#70 囚世:乖離虚域 part14
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「暇───ですね。せっかくここでお会いした事ですし、世間話でもいかがですか?」
「………いいよ、付き合う。ところで、ちょっと空気が澱んでる気がするから窓開けてもいい?」
「?駄目です。というか、開かないと思いますよ」
命を燃やして戦う戦場もあれば、仲間の命を賭け金にして争う戦場もある。
そこに佇む異質な静寂は、激情と激しい駆け引きが生まれるバトルとは違う。その張り詰めた静寂の裏で、彼女らの度重なる思考が蠢いている。互いに欺き、心の内を読み合い、戦術をぶつけ合う。そこはそんな戦場であった。
口は基本閉ざされ、そして開かれた途端出てくるのは柔らかい話題。
しかし彼女らの手は一切止まることはなく、恒常的に戦略を命令としてインプットし続けている。
「そういえば、このゲームをチェスみたいと言ったけれど、訂正させて。あれは嘘よ」
大したことのない話題。しかしそれを見ていた人がいるのならば、皆同意しただろう。
ターン制ではないチェスなど、混沌でしかない。そして何より、その戦いはチェスとは明らかに次元が異なっていた。
──────例えば
聖女は幻獣のダメージの詳細から、通常MOBの位置を割り出した。その挙動を幻獣で誘導することで、実質的に通常MOBさえもが聖女の手駒とする。Lilyによる遠距離砲撃は、空中を徘徊するドローンMOBと衝突し、幾度となく無効化された。
──────例えば
Lilyは種々の砲撃台により、ピンポイントでプレイヤー達の逆境を打破している。袋小路に追い詰められたシーアのため壁を壊し道を拓いた。死に際のAliceを何度も生き永らえさせた。空中で身動きが取れないUに、急遽足場を提供した。
──────例えば
Lilyは砲撃のコンビネーションにより他の計画の為の作業を行っているが、それが察されない様に、ブラフやミスに見せかけた多段攻撃を転用している。聖女に隠す様に、整地や準備を行っている。そしてそれはお互い様であるということは両者理解している為、その言葉の端々から奥の手を探り合っている。
これらに始まり、例を挙げればキリがない。明確にルールが存在するゲームでは有り得ない戦術の応酬だ。
明確なルール制が存在しないギミックであるからこそ、彼女らの思考は常人の範疇を大きくはみ出していた。単純よりも複雑が、凡策よりも奇策が強い効力を発揮するのだ。
両者とも譲らない形だが、形勢はわずかに傾き始めていた。
「そんなことより、貴女のお仲間様が今際の際ですが、宜しいのです?」
「良くない。ここが先途、勝った方が今後大幅に有利になることは間違いないもの」
それはAliceが文字通り死にかけであるという点。幻鳥は他の幻獣に比べてHPが大きく劣るが、それでも下手なボスよりはずっと強い。その個体ごとの力量差が、苦戦を強いられている要因であった。
そして同じくらい、情報が足りない。
幻獣の行動の裏に隠された意図が読めないだけではない。
設定に対する無知だ。そのせいでメタ的視点からの攻略が制限されている。
もし『聖女に攻撃が当たらない理由』が分かれば、過程をすっ飛ばして封殺出来るかもしれない。もし『魔女封印の仕組み』が分かれば、ギミッククリアを省くことが出来るかもしれない。
だが実際は、何も知らないせいでその思考は不可能。戦術の幅は狭まってしまっている。
世間話はむしろ、彼女の望むところであった。
「そういえば、貴女って何なの?」
単刀直入、貴女の正体は何という質問をぶつける。
しかし返ってくるのは想定と違う回答だ。
「私ですか?ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね」
こほんと小さく咳払いをし
「私の名前は、『メリー』、孤児なので苗字はありません。一応聖女という設定ですが、信仰心はないので私に禁句はありません。神を罵りたい場合は、思う存分罵ってもらって結構ですよ。」
と言った。
(ツッコミどころが多いわね……神を罵りたい場合って何?)
様々な疑問が浮かぶが、まず一つの大きな疑問。
「設定?それはどういうこと?」
そのセリフは、NPCから出るものでは無いはず。
「そうですね、それを話すには私の目的を説明しなければならないでしょうか」
そう言って聖女は立ち上がり、近くの本棚へと向かう。そして取りだしてきたのは、1冊の分厚い本。
その表示には、「追憶の聖典」という名が見える。
そうして聖女が語り始めたのは、過去の断片。
このシナリオの裏の物語。
「これは、数億年をも遡る昔のお話──────」
◆
───事の発端は、あの禍々しき残穢の一欠片が彼女の眼前に堕ちたことでした。
それは私が生まれる数百年前のこと。
1人の魔女が処刑される日でした。
「魔女」と呼ばれる彼女の持つ忌まわしい力は、一瞬にして街に災禍を齎し多大なる被害を与えられる、恐るべきものでした。
その力を振るわせる機会を、隙を与えてしまえば人類の被害は相当なものになります。
それを畏れた賢しき先人らは、彼女を確保したのに即刻処刑を試みました。処刑台へと彼女を引き摺り出し、処刑椅子へと座らせます。
そこまでは、何もかもが上手くいっていました。全てが順調でした。
しかし直後、何もかもが狂ってしまいます。
魔女の死が訪れようとしたその瞬間、空が割れたのです。
そこから現れた黒い靄。それは禍々しき力の一端でした。
魔女の予防策だったのでしょうか?
真相はもう不明です。
忌まわしいことに、それは成功してしまいました。
その力を死の寸前に呑み込んだ魔女は、そのまま周囲の群衆を鏖殺。数百の警官を殺し、ようやく結界に隔離された時には数千もの人が彼女の力の餌食となりました。
本題はここからです。
結界とは貴方達の想像するような、出入りを制限するものと捉えてもらって構いません。
そして、時間が経てばその効力が劣化していつか魔女が出てきてしまうことも想像しうることであるでしょう。
そこで、最先端の技術と未知の開拓によって造られたのがこの乖離虚域という空間隔離技術。とある座標を起点に亜空間を展開し、そこの中に魔女を幽閉することにしたのです。
しかしそれでも一度、魔女の外出を許してしまった事例があります。なので私達は、乖離虚域を重ね、乖離虚域の中に乖離虚域を展開することを繰り返すことでその幽閉を強化しました。
最悪の魔女を囚うための世界が、私達のいるこの場所なのです。
そして、いずれ来る限界を先延ばしにする為の機構が聖女。
乖離虚域には、テーマを付与することでその強度を高め、その記憶と認識によって再生するという特徴が存在します。
例えば、大勢の人がその空間を「遊園地」であると認識すれば、その乖離虚域は遊園地へと様変わりします。しかしその人たちが認識を忘れ、記憶が薄れてしまえば乖離虚域は不安定になり、いずれ崩壊してしまいます。
それを防ぐため、私───聖女が内側から記憶と認識を維持することによって乖離虚域を再生させています。
つまり私は特に力を持っている訳ではないのです。
「絶対的な記憶力がある一般人」。それが私の正体なのです。
この聖典は、外界にて流通している筈です。その人達の認識も、この乖離虚域の強度を高めています。
この物語は外界の「宗教的伝説」の位置づけにあるため、人々は勝手にそれを伝承していく。
だから私には宗教的性質、つまり「聖女」という名が与えられた訳です。
◆
「私は聖女でも何でもない、ただ都合が良かっただけの生贄なんですよ」
彼女はポツリと言う。
「大切な家族がいました。両親は私を何不自由なく育ててくれて。いっぱい愛を注いでくれました。だから私は、今の自分に誇りを持っています」
「大切な友達がいました。一緒にいると居心地が良くて。遊んでいると楽しくて。辛いことがあったら慰めてくれて。私は友達にとても恵まれていました。そんな彼女達が、とても大切でした」
彼女の独白は続く。
「大好きな人もいたんです。彼は凄く優しくて、強くてカッコよくて。私の話を穏やかな顔で聞いてくれて。怪我をした時はすごく心配してくれて。男らしい人なのに、私が好きだって伝えたら顔を真っ赤にしちゃって、可愛らしい1面も有るんだなって。でも赤い顔しながら愛してるって言ってくれて。あれほど幸せな気持ちになったのは初めてでした」
数秒、静寂が続く。
「何処にでもいるような普通の少女なんですよ」
喉から声を絞り出すように、そう言った。
そして再び、その気迫が鋭いものへと代わり、殺意が表面化する。
「だからこそ、私は貴方たちを許しはしない。私にも生活があったのに、人生があったのに!ただ物覚えがいいというだけで全てを捨てさせられて!こうしないと私の大切を守れないと言われて!!そこまでしてこの世界を護らされて!!!」
矢継ぎ早に言葉を吐き出す。そこに乗った感情は、計り知れないほど大きいものだった。
「…………私の人生はもう諦めました。でも私の全てを引き換えに護っているこの世界を壊させはしない」
その言葉には、明確な敵意が含まれていた。
話が終わった。
今まで手掛かりが無かった旧世界に関する情報の欠片が、ここに来て沢山現れる。
Lilyは、少なからず動揺した。
聖女も、今までで1番感情的になっている。
「───そう、なのね。でも私には私達の都合があるのよ」
「こちらだって同じです。いくら貴方たちが同胞であるからとはいえ、私はそれを否定する」
聖女は息を吐く。少し興奮しすぎてしまったと反省している。気持ちを落ち着かせるため、目を瞑った。
Lilyはここが好機だと思った。
─────────パァァァァァン!!!!!!
窓が割れる。
「!?なッ───」
音に反応し、そちらの方へ向いた聖女。
その眉間に、銃弾が吸い込まれた。
つまり聖女ちゃんは外の人達が聖女と認識したから聖女になったのであって、元々聖女ではありませんでした。
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