嘘だよ。~今度は素直でいられますように~
「月路、これ先生から。書いたら職員室に持ってきてだって」
「………分かった」
声をかけてきた矢城の方を見ずに返事をする。
「……」
なにか言いたそうな顔をしているけど、私は気付かないふり。そのままその場を離れた。
「やっぱり、どうしたの。」
「ん?」
「最近全然矢城と喋ってないじゃん。喋っても一言か二言だし」
灯とは私の名前のこと。ちなみに名字は月路。今喋っているのは、私の友達の由奈。幼稚園からずっと仲がいい私が本音で話せる相手の一人だ。
「何があったのよ、矢城と」
「…別に何も」
「嘘つけ。幼稚園からの付き合いの私を騙せると思ってるわけ?」
「由奈には敵わないな~」
「そうだよ。だから話してよ」
「…分かった。…あのね」
そうあれは梅雨が近づいてきた5月下旬頃のこと…。そう、今からちょうど一ヶ月ほど前。
◇◇◇◇
「ねぇねぇ、灯って矢城のこと好きなんでしょ」
「…うん。そうだよ」
「キャー。まさか灯が恋をするなんてね」
「ちょっと、大きな声で言わないでよー」
その頃の私は、仲が良かった女の子たちとの恋バナが好きだった。だから矢城…矢城透のことが好きだということも言った。言ったことを後悔したのは次の日。
「ねぇ、矢城。灯が矢城の事好きだっていてってたんだけど、灯のこと矢城はどう思ってるの?」
朝、教室に入ろうとしたらそんな声が聞こえた。言ってる子は、恋バナをした子たちの中のひとりだった。でも、朝とは言え教室には数人がいるのにそんなに大きな声で話したら…。
「えっ、月路さんって矢城くんのこと好きだったの」
「嘘でしょ。月路さんが?」
「えっ、いつから好きだったのかな」
いろんな声が聞こえる。そりゃそうだ。矢城くんは学校で人気者で私なんかのことが好きになるわけないんだよ。だけど…心のなかに黒いものが広がる。人の好きな人を勝手に言わないでよ。本人にも言うなんて。…恋バナなんてしなきゃよかったな。
私が色々思っている間も会話は続く。まだ、誰も私が会話を聞いていることに気付いていないから。
「ねぇ、どう思ってるの。灯って結構かわいいじゃん」
「いや別に。俺好きな人いないし」
やめて。余計なこと言わないで。
「嘘つけ~。本当は灯のこと気になってるんでしょ」
「うるさいな。別に好きじゃないし」
そんなに聞かなくてもいいのに。だいたい私は聞いてほしいなんて一言も言ってないのに。
「本当のこと言ってよ。本当は灯のこと…」
我慢してたのに、黒い気持ちを抑えていたのに…。もう抑えられなかった。もう我慢の限界。私は教室のドアを開けた。
「あ、灯。…もしかして聞いてた?」
私は首を縦に振る。途端にその子は気まずそうな顔になる。
「いや、別にこれは…。その」
「もういいよ。余計なこと言わないで」
「あ…、ごめん。でも灯、矢城の事好きだって言ってたじゃん。私はそれを応援しようとして…」
応援してほしいなんて一言も言ってないし。むしろ、言ってほしくなかったのに。
「うるさいっ。応援してほしいなんて一言も言ってないし。そもそも矢城くんのことだって、好きじゃないから!」
言ってから気づいた。教室には他にも生徒が数人いることに。静まり返った教室。誰もが私に言い過ぎなんじゃないとでも言いたいような顔でこっちを見ている。
「っなんなの。私は応援しようとしただけなのに。なんで私が悪いみたいに言うの」
静かな教室で先に喋ったのは、女の子のほうだった。
「せっかく灯の恋が叶うようにしたのに。そんなに嫌がるなら、最初から恋バナに入ってこないでよっ」
その子の怒りは収まらない。どんどん加速していく。教室にいる他の生徒がだんだんその子に同情しているような空気になってきた。まるで、私を全員で責めるかのような空気に。矢城くんはさっきから表情が変わらなくてなんて思ってるのかが全くわからない。
「こんなことになるなら、灯と友達になるんじゃなかった」
とどめだ。今の言葉が胸に矢のように刺さった感じで、胸が痛い。耐えきれず私は教室を飛び出した。
◇◇◇◇
「…こんな事があったの」
「そういうことね。だから喋れてないんだ。もともと仲が良かった女の子たちとも、矢城とも」
そう。あの日から、女の子たちと喋らなくなった。矢城くんはさっきみたいに話しかけてくれるけど、私があまり喋れていない。だから、由奈は気づいたんだと思う。
本当は矢城くんとは話したい。好きじゃないって言ったのは嘘だよって言いたい。でも私はまだ自分の素直な気持ちを言えない。本当は君が好きだってことを。
◇◇◇◇
久しぶりに思い出して、その日は一日中いつもよりも静かだった。由奈は気づいてくれて、特に聞くようなこともなく、一日静かにしてくれた。改めて由奈が友達で良かったと思う。多分そんな人のことを人は親友と呼ぶんだろうな。誰も人がいない教室で、一人感情に浸ってると聞き慣れた声がした。
「月路」
けして大きな声ではなかったけど、その声はよく聞こえた。
「矢城くん!」
喋ってもまともに返事ができない気がして、はやく帰りたかったけど流石に今帰るのは無理そう。少しの間静かになる。
「あのさ、」
先に話し始めたのは矢城くんだ。
「あの日、ごめんな。何も言えなくて」
矢城くんは何も悪くないのに、なんで謝ってくれるんだろう。そういう性格だから私は好きになったんだろうな。なんてちょっと、場違いなことを思う。
「ううん、全然大丈夫。矢城くんが謝ることじゃないよ。私こそごめんね」
「…月路も謝ることないだろ」
やっぱり矢城くんは優しいな。私も悪くないって言ってくれる。もう言おう。言いたかったことを。素直な私の気持ちを。夕日が差し込む教室で私は小さな、でも私にとっては大きな決意をした。
「あのね、矢城くん」
「ん?」
「嘘なの」
「…何が?」
「あの日矢城くんが好きじゃないって言ったのは嘘なの」
「えっ」
「ごめんね、嘘ついて。あのときは素直になれなかったから、今は素直になる」
矢城くんは静かに続きを聞こうとしてくれている。
「矢城くんのことが好きです」
言えた。今度こそ素直な私でいられた。
「…反則だろ」
「え?」
矢城くんの頬が赤いのは、夕日のせいだろうか。
「俺もだよ。素直になれなかったのは」
どういうことだろう。私は次の言葉を待つ。
「あの場で好きな人がいないって言ったのも、月路のことを別に好きじゃないって言ったのも嘘だよ」
静かに語りかけるように話している矢城くんはいつもよりもかっこよく見えた。
「俺も月路のことが好きです」
全く思わなかった言葉に何も返すことができない。もしかして、両思いなの。矢城くんと?嘘でしょ。信じられないけど。信じられないけど…
「嬉しいな」
あっ、声に出しちゃった。急いで口を抑える。そっと矢城くんを見ると…とても嬉しそうに微笑んでいた。
矢城くん。反則なのはそっちです。