#72 囚世:乖離虚域 part16
みょーん
今、テンションが下がってきているのを感じている。
背後にあるは、虚構の巨口。恐ろしい速度で迫り来るそれは、まるで理不尽を体現するかの様に周囲に破壊を齎しながら俺の背を噛み砕かんと殺意を向けてくる。
(──────拭えない)
俺は逃げている。システムの指示に従い、指定された方向へ逃げている。
飛んでくる瓦礫の処理し、不定期に加速する龍の牙突を読み、時々遭遇するMOBをスルーしつつ巻き添えにする様に誘導する。その難易度は、極めて高い。
しかしやっている事はワンパターン、『逃げ』だ。別に不満というわけではない。立地が悪く手札も無い今、その理不尽はもはや負けイベントの様なもの。勝ちを掴む為には、何か変化が起きるまでの耐えが必要であるのも理解している。してはいるのだが。
拭えない退屈。
端的に言えば、俺は飽きたのだ、逃げることに。
「もうこの際、命令無視して戦っちゃおうかな」
俺は高難易度、あるいは無理ゲー鬼畜ゲーと呼ばれる類が好きだ。
創造者が用意した悪意と試練の集合を、全身全霊で乗り越えていく感覚。人が不可能だと謳うものに、作者が誇りと意志を乗せ絶対的な頂点として設定したものに、魂をぶつけ挑戦する行為。打倒する快感。
しかし逃げていては、折角のゲームが楽しめないではないか。
「うし決めた」
このシステムUIにも、少しづつ疑念が湧いてきた所。あと数分逃げたら向き直って戦って──────
(んお?)
『50m直進の後、【闘技場】に進入。ギミックを攻略、同時に幻象を撃滅せよ』
システムUIが更新。
今までとは違う、攻略を指定させるもの。しかし所々違和感がある。
背後に向けていた視線を上げれば、巨大な壁。
円曲した形で、ところどころアーチが幾つも並び重なったように穴が空いている。
「円形闘技場か───────やばっ!?」
一瞬、意識を持っていかれ、隙が生まれた。
そこをついた幻龍の突進。発射されるように勢いをつけたそれの顎が迫ってくる。
(迷ってる暇は無い!闘技場に駆け込む!)
「らあああああっ──────」
途中のMOBの経験値によってLvが上がり、性能があがった【立体機動Lv5】、【壁走りLv4】を起動、【跳躍】し大ジャンプ。
空いた穴から、闘技場内部に進入する。
空中にて内部を視認、しかし大したものは見当たらない。
そこは、何も無かった。
そして刹那。轟音が前後から響く。
────────────ドォォォォォォン!!!!
後ろからは、幻龍が壁を貫いて迫ってくる際に出た音が。
そして前からは、シーアと巨大な象が壁をぶち割って進入してきた音が。
ボス級の2体が【闘技場】にて邂逅する。
「主菜が2つ同時か!!そいつァ贅沢!!」
〘乖離虚域第3層:【闘技場】〙
〘参加数:4───Rule[2vs2]プレイヤーVS幻獣〙
〘虚ろなる闘争が幕を開けました〙
アナウンスとシステム司令から察するに、何らかのギミックが発動した。そしてそのクリア方法は単純、2体の敵を倒すことであろう。
「───」
「───」
2人の視線が一瞬交錯、そして意図を把握する。
両方、幻獣に追われてここに逃げて来たのだ。相対速度は十分ある。
「【アクセルストライク】ッ!!!」
「伝承拡大抽出──────貫け、【善の屠龍剣】」
俺は象に、シーアは龍に。
逃げの最高速を保ったままの俺たちがすれ違い、追いの最高速を保つ幻獣に、それぞれ牙を剥いた。
巨象の足に、斧が叩きつけられる。
巨龍の逆鱗を、巨剣が貫く。
グラりと巨像が揺れ、倒れた。象は足が弱く、倒れれば自重によるダメージが入る。
その苦しみに、トランペットのような鳴き声が響き渡る。
「ぐッ───!?」
普通の象の数倍の大きさである幻象は、その鳴き声も数倍。圧倒的な音量によって、身体が硬直する。しかし幻象が倒れている今、最も警戒すべきは背後の龍だ。しかし、シーアが相手をしているのだ、然程心配は要らないだろう。
一応後ろを見る。
喉元に巨剣が突き刺さったまま、龍が堕ちて来ているのが見えた。
(マジか!──────想像以上に強い。そりゃそうか、年単位の差はデカイ)
どうやら、随分いい一撃が入ったらしい。それも、逃げるだけで精一杯、時々当たっていた砲撃ですらあまり効果を見せなかった幻龍がダウンするほどの。
シーアがこちらへ向かってくるのが見える。
幻象が起き、幻龍が再飛行するまでに若干の時間があるようだ、作戦会議をしよう。
◇
「幻象で行こう」
「OK、1点集中狙い撃ちね」
ランチェスター戦略、というものがある。
戦闘における理論───というと荘厳に聞こえるが、大したことでは無い。いくつか内包されている理論のうちの1つに、このようなものがある。
Q.弱者が同数の強者に勝るにはどうすればいいか?
A.全勢力を以て各個撃破を繰り返す
つまり、2対1を2度行うということ。2対2で真正面から戦えば、強い方が勝つのは自明なのだ。
「幻象は、多分重くてデカイだけでそんなに固くない。HPもあの龍よりは少ないと思う」
「根拠は?」
「今までの手応え、って所かな。それに、幻象は俺1人だとちょっとやりにくいんだよね。幻龍は俺1人でも何とかなるから、先に片付けておきたい」
「……?」
どうやら、龍に対しては何か切り札があるらしい表情のシーア。常識的に考えて象より龍の方が強いと思い、不思議に思うがまぁ良いだろう。
龍が再び戦線復帰してくるまでに、出来るだけダメージを与えるのだ。
「よぉし、サッサと倒して龍をボコす!」
「まぁまぁ、冷静に行こうぜU。コイツらも所詮は前座、体力はセーブしておかないと」
むっ。強制的にテンション下げさせらてしまった。
「はっ、ゲームはアガってなんぼだろ。ボルテージ上げてけ!」
「まぁ良いけどさ。ほら、行くよ」
幻象に向かって飛び出す。そうして戦闘が始まる。
【Tips】
シーアくんのジョブは、吟遊詩人系と召喚系から派生する特殊なものだお
きりわるくてすまんね




