01 転生
今回も習作です。設定とプロット決めすぎず、ゆる〜く書いてみました。少しギャグ要素が復活した感じです。慣用句って人間向けなんですね。「目を瞑る」とか「胸がドキドキする」とか、昆虫にはできないんです。蝶だの蜘蛛だの調べながら書いてました。ぜひお楽しみください!
◇
(生まれ変わったら、美しくなりたい。誰からも愛されるように)
お義母さまと義妹は、私が嫌いだ。ひどく醜いから。お父さまが亡くなって以来、私はこの家の下働きだ。どんどん家が貧しくなっていくから。私に与えられたのは多くの家事と少ない食事。もう17だと言うのに、ガリガリの痩せた体には女らしさのかけらも無い。
『老婆みたいな白髪。見苦しいったら』
『気味の悪い赤目ね。こっちを見ないでちょうだい」
『お前は疫病神に違いないわ。死ねば良いのに』
そうかも知れない。お母さまを6つ、お父さまを12の時に失った。私がいなければ、両親は今も仲睦まじく暮らしていただろう。私は不幸を呼ぶ魔女だから。
数日前から寝込んでいた。何でもない風邪だと思う。でも起き上がれないほど弱ってしまった。義妹が何度か用事を言いつけに来た。医者を呼んでほしいと頼んだが、ふんっと鼻であしらわれた。私にそんな価値は無いから。
美しくなりたい。誰もが愛さずにはいられないくらい。私の願いはそれだけ。
◇
少女が意識を取り戻すと、そこは一面の花畑だった。暖かな春の陽射しが心地よい。
(ここは天国?何て大きな花かしら)
縮尺がおかしい。少女は自分よりも大きな花を見上げた。視界に、伸ばした己の手が入る。指が無い。小さな鉤爪しかない。
(キャーッ!!)
彼女は驚いて飛び上がった。そのまま上昇していく。すぐに行きたい方向に行けることに気づいた。大きな池が見えたのでそこに降りた。水面に映った姿は、目の赤い真っ白な蝶だった。
(!!!!!!)
そこは池ではなく水溜りだった。少女は白い蝶に生まれ変わっていた。確かに美しい。白銀色の鱗粉が輝いている。でも。
(思ってたのと違う…)
蝶はガックリと肩ではなく羽を落とした。
◇
蝶の暮らしも満更ではない。甘い蜜をお腹いっぱい飲める。仕事をしなくて良い。少女は日がな一日、風や光と戯れて過ごした。こんなに遊んだのは久しぶりだった。
(あら。また来たわ。しつこい男たちね!)
ひらひらと黒い蝶が数匹近寄ってきた。求愛のダンスを舞い始める。全然ときめかない。でも悪い気はしない。人生で初のモテ期とやらが来たのかも知れない。
オスたちの舞に飽きたので、少女は飛び去った。とびきり美味しい蜜を出す花にとまる。長い口吻で蜜を飲んでいると、ふと殺気を感じた。
(カマキリっ!)
目の前に死神の鎌が見えた。もう間合いに入っている。逃げられない。少女はぎゅっと目を瞑りたかったが、瞼がないので無理だった。
その時、ヒョイっと大きな指が死神をつまんだ。すんでのところで助かった。人間の男はカマキリを遠くに放り投げた。奴らは一応飛べる。そのまま飛んで逃げていった。
「俺のお陰で助かったんだぞ。感謝しろよ?」
言葉とは裏腹に、優しい笑顔が見下ろす。長めの黒髪に黒い瞳。右目には黒い眼帯をしている。野生的でかっこいい。胸がドキドキする。心臓無いけれど。
「じゃあな」
彼は去っていった。花畑の奥の空き地に天幕がいくつも出来ている。その1つに入っていった。
(王子様みたい…)
少女はあっさり恋に落ちてしまった。
◇
眼帯の男は将校のようだった。いつの間にかできていた駐留地の、一番大きな天幕で寝起きしている。
朝。小姓風の少年や部下っぽい男たちが出入りする。日も高くなってから彼が出てくる。休憩時間らしい。
(おはよう~)
少女はひらひらと挨拶した。彼は花畑の切株に座って彼女を見た。
「またお前か」
逢瀬はすでに7日目だ。彼はただ座って景色を眺めているだけ。少女は嬉しくて彼の周りを飛び回る。会話は無い。しかし今日は違った。
「どうしたものかな。なあ?」
話しかけられた。驚いた少女は思わず彼の膝に着地した。
「あの山の向こうの砦を落すんだ。でも正面からは無理だ。兵が足りない」
独り言だった。眼帯の男は遠くを見ながら話し続けた。
◇
彼の話から推測するに、今は戦争中である。彼らは敵の砦を攻略するために来た軍だ。結構難しい作戦らしい。砦の背後は急峻な崖。前方と左右は狭隘な谷。それを僅か500の兵で落とせと。
「奇襲しか無い。そこに近づく山道がないものか…」
男は深いため息をついた。少女は斥候に行くことにした。ひらりと飛び上がり、山向こうを目指した。
◇
花畑から出たのは初めてだった。木陰から木陰へ、少女は慎重に飛んだ。やがて谷の突き当りに大きな城を見つけた。男の言った通り、後ろは絶壁の崖だ。誰も蝶がスパイだとは思わない。彼女は堂々と敵陣を探った。
(うーん。道は無いなぁ)
試しに崖上まで登ってみた。すると獣道のような古い道があった。辿ってみると、大きく山を迂回して麓まで下りられた。
(崖上までこっそり行って、大きな岩を落とすとか)
名案じゃない?少女は男の元へ急いだ。