#37 バンカー大迷宮攻略横道part8 自分と同じような目をした少女。眷属と母体。
〘特殊シナリオ【神の眷属は少女によって穢された】が発生しました〙
バンカー大迷宮第二層の海中バイオーム、その冷水エリアにあった大きな沈没船。その二階層のホールにて少女と対面しながらシナリオ発生のアナウンスを聞く。
どうやら自分と同じような立場らしい彼女の目はとても昏くとても黒い。まるで深淵に覗き返されているような感覚を覚え、なぜNPCが自分に恐怖の感情を向けていたのかを直感的に感じ取った。
「どうして君以外はみんな死んじゃったのかい?君が殺したの?」
『マスター、少し直接的すぎます。その問い方は推奨しません。』
あまりに直接的で幼い子供には残酷すぎるであろうその問いをなんの遠慮も躊躇いも無く投げかける所有者に対し、思わず苦言を呈するシュヴィ。
だがその注意を全く気にする様子のないユウとあまりにも無反応な少女の態度に、シュヴィはかける言葉がなくなってしまう。
「……わたしが殺したのと同じようなもの。みんなわたしのせいでおかしくなっちゃった」
どこか諦めたように、そして自分に向けて言い聞かせるようにそう呟く彼女。相当な自責の念に取り憑かれているらしい表情で、寂しそうにも悔しそうにも苦しそうにも見える。
「なんでここにいるのか分かんない、けどお願い──────。わたしを殺して……」
悲壮な決意を胸にそう願う彼女。幼い少女が自ら死を願うその姿はあまりにも儚く憐れであった。
「うーん、なんとも言えないからとりあえず経緯を教えてくれよ」
そんな彼女の決意を無視し彼は、あまりに能天気なふうにそう言った。
◆
彼女はあまりに物を知らなかった。幼かったのだ。
だからこそあのような過ちを犯してしまった。
『居住船【クローズドクルーズ】』──────魚類養殖層と呼ばれる場所を回遊しているらしい船で彼女は生まれ育った。
生まれてから今までずっと船の中。外のことを知る機会は幼い故に未だ与えられず、その役割すら知らされずにただ暮らす場所として船は存在していた。
それでも彼女は幸せだっただろう。優しい両親に気のいい親族に囲まれて、少なくとも不自由なく暮らしていたのだから。いくつかの理由により友達はおらず、学校に居場所はなかった。それでも、大好きな父と母に愛される日々に彼女は満足していた。
唯一の居場所だったのだ。
そんな幸福な日常のある日──────事件は唐突に起こった。
◇
毎日午前中に通っている船内にある教育機関での学習時間が終わる。鐘の音とともに授業が終了し、教室を後にして家として割り振られた部屋へ戻ろうとする。
「おい!無表情女!!これ見ろよ!」
そんな彼女を呼び止める少年が一人。その手には黒い生き物のような何かが握られていた。
「っ!?」
「あはははっ、ビビってやがる〜!人形に色つけただけで〜す!」
幼いながらも非常に整った顔立ちの彼女はとても人気であり、同世代の男子から反動形成の被害を受けたり他の女子から妬まれたりしていた。そのうちの一つがエスカレートしたある日、真面目な彼女にはすこし過激なものを見せてしまった。
『黒い動物』──────ある種の都市伝説のようなものだが、黒い動物を見た者はそれに意識を乗っ取られ死んでしまうという噂のようなものがこの船にはあった。
冷静に考えれば偽物とすぐに分かっただろう。だが、幼子にそのような冷静さが備わっている訳もなく。
それを信じていた彼女は、途端に恐ろしくなりその場から逃げだした。
◇
「あれ…?ここ、どこ…」
そうして離れることを優先した彼女は、道に迷ってしまった。
船の中に住んでるとはいえその構造は非常に複雑であり、なれない場所を行けば分からなくなってしまう。
とりあえず、どこかの部屋に入って人に聞こう。焦りながらも冷静にそう判断した彼女は、近くにあった『中枢制御室』という部屋を開けた。
そうしてそこで見つけてしまったのだ。
ゆっくりと床を這う、黒く深い小さな蛇を。
本物を見つけてしまった。
根源的な恐怖をそれから感じ、本物の『黒い動物』であると直感的に察する。
怖い。恐ろしい。逃げたい。嫌だ───
あまりの恐ろしさに身体が硬直し動くことが出来ない中、様々な想いが彼女の中で錯綜し、とある想いが特出して大きくなる。
『両親との幸せな日々を壊したく無い』、と。
学校では肩身が狭かった彼女にとっての唯一の居場所。
それを壊したくない。
そのような、恐怖を塗り替えるほどの動機と、焦った思考により辿り着いてしまったのは──────
「───どうしようどうしようどうしよう、そうだ。ころそう。ころさなきゃ」
殺すという選択肢。
事象を抹消し、何も無かった事にすれば良いという短絡的な思考。しかし焦燥して視界が狭まった彼女にはそれが全てに思えた。
そうして一心不乱に、持ちうる全てを持って蛇を殺そうとした彼女。
結果的に殺すことは出来たのだが──────あまりにも大きな代償が彼女に襲いかかった。
「なに…………これ」
蛇を殺したその右手から、肘、肩、胸、首や腹、と徐々に徐々に痕が付いてゆく。
まるで蛇が身体中を這いまわったかのようなその痕と、アドレナリンが切れてしまった様な感覚のせいで段々と恐ろしくなってきた彼女。
慌てて部屋の外に出て、誰か大人を探す。助けてくれ、と。
「あのっ!」
そうして見つけた1人の大人。
「どうした嬢ちゃん、そんなに慌てて。何があったかおじさんに話してみな」
辺りをパトロールしていたらしい気さくな男性を見つけて、ことの起こりを話そうとする。
「あっ、え、あ」
焦って言葉が出ない彼女。それを落ち着かせるため彼女の頭を撫でようとに手を伸ばすが、頭に触れた瞬間動きが止まる。
「あの………………!?」
途端に身体が硬直した男性に、どうしたのかと顔を見上げると─────────
──────黒い蛇と同じような、爬虫類特有の眼がこちらを捉えた。
◆
「もうそこからは何がなんだかわかんなくて、気づいたらいつの間にかひとりぼっちになっちゃって」
「ふむふむ」
なるほど、あれは母体だったか。と、少し変な納得をする。どうやら彼女は感染源になってしまったらしい。確かに服の隙間から線のようなものが見えるし、真っ黒な目はおそらく俺と同じものだろう。
彼女は両目であるが。
「触ると気が狂うんだっけ?」
「うん。触ったら蛇みたいになっておかしくなるの。それで誰かを襲うか、襲う人がいなかったらそのまま死んじゃう。わたしは襲われないんだけど」
「だから、殺して。生きてたらダメだから。それにもう居場所がないから」
ふーん
「それにしても真っ黒な髪だね。俺と一緒じゃん」
「…………そうかも。元々は銀髪だったんだけど」
漆黒というのだろうか、自分の髪を触りながら見比べてみる。
「触ったらほんとに気が狂うか試してみていい?」
「……は?だめだよ。死んじゃうじゃん」
少女の言葉を無視し、髪に手を伸ばす。
「ちょっと!?」
焦ったように手をどかそうと腕を掴むも、自分が触れてしまえば狂ってしまうせいで体が硬直する。
触れてしまった。久しぶりの人肌の暖かさを感じながら、死なせてしまったことを後悔し───
「あは、髪綺麗だね。あ、ごめん嫌だった?つい癖で」
「え───なん、で」
果たしてその温もりが離れることは無かった。
別にあの蛇は無計画に出したわけじゃありません。なんならダンジョン編のメインです。というかマジで今更なんですが、章名めちゃくちゃミスってます。最初想定してたより色々要素が入り込みすぎたせいで、章名が適切じゃ無くなりました。
というかNEO、自分で読んでても事象の把握が難しいのは何故なのでしょうか。
イベントが同時発生してるからかな?




