最初の啓示
西暦2023年、世界は移民や戦争、疫病、不況などによってカオスとなり、日本は精神世界の最後の砦となっていた。
アテナによればその世界の混沌の原因は、サタンによって奪われた彼女の知恵を悪用する秘密結社イルミナティの精神世界への侵蝕だという。
アテナの啓示を受けた「釈迦堂啓太」は、自身の使命に戸惑いながらも強大な悪との闘いに身を投じていくのだった。
心地の悪い風が頬を撫でる。枯れて根っこの部分のみが残った木の傍で俺は目を覚ました。
「いっつつつつ・・・。」
ズキズキと痛む額に手をやりながら、何とか株の部分に体をもたれかける。
見えてくるのは草も木も生えていない黒い大地。周りには病的な瘴気が立ちこめ、辺りには得たいの知れない腐敗物が散らばっている。
(いったい、ここはどこなんだ・・・)
空には厚く黒い雲がかかり、退廃的な空気を一層際立たせている。まだ頭が状況に追いついていないが、取りあえず状況を把握しなければならない。俺は、重い腰を上げ少し辺りの様子を確認することにした。
周りにあるのは、枯れた木々とまばらな岩以外は何もない。小川も流れてはいるが灰汁色に濁りきっていて水質はかなり悪そうだ。生命力をまるで感じないこの場所は地獄かと錯覚するようであった。
ちょっと歩みを進める内にある程度頭痛も引いてきた。気力が少し回復した俺は歩きを早めた。
更に進んでいくと、どうやら俺が目覚めた場所は平地よりは少し高い丘であることが分かってきた。
そして、眼下には、町のようなものが見えてきた。
「いや、町というよりは都市か。」
その場所は、外側が壁に囲まれ、そのすぐ内側には家屋が建ち並んでいる。内側の殆どは、小さな家屋で構成されているようだが、中心部にはビルや現代的な建築物が密集している。都市のようで一つの国のような感じであった。しかし、町には家屋の数に対して歩いている人影の数は少なく、人の営みというようなものが感じられない。異様な雰囲気を放ってはいたが、なぜか違和感をそれほど感じなかった。
さて、このままここに居てもすることがない。
「取りあえず、あの町に行ってみるか。入れるか分からないけど。」
どっちみち、今の俺に選択肢はそんなに無い。先ずは、手がかりを見つけないと。
丘を下ろうとすると、ちょっと下に人影が見えた。
フードを深くかぶっており、素顔を伺うことはできない。
都市の存在感にばかり気がいって、気が付かなかった。
(あれは誰だろう。俺と同じで迷い込んだのか。)
俺は悟られないようにその人影の元に近づき、枯死している木の陰に隠れ、様子を伺った。
身長は170cmより少し低いくらいだろうか。
人影は、じっと都市の方を見つめ、何かを慎重に考えているようであった。
すると、自分とその人影を挟んで反対の方から、同じようなフードを被った影が複数近づいて来ていることに気付いた。
フードを被っていることは同じだが、うつむき加減で最初の人影とは明らかに様子が違う。
そして、もう一つ、恐ろしい形相の怪物とでも言えばよいのだろうか。得たいの知れない偉業の巨体がフードを被った人型の足跡をなぞるように、三体こちらに近づいてきているのが見えた。青黒い大きな体を持ったそれの複数ある目や口は苦痛を最大限表現しているかのようにひん曲がっており、頭からは血のような物が吹き出している。明らかにこの世の者ではなかった。
(何だよあれ。)
兎に角、見つかったらヤバいということだけは本能が理解していた。
怪物の気配を感じ取ったのか、さっきまで都市を真っ直ぐに見据えていた人影は、ゆっくりと周囲を見渡した。その時、フードの隙間からほんの少し顔が見えた。あれは、女性だ。しかも、まだ完全には大人びていない顔立ち。
彼女は足がすくんでいるのか逃げようとする気配がない。
(何をしてるんだ。あんなところにいたら、あの化け物みたいなのに・・・)
今までにない妙な汗が体中から湧き出る。喉は乾き、つい呼吸をすることを忘れる。
彼女を助けに出ていったとしても、無傷であの異形の怪物から逃れられるとは思えない。
頭の中には、あの怪物にどう料理されて喰われるかの未来しか浮かばなかった。
だけど、あの娘を放っておくのは、同じ人間として、男としてどうなのか。
ここで助けに入って、たとえ救出に失敗したとしても彼女は恨まないだろう。何もしないことこそ、一番の悪手だ。俺は覚悟を決め、木の陰を飛び出し、動けないでいる彼女に呼びかけた。
「おい君!化け物がそっちに来てる!早くそこから逃げたほうがいい!」
と、木の陰を飛び出した瞬間。薄気味悪い笑みを浮かべながらあらぬ方向を見ていた怪物の目がこっちを向いた。
(ヤバい!バレた!?)
「あなた!ここで何やって!」
フードを被っていた女性がこっちを見て、驚いた表情を見せ、次に怪物の方を見る。
すると、怪物が不気味な笑い声を上げながらとんでもない早さで自分の方向に駆け出してくるのが見えた。
考えている暇はなかった。鬼のような形相となった怪物がその体躯からは考えられないようなスピードで迫ってくる。
「クソ!気付かれた。」
他の2体が、彼女に気付いたのか標的に定めたようだった。
俺の頭の中は逃げなければならない焦燥感と彼女に対して申し訳ない気持ちと情けなさでグチャグチャになっていた。
出掛かった涙が視界を遮る中、自分の持てる精一杯の力で下の方へと走った。
下っていくと岩石群が現れ、何とか隠れられそうな隙間を見て取ることができた。
足はもう限界が近い、あの隙間に入れれば怪物もあきらめるかもしれない。
一縷の望みに賭け、最後の力でその岩の隙間に滑り込んだ。隙間の中はある程度奥行きがあった。
一番奥に実を潜めた俺は、怪物の到着を待った。
ドスンドスンという足音が次第に緩やかになり近づいてくる。響く振動が心臓の鼓動を増幅させる。
静かになった後、岩の隙間から恐ろしい怪物の目がのぞき込んできた。どうにもならないこの世の不条理と矛盾を孕んだような目だった。
ゴクリ・・・
俺はその目を凝視するしかなかった。
すると、怪物は隙間に入るのは難しいと悟ったのか、目の前から退いた。
「た、助かったのか・・・。」
これで、怪物が去ったら外に出れると安堵したその時、地響きが襲った。
ガン!ガン!
「な、何だ!まさか・・・!」
それは、怪物が上部の岩壁を叩いている音だった。このまま、生き埋めにするつもりだ。
「おい!やめろ!」
四つん這いになり、筋肉の硬直した足を懸命に引きずりながら隙間の出口を目指した。
が、上部を支えていた岩石がガランと崩れ、体に重くのしかかった。
ガハッ。
(ここまでか・・・。)
息ができない。眼前の景色歪み、意識が遠のいていく。結局、あの娘は誰なのか?無事なのか?分からないままだ。だけどそんなことはもういい。俺はこのまま何も分からないまま一生を終えるのだから。
暗闇の中で声が聞こえる。それは温かさを内包するような慈愛に満ちた大人びた女性の声だった。
「啓太さん。啓太さん。どうか世界を救ってください。」
「あ、あんたは誰なんだ!世界を救うって一体世界の何を救えって言うんだよ!」
俺は、見えない相手に向かって必死に応えた。
「約束の日はいずれ来ます。次のときにまた会いましょう。」
声は徐々に遠のいていく。その声を追うように俺は問いかけた。
「おい!まだ、何も聞けてない!あんたは誰だ!」
「私の名はあ・・・。」
声はそこで途絶え、突然脳に電撃のような耳障りな音が鳴り響く。
ギャァアアアアアア。ギョオゥアアアアアアアア。
「あー。うるせぇ!」
俺はベッドから飛び起きた。不快な音の源はスマートフォンだった。すぐに、音が鳴っている携帯を止めにいく。
「何がよく起きれるフクロウの鳴き声だよ。フクロウってこんな化け物みたいな声出すのか?普通、ホーホーだろ。可愛くねぇ。」
時計の針は、6時40分を回っていた。
「やべぇいつもより。10分も遅いっ。」
変な夢から目覚めて悟りを開いたか様な感覚に陥っていたのが、唐突に現実の焦りへと変わった。
現実に引き戻された俺は、急いで鞄に参考書や課題を詰め身支度を始める。朝の歯磨きを始めるのと同時にテレビの電源を入れると、国際情勢に関するニュースをアナウンサーが読み上げていた。
「ガザの保健当局の発表によりますと、ガザ地区における死者の数は1万人を超えたとのことです。国連のクテーレス事務総長は、イスラエルの攻撃は報復の域を遥かに超えている。国際連合としては、断固として受け入れられないという声明を出しました。」
日本では考えられないが、今も世界のあちこちで戦争が起きていて罪のない人間が犠牲になっている。
(技術が発達して世界が豊かに近づいても、人間の心ってのは変わらねぇな。)
歯磨きを終えた俺は鞄を取ってシューズを履き、玄関の扉を開け未来への一歩を踏み出す。
「そんじゃいきますか。」
今日もまた、いつも通りの日常が始まる。はずだった・・・。そして、これは強大な悪との長い闘いの始まりでもあった。




