10 処刑
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大森林を抜けた先に西の辺境伯領がある。国境を護る大貴族だ。
「お館様。レオナルド王子の副官という者が来ております」
執務室にいたルビーノ伯は城門に向かった。王子の使者は大きな狼を連れていた。その為、中には入れなかったのだ。
「ルビーノ閣下。お久しぶりでございます」
使者は副官の男だ。服は破けやつれ果てている。
「まさか大森林を突っ切ったのか?」
「閣下しかお頼りする方が無かったのです」
正直言って迷惑だ。既にレオナ妃の為に再捜査を願う奏上はした。これ以上は御免被る。ルビーノ伯は使者を労いつつ、やんわりと断わった。
「大した忠義者よ。しかし力にはなれない。王家と事を構えるわけにはいかんのだ。分かってほしい」
すると、目を瞑って伏せていた狼が立ち上がった。赤い目が領主を見る。よく見れば汚れた毛は白い。狼は前脚の爪で地面をひっかいた。
「た・す・け・て」
狼はそう書いた。
「人の言葉が解るのか?!」
ルビーノ伯は驚いた。狼は頷いた。
「代償は何とする?まさかこのルビーノを芸だけで動かせると思うのか?」
大貴族の意地の悪い問いに、狼はまた字を書いた。
「い・の・ち・あ・げ・る」
「何と。お前の命をか」
迷う。これ程の珍獣は欲しいが、レオナルド王子に肩入れする利益と見合うのか。そこに妻が来た。気づくと、城中の者たちが見物している。
「あなた。是非お受けになって。孫たちも喜びます」
「そうか?」
白い狼はルビーノ伯に近寄ると、頭を垂れた。服従するということだ。決まったな。
「よし。その取引乗った」
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辺境伯は伝書鳩を放った。都の情勢はすぐに知れた。王子の裁判は1週間後。処刑は即日行われる。
「王族の扱いではないぞ。おまけにフォクス王子とラクン王子がアドラー侯爵に接触している。怪しいな」
ルビーノ閣下は報告書をレフに見せた。領都に着いたのが昨日だ。情報の速さに感心する。
「国境の師団はまだ動かすな。それこそ謀反を疑われる」
「はい」
閣下に釘を刺された。
「あと、証拠となる手紙を書いた代筆屋が分かった。依頼人はアドラー侯爵令嬢だ」
「令嬢が?まさか」
副官は驚いた。レオナルド殿下との仲は良好だったはず。
「うちの隠密は確かだ。始めから陥れる気だったのさ」
「…」
窓から子ども達の歓声が聞こえる。白い狼は閣下の孫たちの相手をしていた。綺麗に洗ってもらい、輝く毛並を幼児たちが櫛で梳いている。殿下を救い出せても失敗しても、ブランカ様は辺境伯の物になるのだ。レフは申し訳なさでいっぱいだった。
◇
辺境伯の孫は可愛らしい女児2人だ。ブランカのお世話をしたがるので、毛並を整えてもらっていた。
「狼ちゃん。名前、あるの?」
10歳の女の子が訊いてきた。ブランカは地面をひっかいて教えた。
「へぇ。叔母様の名前みたい」
「だ・れ・?」
「父上の一番下の妹よ。病気で寝たきりなの。私は話したことないわ」
植物状態になりつつあるらしい。まだ17だそうだ。お気の毒に。下の孫娘(7)もブランカの毛にブラシをかけながら言った。
「お爺さまが薬を作らせてるけど、まだできないのよ」
お喋りをしていると、辺境伯夫人がやってきた。夫人は孫達に勉強に行くように促した。残されたブランカは立ち上がった。
「お待ち」
夫人に呼び止められる。振り向くと、妙に真剣な眼差しで言われた。
「お前に頼みがあるの」
◆
レオナルド王子の裁判は明日だ。だが、突然牢から出された。頭に頭陀袋を被せられ、馬車に乗せられる。
「裁判はどうした」
王子は訊いた。役人は答えない。数分で喧騒が聞こえてきた。
「今日の罪人は誰だ?」
「謀反人の貴族だって話だ」
「絞首刑かな?斬首かな?」
「俺は首切りが良い」
刑場に見物の平民が集まっている。裁判を省いたようだ。
結局、レフは間に合わなかった。母に無惨な姿を見せてしまう。レオナルドはぐっと手を握り締めた。
「歩け」
処刑台に登ると、民のざわめきはより大きくなった。王子の横で執行官が罪状を読み上げたが、ほとんど聞こえない。形だけの宣告をして執行官は台を下りた。
「跪け」
首切り役人が命じた。王子は拒んだ。
「嫌だ」
最期まで屈しない。背筋を伸ばして死を待つ姿に、刑場は段々と静かになっていった。
「痛むぞ」
「戦士は首を差し出さない」
「…」
大刀がうなじに当てられた。レオナルドは目を閉じた。
◇
前日の夜。ブランカとレフは密かに王都に着いた。辺境伯のタウンハウスに泊めてもらった。
「明後日は閣下と私が殿下の弁護をすることになりました。ブランカ様はこちらでお待ち下さい」
「わ・か・っ・た」
部屋に残された狼は、こっそり屋敷を抜け出した。レオナルドの無事を確かめたかったのだ。ブランカは匂いを辿り、王城の牢の屋根まで行った。通気口から大好きな王子の気配がする。
(待ってて。絶対助けるから)
狼はそのまま寝てしまった。夜が明けて目を覚ましたブランカは、王子が馬車に乗るところを見た。変な袋を被せられている。裁判の時間にはまだ早いし、何かがおかしい。
街の屋根を走り跳びながら跡をつけた。馬車は沢山の人が集まる広場に着いた。王子は処刑台に登らされた。
(裁判は?!)
ブランカは考える間もなく飛び降りた。王子の首に大刀が迫っていた。
◆
風のようなものが過ぎていった。
「ぎゃああっ!」
役人の悲鳴が響き渡った。ダンッと何かが処刑台に降り立つ。それは両手の縄を噛み切った。王子は頭陀袋を取った。赤眼の白い狼が見上げている。
「ブランカ?」
「クゥン」
狼は手首の擦り傷を舐めた。台の下では手を噛まれた役人が呻いている。見物客たちは呆気に取られていたが、すぐに大騒ぎになった。
「何だ?この犬は?」
「構わん。早く王子を殺せ!」
役人達が剣を取り、台に駆け上がってきた。何が何でも処刑する気だ。ブランカは唸りながら前に出ると、目にも止まらぬ速さで敵の手足を噛み裂いた。
「静まれ!レオナルド王子の処刑は無効である!」
新たに現れた軍団が刑場を制圧した。辺境伯の紋がついた鎧を着ている。
「王子の身柄はルビーノ辺境伯が預かる」
 




