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03 進化

          ◇



 目覚めると、羽が無いのに気づいた。脚が2本増えている。草の朝露に己の姿が映る。


(ひぃっ!!)


 蝶は喰われて赤い眼の白い蜘蛛になった。人間が忌み嫌う虫になってしまった。これでは王子に近づくこともできない。ブランカは泣く泣くその場を離れた。尻から糸を出すと、それが風をとらえて飛べた。フワフワと飛んで荷馬車の幌にたどり着いた。彼女はそのまま運ばれた。


(レオ様…。さようなら…)


 早くも恋は終わった。荷馬車は大きな神殿に入っていった。ブランカは暗い倉庫の天井に巣を張った。



          ◇


 

 傷心のブランカは何日もうずくまっていたが、空腹に耐えかねて倉庫を出た。神官風の人間達が忙しそうに働いている。天井裏を這っていると、気になる名前が聞こえた。


「レオナルド殿下はもう到着したのか?」


「まだです。先にフォクス殿下とラクン殿下が勝利の報告をなさるそうです」


 ブランカは耳を澄ませた。高位の神官らしき2人は小声で話を続けた。


「なぜだ?ヒョードリ砦を落としたのはレオナルド殿下だろう?」


「兄君はそれが面白くないのですよ。命じたのは自分たちだから、ということです」


 何それ。少女は怒りに駆られ、その兄王子らを探した。一際賑やかな声が聞こえる。天井板の隙間から覗いた。豪華な部屋で、煌びやかな服を着た若い男が2人、酒を飲んでいた。これがフォクス王子とラクン王子だろう。どちらも金髪碧眼の美男だが澱んだ目をしている。


(レオ様の方が100倍かっこいい)


 女なんか侍らせて。下品だし。ブランカは心の中で舌を出して去ろうとした。すると聞き捨てならない話が飛び込んできた。


「流石のレオナルドもお終いだな」


「ああ。聖女に手を出したなんて醜聞、父上も許すわけがない。確実に追放だ」


「手筈は?」


「侍女を買収済みだ。アイツを聖女様の寝所にご案内した後、神殿警備兵が踏み込むのさ」


 よく似た王子らは黒い笑顔でグラスを打ち鳴らした。女達と戯れ始めたのでブランカはその場を離れた。


 なんて下劣な人達だ。陰謀を止めなくては。だがちっぽけな蜘蛛一匹に何ができるだろう。


(彼の前には出られない。醜いもの)


 考えるのは後だ。ブランカは聖女とやらの部屋を探して走り始めた。



          ◆



 あの一戦は『ヒョードリ砦の奇跡』と言われた。レオナルドは今や英雄扱いだ。要衝を失った敵国と停戦交渉が始まったからだ。


 民の熱狂とは逆に宮廷の反応は冷ややかだ。右目も後ろ盾もない、軍人王子の功績なぞ何ということもない。父からは褒美の勲章が1つ与えられただけだった。


 都に戻った彼は参詣を命じられた。感謝の祈りを捧げてこいという。先に兄王子らが神に勝利の報告をしているそうだ。


「我が国に勝利を与え給うた神に感謝を」


 型通りの儀式を済ませ、レオナルドは帰ろうとした。だが明朝の礼拝に参加するまでが御礼参りだと引き止められる。仕方ない。今夜は神殿に泊まる事になった。



          ◆



 王子は部屋の天井画を眺めていた。白い髪と赤い目の女神が始祖に天啓を与える場面だ。ブランカを思い出した。あれから蝶は1回も姿を見せない。どこへいってしまったのか。やはり神の遣いだったのか。


 ドアがノックされた。侍女が寝室に案内すると言う。レオナルドは廊下に出た。副官のレフも付き従う。


「お供の方はご遠慮ください」


 侍女は言った。王族専用の宿舎だそうだ。レフには後で別室に案内する者が来るらしい。


「殿下がお部屋に入るのを確認します」


「…」


 副官は疑り深い。侍女は無言で歩き出した。


 長い廊下を奥へ奥へと行く。不意にレフが立ち止まった。


「わっぷ!顔に何か…」


 レオナルドも気づいた。蜘蛛の糸が顔についた。


「も…申し訳ありません!掃除が行き届いておらず」


 侍女は慌てて見回した。壁と云わず天井と云わず、蜘蛛の糸が張られていた。


「何だ?これじゃ進めないぞ」


 レフは文句を言った。侍女がどこからか箒を持って来た。するとその鼻先に白い大きな蜘蛛がつうーっと下りてきた。


「キャーっ!!」


 侍女は卒倒した。



          ◇



 悪い侍女が糸を払おうとするので、仕方なくブランカは姿を現した。少し脅かすつもりだったのに、気絶してしまった。そんなに不気味だったのかしら。少女は傷ついた。でもこれで聖女の部屋へは行けないだろう。目的は達成した。彼女はそそくさと去ろうとした。


「ブランカ」


(!)


 レオナルド王子が呼んだ。驚いて振り向く。どうして分かったのだろう。


「この先に行くなという警告なのか?」


 天井から逆さにぶら下がったまま、彼女は頷いた。


「よく分からんが。ありがとう。砦の奇襲も上手くいったぞ。お前のおかげだ」


 王子はブランカに手を差し伸べた。握手かしら。彼女は脚を出そうとして、はっとした。


 今は醜い蜘蛛だった。恥ずかしさでいたたまれない。ブランカは逃げた。正体がバレたことが何より辛かった。

 

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