないけど、なんか妙に熱い。

 ヤバい毒とか持ってたらどうしよう」

 困惑気味に言いながらも、興味津々な目つきをしている。

 梓はノートにその草の特徴を書き加え、「後で図鑑とかで見比べたいけど、今はそんな余裕ないね」とつぶやく。


 県庁の指示で県境付近に簡易の規制線が張られ、探索チームが派遣される予定だと聞いたが、そのチームはまだ来ていないらしい。

 翔太たちは案内役や見張り役のボランティアから「迂闊に近づかないで」と止められる。

 しかし、興味半分と危機感半分の気持ちが止まらない。

「僕たちはもっとはっきりと状況を知りたいんだ。

 この県がどこに来たのかを」

 言い切った翔太の声はやや震えているが、その瞳は決意の光を放っていた。


 数十メートル先で、ガソリンスタンドの建物が半端に切れたかのように床が途切れ、その先は土が続いている。

 そこには小さな草むらが広がり、見たことのない赤い実をつけた植物が茂っていた。

 大吾はその真っ赤な実をじっと見つめ、「なんだかリンゴのようにも見えるが、怖くて近寄れんな」と額の汗を拭う。

「匂いは甘いのかな…」

 翔太がぼそりとつぶやくと、梓は思わず苦笑してメモを閉じる。

「食べるなんて論外。

 命がいくつあっても足りないよ」


 大吾は辺りをもう一度見回した後、無意識に喉を鳴らす。

 実際、空気も少し違っていて胸をざわつかせるものがある。

「見たところ、明らかに俺たちの知ってる世界じゃない。

 転移、って言葉で済むような問題じゃなさそうだな」

 そう漏らす声に、翔太と梓は小さくうなずく。

 静岡が丸ごとファンタジー世界へ飛ばされてしまった――それを否定する要素はどこにもない。

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