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06 毒を持って

          ◇



 ブランカとお母上が昼食を食べていると、眼鏡の副官が食堂に駆け込んで来た。


「レオナルド様がお倒れになりました!」


「何ですって?」


 お母上は立ち上がり、玄関ホールに向かった。雀も飛んでついていった。


「レオ!」


 王子が担架で運ばれてきた。顔色がおかしい。肌は黒ずみ、口元には血を吐いた跡がある。一体何があったのか。お母上が訊く前に副官が言った。


「毒です。訓練用の剣に塗ってありました」



          ◆



 訓練中に折れた剣が掠った。初めはなんでもなかった。しかし1時間もしないうちに具合が悪くなり、血を吐いて倒れた。レオナルドは悪夢を思い出した。


 10の時だ。服に仕込まれていた毒針が刺さった。3日3晩高熱にうなされ、右目を失った。レオナルド自身より母が悲しんだ。


 王は5体満足であることが望ましい。片目の王子は継承権争いから脱落した。母の地位も落ちた。後宮を追い出され、城から遠い古い屋敷に移った。少年は甘い夢を見た。


(大人になったら冒険者になって、母上と2人で静かに暮らそう)


 現実はどうだ。成人しても父は降下を許してくれない。兄たちの嫌がらせも止まない。軍の中にすら裏切り者がいる。


「レオ!レオ!」


 母の声が聞こえた。かすかに雀の鳴き声もする。レオナルドは完全に意識を失った。



          ◇



 一晩経った。お母上は一睡もせずに看病をしている。役に立たないブランカは静かに控えていた。王子の具合は悪くなる一方だ。宮廷医が来てくれたが、毒の種類が分からないと言う。


「頑強なお体なので助かるやもしれません。ただ左目は…」


 残る左目も濁り始めた。生きのびても失明する。それを聞いたお母上は泣いていた。


「チ…」


 ブランカは王子の枕もとに下りた。いつもの良い匂いがしない。死の気配がする。


「お願い…何でも差し出すわ…」


 息子の命が助かるのなら。お母上の涙が雀の頭に落ちた。ブランカは飛び上がり、窓辺にいた副官の肩にとまった。


「何です?」


「チチ」


 窓ガラスをつついて開けさせる。雀は外へ飛び立った。



          ◇



 ブランカには分かる。このままでは王子は助からない。雀は地上近くを飛びながら、ある生き物を探した。


(いた)


 岩場の影でとぐろを巻いている。世界最強の毒を持つコブラだ。大蛇は地上に下りた雀に気付くと、先の割れた不気味な舌を出した。


 怖い。本能が今すぐ逃げろと言う。だが今必要なのは、王子を救う力だ。さあ喰え。喰ってお前の力を寄こせ。


 少女は初めて自ら喰われた。気付くと、彼女は大きな白い蛇になっていた。



          ■



 副官のレフは時計を見た。殿下が倒れてから一昼夜が経つ。意識は戻らない。肌はますます黒く、高熱が出てきた。ただ祈ることしかできない。


 バンッ!と窓ガラスを叩く音がした。雀様が帰ってきたのか。開けようとしたレフは叫んだ。


「ギャーッ!!」


 真っ赤な目の白い大蛇がいる。副官は思わず後じさった。


「す…雀ちゃん?!」


 妃殿下が言った。まさか。いや、始めは蝶だった。次は蜘蛛。神の御遣いならばあるいは。窓を開けると、大蛇はするりと室内に入ってきた。2メートルはある。


「静かに」


 レフは騒ぐ人々を制止した。静まり返った部屋を横切り、白蛇はベッドに近づいた。そして雀様用に置いてある本をじっと見た。持ってこいと言う意味だろう。恐る恐る本を床に置くと、蛇の尾が文字を指し示した。


「れ・お・さ・ま」


 レオ様助ける。毒を毒で消す。


「本当にできるの?あの子は助かるの?」


 妃殿下が訊いた。皆そう思っている。


「わ・か・ら・な・い」


「…」


 蛇の赤い眼が妃殿下を見つめた。信じて、と言っている気がする。レフはベッドのレオナルド殿下に向かって大声で言った。


「どうします?ブランカ様を信じますか?私は賛成です!」


 殿下は神に愛されている。きっと上手くいく。



          ◇



 眼鏡の声が聞こえたのか。レオナルド王子が手が動いた。黒く変色した指が、ブランカに差し伸ばされる。


 “やれ”


 そう言っている。お母上も何も言わない。蛇はするするとベッドに上った。そして王子の手をそっと咬んだ。牙から慎重に毒を流し込む。多すぎても少なすぎてもいけない。口に王子の血の味がした。それで判断ができた。


(ここまで)


 牙を抜く。まだ熱は下がらない。ブランカは氷嚢代わりに王子に寄り添った。10分ほどで呼吸が落ち着いてきた。肌の色も戻りつつある。お母上が声を上げて泣いていた。


「ああ!ありがとうございます!神よ!」


 少女は心底ほっとした。熱も下がってきたので離れようとした時、あの香しい王子の匂いがした。


(あと5分だけ…)


 治療ですから。変態じゃないですよ。ブランカは苦しい言い訳をしながらベッドに居座った。

 

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