#9 鬼ゴッコしヨうゼ!part3 はィ、オいツイタァ。ォマェのマケ
今までで1番短い癖に1番時間かかった話。
更新です
異形の化け物。そう形容する他、ソレを言い表す語彙が見つからない。
アナウンスの前ですら十分に不気味で違和感と邪悪さとを詰め合わせていたのだが、アナウンス後に異形化が指数関数的に爆増し、更に不気味さと奇怪さが増した。
「なんつーか、SAN値が削れそうな姿しやがって……」
言うなれば「完全体」となった異形。
先程まで目が無く、のっぺらぼうのようになっていたのが、今は額に黒い結膜と赤い瞳の大きい単眼が。
黒い毛皮の中にも小さな深紅の眼が複数個垣間見える。
胸元はブレが収まった代わりに逆向きの紅い三日月が現れている。
そしてなんと言っても特徴的なのが、大きく太く肥大化した左腕とそこに付いた紅の爪。
いや、爪と呼ぶには大きすぎる何か。
左腕が巨大化しているので、それに伴って爪も巨大化するのは当たり前と言えば当たり前だか、当たり前の一言では済ませられない凶暴さを秘めている。
(あれ食らったらほんとにお陀仏だな…デカすぎんだろ……)
間合いを測りながら見合う。
先程と変わらない構図であるはずなのに、劇的な変化を見せた熊の威圧感と、より集中力を高め神経を研ぎ澄ませるUとで、先程とは比べ物にならないほど重苦しく緊迫感のある空気となっていた。
そしてこの緊迫した状況がずっと膠着したままなわけもなく、動き出すのも至極当然。
先程と同じように、熊の先手攻撃により場が回り出す。
ただ、異なる点が1つ。
「え」
俺が
反応、出来なかった。
いや、辛うじて反応は出来ていた。
だが体が、ステータスが避けようとしても追いつかなかった。
避けるために動こうとした時には既に体が宙を舞っていたのだ。
体の右側が抉られ、ポリゴンごとごっそり持っていかれ、そのまま吹き飛び10mほど後ろの木に叩きつけられる。
いつの間にか月が消えた闇夜の中淡い光を放つ月環樹の枝葉の下、腹部からポリゴンを散らしながらHPを確認する。
〘HP1〙
その表示を見ながら俺は苦笑する。
アナウンスによると、【深化】なるものが発現したらしい。
それによってステータス超強化されたのかあるいは、元来の強さがようやく発揮されたのか。
食いしばりのおかげで生きてはいるものの残りHPは1。そして奴は変化してから超強化されているようで。非常にマズイ。
なにせこのHPでは転んだだけで死んでしまいそうなのだし。
だがまぁ
マズイはマズイが……
「これはこれで楽しめそうだなァ!」
周りを少し見渡した後に、黒獣がこちらを一瞥する。
俺の生存を確認したのか、視認できるか出来ないかの境目のスピードで襲う追撃を勘でパリィ。
そしてその隙に「跳躍Lv1」を発動し距離を取る。ちなみに「走行Lv5」や「軽業Lv5」などは常時発動スキルなので全スキルを総動員している状態だ。
あの大きさの腕をパリィ出来たことに驚くと同時に、その大きすぎる故の重さと遠心力に重心を戻し体勢を立て直すのに少し手間取っているのを見て好機と判断する。
その間全力で離れ、少しの距離と共に少しの猶予が出来た。さぁ考えろ。突破口はどこだ?
熊との距離を強化された脚力で精一杯保ち、広げながら今できることを模索する。
このゲームが始まってから数時間のうちに獲得した情報を脳内に羅列し、なにか手がかりは無いかと脳を回す。
共有エリア、月環樹、月、日光……月の神獣、山…。
思考のピース、打破のヒントを脳内でこねくり回す。
だが奴はそれを待ってはくれない。姿がブレると同時に俺の居た木が粉砕される。
まだ脚力強化が残っていたので、ブレたのを認識してすぐ離脱出来た。
巻き添えにならなかったが、気を抜いていたら粉砕された木の破片で死んでいただろう。
再び熊の姿がブレる。
木々の枝を伝い離脱、そして俺の使った木々が破壊される。
圧倒的なスピードにより距離が離せないので撒くことも出来ずにただ周囲に破壊が齎されるのみ。
しかしこの理不尽による周囲の破壊も有限。
なぜなら、俺が今生き延びているのは全てスキル「跳躍Lv1」の効果のお陰であるから。
「跳躍Lv1」の効果が切れればたちまち木々の破片に呑み込まれデスポーンするだろう。
そしてその生命線とも言えるスキルの効果時間が着々と終わりに近づいている。
「対策を考える時間を作るための対策が必要ってか!?」
スキルの効果時間が延びれば延命治療と成りうる。スキルの効果時間はスキルレベルを参照しているので、あと10数秒でLvが上がればいいのだが……
そう上手くも行かないだろう。
また新たに月環樹が破壊される。この切羽詰まった状況の中で1つ幸いなのは、深化したあとのAIの性能が格段に落ちていること。
さっきまではフェイントに引っかかったりする程度の読みと予測を行っていた。
だが今はステータスのゴリ押しでしかない。圧倒的な俊敏と筋力に物をいわせ追い立てているだけ。
さっきから同じ手段で避けているのにそれを読む気配が全くなく、ただ俺の後手に回るのみ。
これは本当に性能が落ちたのか、それともわざわざそうしなくても負けないという自信か。
或いは……
「跳躍Lv1」が切れるまであと10秒。




