現場雑感
海老反りになった吸い殻が大分溜まった灰皿に新たな吸い殻が足されようとした時、原稿用紙と格闘していた男性が筆を置いた。煙草を吸っていた人物は、原稿用紙を引っ手繰る様に座卓の上から取ると、書き上がったばかりの原稿に目を通し始めた。原稿の中身は、炭鉱事故の現場雑感だ。
原稿が書かれ始める約十時間前に、事故は起きた。事故の一報を受けて、本社社会部からベテランと新人記者が通信局に送り込まれ、直ぐに取材が始まった。新人が送り込まれたのには理由があった。
「新人が書いた現場雑感にしては、上出来だ。編集部に送るぞ」
ベテラン記者は、原稿を読み終え新人記者にそう言うと、通信局のファックスに原稿を読み取らせて編集部に原稿の送信を始めた。
「編集長、赤池の現場雑感を今送信してます。着いたら直ぐに目を通してください。これを見て泣かざるは人に非ずという出来です。明日の朝刊に間違いなく載せてください」
ファックスを送り終えると、ベテラン記者は煙草を取り出し口に咥えると火を着け、大きく煙を吸い込み、そして吐き出した。一仕事終え安堵し、一気に脱力した。
新人記者は、先輩記者が書き終えた原稿を編集部に送信したのを見届けると、座卓の上に置かれて数十分か数時間も分からぬ程時間が経ってすっかり冷めてしまった湯飲み茶わんのお茶を一気に飲み干し、先輩記者と同じく煙草を口に咥えると火を着け、少し吸い込むと直ぐに紫煙を吐き出した。本社から通信局に移動するだけで二時間以上掛かり、会社の役職者から事故の概要を聞き出すのにさら数時間、罹災者の家族や坑内からの決死の脱出行に成功した炭鉱マンへの取材に数時間、やっと現場雑感の原稿作成に取り掛かったのは、日も沈み当たりが真っ暗どころかお月様がすっかり昇ったのではないかと言う頃だった。
「先輩、原稿の出来はどうでした?」
新人記者が先輩記者に、現場雑感の原稿の出来を尋ねた。
「現場雑感を初めて書くにしちゃ、上出来だ安心しろ。明日の朝刊にはお前が初めて書いた現場雑感が載るんだ」
新人記者は、先輩記者の言葉を聞いて、少しだけ安堵した。しかし、安堵の後には、未だ昇坑しない従兄弟のことが去来して止まなかった。
編集部に残っていた編集長は、新人記者の赤池が書いた現場雑感の原稿に目を通すと、感嘆した。ベテランの田川が言っていた通り『これを見て泣かざるは人に非ず』と言っていたが言い過ぎでは無いと思った。しかし、田川の言った『これを見て泣かざるは人に非ず』には、同意できない部分があった。今まで散々泣かしてくれるようなことがったにも拘らず、泣いた連中が行動を起こしたかと言うと甚だ疑問である。行動を越していれば、今頃はこんなことになっていなかっただろと正直思った。
校閲担当者に原稿を渡すと、直ぐに赤を入れるように言った。
「今すぐ赤を入れて整理部に渡せ!明日の朝刊に間に合わすんだ!」
校閲担当者は、原稿を受け取ると直ぐに原稿を黙読し、赤を入れ始めた。
編集長は、眼下の街の煌々と輝くネオンを眺めていると、戦後最悪のガス突出事故が遭ったことがまるで嘘のように感じた。所詮は他人事なのだろう。田川と通信局の記者が書いた記事は既に赤を入れ終え、整理部の記者が組版に回しているので、赤池の雑感が組版に回れば、もう帰っても良いだろう。
赤池の現場雑感の原稿のコピーを見ながら、今回は山が動くのだろうかと、ふと思った。田川が『これを見て泣かざるは人に非ず』と言ったが、泣くだけで終わらず行動してくれなければ死者が報われない。そんなことを考えていると、赤を入れ終えて整理部の記者に原稿を渡した校閲担当者が帰り支度をしている編集長の側に寄って来た。
「編集長、赤坊の書いた現場雑感、とても新人が書いたものとは思えない出来ですね。赤を入れる部分なんてほとんど無かったですよ」
編集長は、校閲担当者が言う赤坊の意味を一瞬考えたが、直ぐに新人の赤池のことを言ってるのだなと気が付いた。校閲一筋で長年やって来たこの担当者にとっては、新人は坊主と変わらないと言うことだ。
「田川が鍛えてたからな。それに赤池は……」
編集長がそう言うと、校閲担当者は赤池の出身地を思い出し合点がいった。しかし、編集長も酷なことをするなと思った。選びに選んで、赤池を行かせたのだから……
そんな時、編集長のデスクの電話がけたたましい音を立てた。受話器を取った編集長の表情から察するに、電話をかけて来たのは整理部だ。原稿を上げていない記者は、もう誰も居ないからこんな時間に電話をかけてくるのは整理部しかない。
「何?字数が多くてそのまま載せられないから、雑感の文章を削りたいだ?」
編集長が受話器の向こうの整理部の記者に言うと、整理部の記者も二の句を継ぐのだが編集長は激しく応酬する。
「掲載写真のサイズを調整するなりして捩じ込め!休載出来る奴は紙面の都合で休載したとお詫びを入れて休載し、赤池の雑感は文章を削らないでそのまま載せるんだ!」
編集長の応酬に折れた整理部の記者は、編集長の案を飲んだ。編集長は受話器を置くと煙草を取り出し火を着け大きく吸い込み紫煙を吐き出した。
「字数で揉めたんですか?新人が書いた割に冗長で無意味な文章もない名文で、校閲で削るところが無かったですからね……」
校閲担当者も煙草を取り出しながら編集長に言うと、赤池の原稿のコピーを校閲担当者に渡し、校閲業務としてではなく読者としての立場で読んでみると言外に言う。校閲担当者は煙草に火を着けると、赤池の現場雑感の原稿を読み始めたのだが、火を着けた煙草の事をすっかり忘れ原稿を黙々と読んでいた。読み終えた校閲担当者は、ぽつりと漏らした。
「もう、赤坊なんて言えないな」
印刷室では輪転機が紙面を刷っていた。輪転機の駆動音をものともせず、販売部の人間が出来上がったばかりの朝刊を手に取り、紙面を確認していった。赤池の現場雑感を見て販売部の人間も唸った。
「おい、これって社会部の新人だよな?新人に現場雑感を書かせたのか……しかし、新人が書いたとは思えん出来だな」
もう一人の販売部の人間は、赤池の現場雑感が載った版の朝刊が果たして届くのかなと、版が替った時間を印刷担当者に尋ねた。
「この雑感が載った版に替ったのは何時だ?」
返答は、赤池が取材に行っている地域に、この紙面の朝刊が届けられる時間に版が替ったと言う物だった。
「赤池とか言う新人は、間に合わせたのか……」
出来上がった朝刊を満載し販売店に向けて走り出すトラックを見送りながら、感慨深そうに言った。
販売店に朝刊が届くと、販売店の従業員は折込広告を折込のに余念がなかった。販売店の上がりと言えば新聞の販売収益と折込広告の配達料金だ。折込広告を折込のを忘れたら間違いなくクレームが入る。従業員は折込広告の折込作業を終えると、自転車やバイク、自動車に朝刊を積み込んで販売店を出ていった。
従業員が配達に飛び出すと、販売店の社長は今日の朝刊を読もうとしたのだが、地元の人間ではない数人で構成された集団が複数現れた。集団を見るなり、通信局を置いていない新聞社の記者だと直感した。
「親父、今日の朝刊を二部売ってくれ!」
「こっちも二部だ!」
「うちは三部!」
事故の一報を受けて駆け付けた全国紙の記者や近隣の地方紙の記者が、駅のキヨスクより先に買えると販売店に駆け込んできたのだ。料金を払い朝刊を受け取ると同業他社に抜きネタを打たれていないか血眼になって紙面に目を通した。一通り事故関係の記事に目を通し終え、特段抜きネタを書かれた様子もなく安心していると、現場雑感の内容と書いた記者のことを口にする記者が居た。
「誰だこいつ?赤池なんて聞いたことが無いな……新人か?」
他の記者も、念のために赤池の書いた現場雑感に目を通した。聞いたことが無い名前で地方通信局で燻ぶってる奴か新人と判断した。
「他社の現場雑感だが、新人が書いたのなら大したもんだ。新人なら、あの現場の雰囲気に気圧されて、オロオロするのが関山だからな」
雑感に目を通し、敵ながら天晴れと言う同業他社の記者もいた。
「この雑感を書いた新人の言う通りで、彼奴らはあと何人炭鉱マンが死ねば、会社を締め上げるんだろうな。三池三川と山野であれだけ死なせ、歌志内のガス突出じゃヤマが閉山する程の事故だったのに、今回のこれだ。おまけにここは、営業出炭直後に今回みたいなガス突出を起こしてるし……」
雑感に目を通した記者は、事故が起きるたびにクローズアップされながら改善されない会社の体質、会社を締め上げない監督省庁たる通産省の行状にやるせなさを覚えていた。
そんな中、数台の自動車が販売店の前に飛び込んできた。運転席の窓を開けると、大声で叫んだ。
「お前たちが仮眠してる間に、とんでもないことが起きやがった。今すぐ、坑口に向かうぞ!」
「とんでもない事って、何が起きたんだ?」
「坑内火災だ!」
天地を劈く大音響、濛々たる黒煙が空を汚した三笠のガス爆発事故からもう少しで六年、罹災者人数こそ違えど今回同様のガス突出事故である営業出炭直後のガス突出事故から五年三ヶ月しか経っていない状況下で、またしても重大災害が発生した。営業出炭直後のガス突出事故から得られた教訓が活かされていたのかは、甚だ疑問である。
坑口に到着した時には、一番方の入坑者の家族と入坑予定だった二番方の炭鉱マンが駆けつけ、夫や父、息子や兄弟、親族や友の無事を確かめようとしていた。しかし、会社は入坑者の人数も無事出坑した人数も把握しておらず埒が明かず、事故の一報を聞き動転している家族に代わり職員に詰め寄り問いただす炭鉱マンの怒声が繰込場近くの事務所から響いていた。
事故発生直後から救護隊員の非常呼集がかかり、集合した救護隊員が装備を整え次第順次罹災者の救助のために入坑していった。また無事出坑した炭鉱マンからも担送要員を募り順次入坑し、救護隊が救助した自力歩行が不可能であったり人事不省の罹災者を安全地帯からケージ乗り場まで担送して、家族が待つ坑口まで送り届けていた。
幸運にも無事生還した炭鉱マンは、白目と歯のみが元の色を保ち、ガス突出にともなう突出炭に含まれる炭塵で真っ黒になった顔、炭塵に塗れた作業服と保安帽と言ういで立ちで、坑口に集まっている群衆から自分の家族を見つけ出そうとしていた。家族も容易に見分けがつかないその姿の炭鉱マンから、夫や父、息子や兄弟、親族を必死に探し出していた。仕草や口調から、もしやと言う人物に声をかけ、夫や父、息子や兄弟、親族と確認を取ると、炭塵で汚れることも厭わず抱き合い無事に生還したことが夢や幻では無いことを確かめていた。
無事生還し出坑を果たした炭鉱マンの中には、坑内で言葉に表す事が出来ない死の恐怖を味わったのか、ケージを降りて数歩歩いた瞬間、死の恐怖から解放された安心感からか緊張が途切れ、へたり込みその場から動けなくなる者や失禁してしまう者も居り、事故がそれほどまでの死の恐怖と緊張を、彼らに強いたことを明白に語っていた。
しかし、無事出坑を果たす炭鉱マンがいる一方、無言の出坑をする者も居た。キャップランプの明り頼りの地底でメタンガスを吸い込み落命し、毛布に包まれ担架で無言の出坑を果たした炭鉱マンは、保安帽の炭塵を拭い書かれた名前を読み上げて誰であるのかがやっとわかった。名前が読み上げられた瞬間群衆をかき分け無事を祈っていた家族や友人の炭鉱マンが側に駆け付け、担架の上に横たわる変わり果てた夫や父、息子や兄弟に縋りつき、落涙し嗚咽していた。
いくら、戯れ歌に『ドカンとくれば死ぬばかり』と歌われているとは言え、今朝送り出した夫や父、息子や兄弟がよもやこの様な変わり果てた姿で出坑しようとは誰が想像する事が出来るだろうか。無言の出坑を果たした炭鉱マンは、死亡診断のため炭鉱病院に運ぶために、家族と共に救急車に乗せられていった。
無事生還を果たし出坑した炭鉱マンの家族、家族の祈りも空しく無言の出坑を果たした炭鉱マンの家族、その明暗の落差の惨さたるや筆舌に耐えない物があった。
出坑後に担送要員として再度入坑した炭鉱マンらしい担架を担いでいた炭塵塗れの炭鉱マンが家族の落涙と嗚咽を目にし義憤にかられたのか、事務服姿の役職者を指差し告発する様に糾弾した。炭塵塗れの炭鉱マンは、こう言った。
『お前らが殺したんだぞ』
この短くも正確に誰の所為なのかを告発し糾弾するその言葉は、坑口に集まった群衆の視線を一瞬にして事務服姿の役職者に向けさせた。役職者は糾弾する様に注がれる群衆の視線に耐えかね逃げるようにして立ち去った。その後、役職者が出坑していない入坑者の家族の前に姿を現したのは、状況説明会の時だった。
事故発生から優に六時間が過ぎて初めて状況説明会が始まった。状況説明会を行った会議室はそれほど広くなく、状況を知ろうと集まった家族や炭鉱マンが廊下まで溢れ出し、その中に紛れて一部始終を聞く事が出来たが、室内からは怒声と罵声、すすり泣く声が聞こえてきた。
会社側はこの期に及んでも行方不明者と事故発生区域内及び事故発生区域外から出坑した生還者と死亡者の人数を正確に把握できておらず、一番方で入坑している家族が救護隊や担送要員として再入坑しているのか、事故区域から脱出できずにいるのか分からず家族は不安以外の何物でもなかった。
救護隊や担送要員として再入坑中なのか坑内に取り残されているのか状況が分からない炭鉱マンの家族が、事務服姿の役職者を詰問すると、その他の家族や炭鉱マンが同調する様に役職者を糾弾した。再入坑者と坑内に取り残されているのかすら把握できない杜撰な状態を詰問、糾弾され役職者は返答に窮していた。家族にとっていち早く知りたい情報を、会社が把握していないのは、約六年前の三笠のガス爆発事故の時から進歩も改善もなく、家族や炭鉱マンが憤り、詰問、糾弾するのは当然であった。
状況説明会からの怒声が響いたのは、その直後だった。ある炭鉱マンが、会社を糾弾した。
『お前ら、病院に行ってきたのか?何だアレは。お前たちが殺したんだぞ。この前の非常事態宣言も何だ。お前たちがどんぶり勘定してるから金が足りなくなり、采配が悪いから炭が出ないだけなのに、俺たちが稼ぎが悪いからだ?そして、このザマじゃないか』
炭鉱マンの糾弾に、役職者は返す言葉が無く沈黙するだけだった。
炭鉱マンの糾弾内容は、事故前から囁かれていた噂、石炭鉱業審議会での再建案審議の際や石炭対策特別委員会で参考人招致された際の会社幹部や労組幹部の証言以上に綱渡り状態だった会社が、会社存続のために生産第一主義に走り、保安を二の次三の次にした結果、事故が起きたとしか言いようがないものであった。
状況説明会終了後、坑内からケージが巻き上げられてきた。ケージの扉が開くと、担架の横に付き添った炭塵塗れの炭鉱マンが、担架の上の毛布に包まれた物言わぬ炭鉱マンに語りかけていた。
『兄貴、坑口に着いたぞ。これで家族に会えるな……』
鉱山での死者を坑外に担送する際の作法で、蟻の巣、蜘蛛の巣のように坑道が張り巡らされた坑内で死者の魂が道に迷わぬ様、要所を通過するたびに声を掛けるのだ。それと同じものだと思っていたのだが、彼は担送要員ではなく担架の上に横たわる物言わぬ炭鉱マンの後山の様で、一緒に罹災した自分の先山に語りかけていたのだが、単に魂が迷わぬ様に語りかけていただけではなく、自分だけ生き残ってしまったことを詫びていた。
『一緒に逃げてたのに、俺だけ……』
担架の上に横たわる物言わぬ炭鉱マンの家族が、坑内から担送されたことを知り坑口にやって来ると、変わり果てた姿で出坑した夫に取りすがり落涙し、嗚咽していた。子供はまだ年端もいかず、何が起きているのか分からずオロオロしていたが、周りの大人たちの様子から状況を読み取り、泣きじゃくり出した。坑内から担送を行った炭鉱マンも未亡人とその子供にかける言葉を見つけられず、ただ黙って見守る事しか出来なかった。
先山と共に突出ガスから逃げていた後山が床に膝をつき、夫に取りすがりながら嗚咽する未亡人に、詫びの言葉を発していた。一緒に救命バルブまで逃げていたはずのに、救命バルブに辿り着いた時には姿が見えず、救護隊が救助に来てから救命バルブの周りを捜索すると、あと一歩のところで事切れていたと言うのである。
しかし、罹災者が同じ罹災者に、その家族に詫びなければならないのだろうか。一番詫びなければならない人間は無言の出坑を果たした炭鉱マンを坑口で出迎えるでもなく、事故対策本部と称する会議室に閉じ籠っているのだ。坑口に居る会社側の人間は職員と事務員だけで、あとは炭鉱マンとその家族と関係者だけだった。
『お前らが殺したんだぞ』
『お前たちが殺したんだぞ』
そう炭鉱マンに糾弾された人間が、坑口に居ないのだ。
後山が詫びていた先山を最後に、立坑櫓の滑車は坑内からケージを巻き上げるために動き出すことは無かった。誰しもが、立坑櫓の滑車が動き出すことを渇望していた。ケージが巻き上げられれば、出抗していない炭鉱マンがその生死にかかわらず出抗するのだから。例えそれが自分の夫や父、息子や兄弟、親族でなくとも。
家族達は、坑口で無為に過ごすことを厭い安全灯室のキャップランプの充電器を目指していた。キャップランプが返納されていない場所は、救護隊員や担送要員として入坑している炭鉱マンの場所で無ければ、未だ坑内に取り残されている炭鉱マンのキャップランプが本来ならば明日の労働に備え、バッテリーを充電するために収められているはずの場所だ。しかし、そこにはキャップランプもバッテリーもなく、未だ出抗していない炭鉱マンの家族がその無事を願う置手紙をしていた。置手紙に、子供が書いたであろう文字と文面の物があり、直視するに堪えられなかった。
今日も坑口が炭鉱マンの汗ではなく、炭鉱マンの血と涙、その家族の涙で濡れている。今日も繰込場には炭鉱マンの威勢の良い声や出坑した炭鉱マンの労を労う声ではなく、炭鉱マンの怒声と罵声、家族のすすり泣く声と嗚咽が響いている。坑口神社の横に吊るされた安全祈願の千羽鶴は、己の無力を呪う様に物悲し気にしているようにしている。
石炭資本は今日も恥じることなく労働者の生き血を啜り利潤を追求し、監督省庁はそれを咎めるどころかそれを追認し増長している。そして国民はそれを看過し糾弾しないどころか安い石炭を求め石炭資本の側に立つ。
あと何人の炭鉱マンが、メタンガスを吸い、一酸化炭素を吸い、落盤や倒炭の下敷きになり無言の出坑を果たせば、自分達の罪に気が付き目を覚ますのだろうか。
赤池敏夫
参考文献
『解散記念誌 新鉱』夕張新炭鉱労働組合 1984年
『きけ炭鉱の怒りを』自由法曹団夕張新鉱災害調査団 笠原書店 1982年
『地底の葬列 北炭夕張56・10・16』小池弓夫・田畑智博・後藤篤志 桐原書店 1983年
『よみがえれ炭鉱の街夕張 記録集・新鉱大災害から再建へ』炭労・全道労連・北炭労連
夕張新鉱労組・遺族会・新鉱閉山阻止夕張市民会議・夕張地区労・夕張商工会議所・北教組夕張支部・夕張市職労・夕張市 東京労働教育センター 1982年
『ヤマに生きる 夕張・たたかいの写真記録』撮影・関次男/新鉱再建・要求実現実行委員会 みやま書房 1984年