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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一からはじまり十で終わる

これで何回目だろうか。おれがこの世界に降り立つのは。


「おい、にいちゃん。良い服を着ているな。殺されたくなかったらそいつを俺たちによこしな」

「アニキこいつはきっと貴族に違いないですぜ。殺さずに奴隷にしてうっぱらっちまいましょう」

「んだ」


三人の野盗が俺の首筋に剣を突きつけてくる。

人の命をたやすく奪うその凶器をふつうは恐れるのだろうけれどもはや俺の心はその程度じゃ動かない。

むしろこの身をその刃に捧げれば楽に慣れるのだろうか。


「あ、おい」

「こいつ自分から剣に刺さりにいきやがった」

「ちっ、せっかくの服が血で真っ赤になっちまった。これじゃ売り物にすらならないじゃねーか」

「ついてないですぜ」

「んだ」


そんなわけはない。その程度じゃこの地獄からは逃れられない。


「おい、にいちゃん。良い服を着ているな。殺されたくなかったらそいつを俺たちによこしな」

「アニキこいつはきっと貴族に違いないですぜ。殺さずに奴隷にしてうっぱらっちまいましょう」

「んだ」


これはただの確認だ。

もしかしたら。万が一。そんな蜘蛛の糸のような細い希望にすがっただけ。

まあ絶望に叩き落とされるだけなんだけど止めることはできない。


「やあやあ、そこの悪漢どもよ。無辜の民を襲うなどだれが赦してもこの趙子龍が赦しはしない」

「なんだお前は。俺たちの邪魔をするってか」

「ふむ、常山の昇り龍こと趙子龍の名をしらんとは。私もまだまだか」

「急に走り出したと思ったらまた人助けですか。止めはしませんがせめて私たちに一声をかけてからにしてもらえませんか」

「諦めた方がいいですよ。星ちゃんはそういう人ですから」


三人の少女が俺を守るために割って入ってくる。

おれはこの少女たちのことをとてもよく知っている。


「まあいい。見ればどいつもこいつも別嬪じゃねえか。町で売ればしばらく遊んで暮らせるな」

「アニキ。こいつら売る前に味見してもいいんすよね」

「壊さない程度にはな」

「んだ」


野盗共の下卑た視線に小柄な少女と眼鏡をかけた少女が嫌悪感をあらわに身をすくませる。


「……うぅぅ」

「まったく汚らわしい。これだから男というものは」

「ほう、すでに勝った気でいるとはずいぶん余裕ではないか」


しかし槍をもった少女だけは欲望にまみれた視線を笑って吹き飛ばす。


「たりめえだろ。そっちで戦えそうなのはおまえ一人。しかも女だ。こっちは三人。負けるわけがねえ」

「やれやれ相手の実力もわからず数で判断とは。しょせんは人から奪うしか能のない獣。いや、獣なら

本能で強者がわかるから獣以下だな」

「なにを。お前らやるぞ」


勝負は一瞬だった。

野盗の剣が届く前に少女――星の槍が三人まとめて両断した。

血が舞う凄惨な光景に少女たちは顔色を変えることはない。

それはそうだろう。彼女たちは中国に名を遺す英傑たちなのだから。


「助けていただいてありがとうございました」


感情のこもらない言葉の羅列をそうとは気づかれぬように口する。


「お気になさらないでください。私たちが勝手にしたことですから」


眼鏡の少女――凛はこちらを安心させるように微笑む。

一見するとクールな凜がとても心優しい少女だということをおれは知っている。


「……」

「どうしたのですか風」


小柄でどこかぼーっとした風貌の少女――風はおれを訝しそうに見ている。

そうだよな。まわりに無頓着に見えて誰よりも周りに気を配る風は気づく。


でもどうでもいいことなのだ。

彼女たちが何を考えて何をしゃべろうが。俺にとって宝物のはずのそれはもはや石ころと変わらなくなっている。あれだけ言葉を交わし、数え切れない夜を共に過ごし愛を囁き合ったというのに。

いつからだろうか。彼女たちとの出会いに心が動かなくなったのは。

いつからだろうか。彼女たちに愛想笑いを向けるようになったのは。

いつからだろうか。彼女たちといっしょにいて幸せだと思えなくなったのは。


「やはり風も気づいたか」

「どういうことですか星」

「この御仁はただ者ではないようだ。あやつらに剣を突きつけられても取り乱すこともなく冷静に成り行きを観察していたからな」

「恐くて動けなかっただけですよ。「ハッ!」……あの」

「ちょっ、星。何してるんですか」


星の持つ槍の穂先が俺の頭をたたき割る直前で止まる。


「眉ひとつ動かさぬとは。……いや、詮索がすぎたようだな。何やらそちらにも事情があるのでしょう」

「いえ」

「それでは我らはこれにて失礼する」

「あの、申し訳ありませんでした」

「ほら行きますよ凜ちゃん」


星たちがいなくなってもおれはその場にとどまり続けた。

何かをしたいという気持ちがわいてこないのだ。

太陽が七回ほど登った頃にそいつは現れた。


「左慈か」

「ふん、おれの気配に気づくとはずいぶんと化け物になったじゃないか。北郷一刀」

「長く生きていればこれくらいはできるようになるさ」

「それでおまえはこんなとこで何をしてるんだ? あの女たちの尻を追いかけなくていいのか」

「警戒されちゃったからね。星たちについていくルートは無理そうだ」

「そのわりに残念そうに見えないが」

「あの三人について行かなくても別のルートを外史が用意するだろうからね」

「まあそうだろうな」

「左慈はさ。おれと同じように何度もこの世界を繰り返しているんだろ?辛くないの?」

「俺は仙人だ。おまえら人間とは時の感覚が違う」

「ゾウとアリの一生みたいなものか」

「そうだ。俺には虫けらの悩みは理解はできない」

「そっか」

「だが外史を。北郷一刀を終わらせる方法なら知っている」

「え、そんなことできるのか」


それは意外なことだった。


「おまえは外史のことを知っているだろ」

「ああ。人が束の間に見る夢のようなもの。浮かんでは消える物語」

「人々が恋姫という物語を望んでいるうちはなくならないだろう」

「それを待てというのか」


世の中から恋姫の記憶が消えるのはいったいいつになるのだろうか。

おれはそれまであと何回これを繰り返せばいいのだろうか。

左慈の言葉に希望を抱いた分だけ絶望は大きかった。


「勘違いをするな。言っただろう。終わらせる方法があると。確かに恋姫というコンテンツが無くならない限り恋姫の外史は生まれ続けるだろう。だがな、北郷一刀の物語は別だ」

「俺の物語?」

「恋姫の外史が生まれてもお前が主人公でなければいいだけのことだ」

「そんなことできるわけがないだろう」

「忌々しいことではあるが。お前が恋姫の主人公で居続けるのは北郷一刀というキャラクターが好まれているからだ。それは人気投票を見ても明らかだ」


左慈の顔は本当に忌々しそうだった。こいつは人気投票でなにを見たのだろうか。


「ははは、本当なら誰かに好かれているのは嬉しいことなんだけどな。でも今の俺には呪いでしかないってことか」

「ならばだ。お前というキャラが好かれなければいい。誰もお前の物語を作りたいと思わせなければいいだけだ」

「おれに悪役になれというのか」

「ああ、そうだ」


とてもむかつく顔で左慈は笑う。


「そんなこと外史が許すはずがない。きっと俺が悪役になったらすぐにその外史は終わって新しい外史がはじまるだけだ」


これまで何度も歴史に抗うことをやってきた。

そのたびに俺はこの地点に戻ってくるのだ。そして理解した。いや、理解させられた。外史に歯向かってもムダであると。


「いいか。外史は物語だ。人々が続きが見たいと思わせる物語でないと終わってしまう。たとえば主人公が自殺する物語とかな」

「おまえ見てたのか」

「だがな逆に言えば面白ければいいんだ。北郷一刀がどれだけクズで悪逆非道を行う最低な野郎でも物語として面白ければ外史は続いていく」

「ちんけな悪党になるだけじゃダメってことか」

「その果てにお前は外史の主人公という役割を失うだろう」

「おれはこの無間地獄から抜け出せるのか?」

「それはお前の行動次第だ」

「ありがとう。左慈。おまえのお陰で生きる目標ができた」


おれはようやく立ち上がることができた。


「おまえに感謝される日が来るとはな。これからどうするつもりだ」

「この世界は三国志だ。三国志の悪役といえば董卓。どうにかして俺が董卓になれれば」

「ほう、あの娘を殺してなり替わるつもりか」

「そんなつもりは」

「ふん。どうせ反董卓連合軍が出来る前に入れ替わって本物の董卓として死ぬつもりなのだろう。だがそれでは北郷一刀の美談になるだけだ」

「……」


さすがは外史の観測者。なんども俺の物語をみているだけあってこっちの考えなどお見通しらしい。


「だが董卓になるという方向性は悪くない」

「やっぱり月を殺さなくちゃダメなのか?」

「それは展開次第だな。少なくとも反董卓連合の前に成り代わるのは得策じゃない」

「どうしてだ」

「あの時点で本物の董卓を殺すには多くの兵士や将軍である呂布を倒す必要がある。だが呂布をも凌ぐ武をもつ北郷一刀の物語など誰が読むものか。そんなのは即打ち切りだ。そういう俺ツエエエは恋姫に求められていない」

「俺ツエエエ?」

「さらにいえば三国志で一番面白いのはその名の通り魏呉蜀の三国ができてからだ。見せ場の前に終わる物語など論外だ」

「じゃあどうすりゃいいんだよ」

「三国ができてから真の董卓として世界に破滅をもたらせばいい」

「真の董卓って。そんなことおれにできるんだろうか」

「おまえはすでにその方法を知っているはずだ」


左慈は野盗の死体に手を伸ばすと一冊の本を取りだした。


「それは……太平妖術!」

「こいつを使って精々がんばるといい。おれは高みから見物させてもらう。北郷一刀の最後の物語とやらを」


そう言って左慈は無造作に投げつけてくる。

おれが太平妖術を手に取ると左慈の姿はすでになかった。


「来るときも唐突ならいなくなるのも唐突だな」


だがそれが左慈らしかった。


「見てろよ。おまえの言うとおり董卓になってやるよ。たとえ何十回何百回やり直そうとも」


ここから始めるのだ。おれの終わりの物語を。

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