久しぶり
高校一年生の冬。雪が降り積もり寒さが厳しくなってきた日に起きた出来事。これは彼女が来てからの話だ。
「なあ、谷田。雪って白いよな。なんで白い雪が地面を覆い尽くすと銀世界って言うんだ?」
「そんな事を考える余裕があるなら来週に備えている学年末テストに向けて勉強したらどうだ」
「んあ、飽きた」
テスト勉強を初めてものの五分で音を上げ始めたのは谷田の一番仲の良いクラスメイトである中村湊だ。
来週のテストで赤点を取らないように勉強を教えてくれと頼まれたのだが、その本人のやる気がまるで無い。
「湊、また赤点取っても知らないからな」
「うえー、そんな事言わないでくれよー。親友だろ」
「今やめた」
「ひどっ」
湊は前回のテストで目も当てられないような点数を取りったのでこのままでは進級すら危うく、中学からの付き合いである谷田に勉強を教えて貰っている。
「ほら、また間違ってる。さっきも言ったろ」
「えー、意味分かんねぇー。ちょっと休憩しようぜ」
「休憩出来るほど余裕あるのか?」
「ちょっとくらいいいだろー。そんな事よりさ明日転入生来るじゃん。覚えてた?」
「一応な」
先週末に担任の教師から連絡があり転入生が来るというのはクラスで一つの話題の種となった。その人はハーフで、しかも、先月に来日したばっかりなので、一応日本語は一通り話せるらしいが転入直後に質問攻めをするようなことは控えてほしいとの事だった。
「銀髪美少女だったらいいなー。そう思わないか?」
「そんなの来るわけないだろ。仮に来たとしても俺たちは大した関係にはなれないだろ」
「夢のないこと言うなよ……」
「現実的な話をしただけだ。ほら手を止めてないで動かせ」
「ちぇー」
「そんなの来るわけない」とは言ったが、実は一人だけ心当たり……と言うより知り合いがいる。だが知り合いと言ってもまだ物心つく前にしか会っておらず、知らないうちに引っ越してしまったらしい。らしいと言うのは、自分ではこの事は覚えておらず小学生の時に母親からサラッと聞いた程度だ。透き通る髪の毛やその髪の毛とは異なった日本人らしい顔立ちによって出来た可愛らしさは、谷田の母親だけでなく、谷田の自宅周辺で割と有名らしい。
「まあ仮にその子が来ても俺には関係ないか」
「谷田?何か言ったか?」
「いや、特に。ちょっと考え事をしてただけ」
「谷田が考え事なんて珍しいな」
「湊は俺をなんだと思っているんだ」
「さあ」
翌日の朝、学校に来るとクラスはいつも以上に騒がしかった。恐らく転入生が来るからだろう。
「それにしても、ここまで盛り上がるものか」と、心の奥底で思いながら窓際の一番後ろにある自分の席に向かう。しかしそこには、一番後ろの席のはずの自分の机の後ろにもう一つの机があった。
「お、谷田。おはよう。珍しく今日は遅いな」
「誰かに勉強を教えてたせいで自分の勉強の時間を遅めなければならなくてね」
「へへ、悪い悪い。そんな事よりスクープがあるんだよ」
「スクープ?一体何の事だ」
「例の転校生、物凄い美人らしいぜ」
「何だよ、そんな事か」
「しかもその女子の席、多分お前の後ろだろ」
「あぁ、だからここに机があるのか」
本当に美人の女子が来たら、普通の男子高校生からしたら歓喜かもしれないが、谷田からしたら関わることはほぼ無いと思っているのであまり興味が無かった。気にする事と言えばその人は学年末テストをどうするのか、それくらいだった。
「おーいお前らー。転入生の事は気になると思うが時間はしっかり確認しておけー」
クラスが転校生の話で盛り上がっていると担任の教師が教室に入ってきた。話し声のせいで予鈴のチャイムが聞こえなかったようだ。
「せんせー。転入生はどこにいるんですか?」
「北村、もうすぐ来るから大人しくしてなさい」
「わかりましたー」
北村は、クラスの中心の一人の女子であり、男女学年問わず人気が高い。この学校の中でもトップ3には入ると言われているらしい。
「北村さんって可愛いよなー。谷田もそう思わない?」
「可愛いとは思うけど関わること無いからな。まあ関わろうとも思っていないんだけど」
「谷田って女子の前だと急にテンパるもんな」
「うるさい」
「谷田達もうるさいぞ。静かにしなさい」
「あ、先生。すいません」
クラスがこちらを見ながらクスクス笑っている中々屈辱だ。谷田は、後で話しかけてきた湊を懲らしめておこうと心のなかで決心した。それもかなり。
「そういう事でそろそろみんなお待ちかねの転校生紹介の時間だ。入ってきていいぞ」
先生の声に続き廊下から一人の少女が教室に入ってきた。その瞬間、クラス中で驚きの声が上がった。
「皆さん、初めまして。岸本桃葉と言います。クラス替えまで残り少ないですが、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
岸本桃葉と名乗る少女は誰が見ても非常に美しく、可愛らしい少女だった。美しく揃った茶髪に整った顔。そこらのモデルや女優にも負けない顔やスタイルに誰もが聞き入ってしまうような透き通った声。谷田が今まで見た女性の中では間違いなく一番可愛かった。
「あのー、岸本さん。私、北村結月って言います。これからよろしく。それで、一つ気になることがあるんだけどいいかな?」
「あ、はい。良いですよ」
「えっとー、ハーフって聞いていたからもうちょっと外国人っぽい顔なのかなぁって思ってたんだけど。そこのところどんな感じなの?」
確かに先週、担任がハーフだと言っていたが、今はどこからどう見ても純正の日本人にしか見えない。
なんなら日本人より日本人してる。
「あー、それは結構聞かれますけど、まあ見た目はともかく、ちゃんと外国の血も流れています」
「見た目はあまり変わらない感じなんだねー。まあこれからよろしくー」
「よろしくお願いします」
自己紹介が終わると岸本さんは担任に伝えられてた席に向かった。その席は予想通り谷田の席の一つ後ろだった。そして彼女が谷田の横を通る時に、谷田だけに聞こえる声でボソッと呟いたのだ。
「久しぶり。谷田修哉くん」と。