#76 囚世:乖離虚域part20
みじかいよー
〘乖離虚域:第5層【塔】〙
燃えるような揺らぎを纏った彼女が塔の内部を駆ける。アイアンナックル───敵を破壊する事に注力した拳装が、対する無数の自走人形らしきものを粉砕する。
「!チィッ」
粉砕され細かく割れたその破片。不確定性と悪運が重なり、視界を覆う形でそれらは空中に散布された。
洩れる舌打ち、同時に破片を吹き飛ばす為、腕を大きく横に薙ぐ。晴れた視界の奥より迫るのは、もう一体の自走人形より放たれた突き。恐ろしく鋭い貫手だ。
石と金属によって複合的に形成されたそれの、攻撃を担う部位。その形状は用途により変化するらしい。
(破片を退かす時に右腕が弛緩しきった───避けれんか)
窮地ながらも落ち着いて思考を回す夜鳴。そこにある種の余裕があった。
「ふッ」
夜鳴の眼前に迫る貫手が、彼女の背後より突如現れた黒塗りの短剣に両断される。
薄暗い塔の中、黒衣を纏ったヘラは深黒の剣と共に闇に紛れ、夜鳴から生まれた影から飛び出したのだ。
餌としての夜鳴の陽動、暗闇に乗じたヘラの撹乱と遊撃。相反するバトルスタイルが上手く噛み合ったことにより、上層階へと破竹の勢いで彼女達は進撃している。
「助かった」
「……ふん」
敵視する人間との不本意な共闘。
しかし想像以上に上手く噛み合ってしまっていることが、ヘラには腹立たしく思えた。何より、Uとの共闘より遥かに合致しているという事実。
「っ…」
その事実に、苛立ちと困惑が同時に沸き起こる。
「なんで」と小声の呟きがこぼれる。しかし夜鳴の耳は捉えたらしい。
「なんでUとじゃないの、か」
「!」
「まぁその気持ちも分かってやれないでもない」
お前に私の何が解るのか───という気持ちをぐっと飲み込む。ここまでの会話で、夜鳴は自分と似ている部分があることを認識していたのだ。
「こう言うのは悪いが───理由は簡単だ」
「……なによ」
思わず聞き返す。
「お前はUを必要としていても───」
が、少し後悔することになる。
「───Uはお前を必要としていないから、だな」
キュッと心が締め付けられる心地がした。
それと同時に納得したような心地にもなる。
Uは結局の所、1人で完結している人間なのだ。ヘラはあくまで、あの世界の戦利品でしか無く、本来は面倒を見る必要すらない。
戦闘においてもヘラは予備火力でしかなく、共闘する仲間という存在にはなり得ない。
そして彼女の感知し得ないことではあるが、所詮はNPCなのだ。その溝は大きい。
「じゃあ、私どうすれば……」
結局異端である自分はずっと1人なのかという思考。
「それは──────」
その問に答えではなくヒントをほのめかそうとした夜鳴の言葉は。
『──────QyuRaqyuqyuua』
異様な声によって中断された。
「「!?」」
悩む暇は与えられない。
あくまで理不尽は能動的に動く。
最後の幻獣がようやく姿を現した。
その姿は、少し違和感があるものの馬と言って相違ないものだった。
現実に存在しうる馬を数倍の大きさにしたような獣だ。その毛並みは黒く輝いている。
戦場は【塔】内、上に登るためのギミックで必要な大量の雑魚処理では、夜鳴たちの無双ゲーの様相を呈していた。
が、無双する主体はこれにて交代となる。
◇
馬。ペットや家畜に次いで人と密接に接している生物。
そのため馬という種の認知度は極めて高く、強度の高い共通認識を持っている。
「馬と言えば何を想像するか」という問いをかけられても、誰も答えの大筋は外さないだろう。
例えば攻撃方法。
突進?後脚の蹴りも?噛みつきは?前脚を振り下ろすとか?と人々は考える。警戒する。馬と言えばそれらだからだ。
だがその思考も所詮は常識という不確定事項、枠に囚われたもので。
そんな枠には、例外があまねく存在するということは言わずと知れたことで。
「フッザ─────けるなよ本当に!?なんだアレは!!」
直感で逃走を選択し駆け出した直後。眩い光の照射を感じちらりと後ろを向いた夜鳴の目に映ったのは……。
目に映る全てを焼き貫かんとする馬。
口から極太のレーザー砲を発射し、全方位無差別発射している。少し触れた周囲の雑魚モブが解けるように蒸発する。
尾から黒色をした炎のようなものを全方位無差別噴射している。炎が当たった塔内部が蒸発して外が見えている。
はたして黒炎で尻は焼けていないのか。はたしてそのレーザーで顎が溶けたりしないのか。というかそもそもこれを馬と呼んでいいのか。いや、呼んでたまるか。
「とりあえず、早く逃げないと!!戦って勝てる相手じゃないでしょ!?」
「あ゛ー!アリスめ事前情報収集を余りにも怠りすぎやしないか!?U君どうか私を助けて!」
レーザー砲の向きに意志を向けながらも愚痴を吐き、必死に足を回しながら馬モドキから距離をとる。
突如、レーザー砲が自分の頭上を一周した。狙いは自分達ではなく──────
「あ、壁全部溶け───」
塔が、崩れる。
◆
(Side:???)
「お日柄ァ!!戻ってきたぜ!!」
「......」
「出番だガラクタ、舞台のラストピースはお前なんだとさ」
よー




