心の成長
魔導器のランプを組み立てていると、工房の扉が開いた。テランスが帰ってきたのかと顔を上げたリリィは、ユーグと目が合って微笑んだ。
「いらっしゃい。今日はランプでも解体していく?」
「うん、そうだね」
どこか上の空で作業台に歩いてきたユーグは、イスに座って置いてあったランプを手に取った。
「お義父さんは?」
「会合。魔石から魔導器に効率よく魔力を導く素材について、だったかな」
「あー……電源ケーブルを作ろうとしてるってことだよね。距離が長くなるほど空気中に拡散されちゃうからなぁ」
魔導器内部なら魔石と駆動部の距離が短いので、無駄な消費は抑えられる。離れた場所に届けて魔導器を動かすには、まだ装置側の課題が多かった。
ユーグは作業台に広げた布の上で、手際よくランプを解体し始めた。外した部品は左から一直線に置かれている。定規で測ったように等間隔に、真っ直ぐ並べるところが彼らしい。外した順に置くのは部品を無くさないためと、組み立てる時に順番を間違えないためだが、リリィはここまで綺麗に並べたことはない。
「何かあったの?」
「え?」
全て解体し終えたところで尋ねると、ユーグは最後に持っていた工具を置いた。
「ちょっとぼんやりしてる。それに用件もなく来るなんて珍しい。お父さんに用があるなら、工房にいる時に来るでしょ?」
「……うん」
「言えないこと?」
「説明、しにくいんだ」
ユーグはランプの発光する部品を掌に乗せた。
「ベルトランと戦ってきた」
「試合?」
「稽古、なのかな? お互い、いつも使ってる武器で、殴り合った感じだった」
「それ無傷で終わらないやつよね」
リリィはユーグの背後に立ち、頬を両手で包むように触れた。傷口を洗って誤魔化していた頬と、左肩の腫れを感じ取る。左手は痺れが残っていた。
「たまには痛いって言いなさいよ」
「リリィちゃん痛い。癒して」
両手をそっと掴まれた。
見上げてくる顔が、いつもと少し違う。悩みが解決したような穏やかさと、目標を達成した充実した表情だ。
リリィは癒しの力を流していった。頬から始めて肩の治療に移ると、ユーグが目を閉じてリリィの手に擦り寄る。まるで甘えてくる猫のようだ。
「初めて勝てた」
「あの上皇陛下に?」
「うん。戦うのは二回目なのに、初めてって言うのは変な感じだけどね」
治療が終わるまで、お互いに黙ったままだった。魔力を断ち切ると、名残惜しそうにユーグが離れた。
「壁みたいな人だと思ってた。高くて、簡単に越えられない。でも挑戦することを簡単に許してくれる。覚えてる? 僕が騎士団で訓練してたこと」
「賢者を退治しに行く前ね。集団での戦闘に慣れたいからって」
「それ。どうせ断られると思ってたんだけど……強くなりたいから訓練に付き合ってくれる集団を紹介してくれって言ったら、色々と手配してくれた。僕だけじゃなくて、上を目指したい人には積極的に支援してるらしいよ」
面白い人だよね――ユーグはランプを元通りに組み立て始めた。
「ベルトランに勝って、嬉しいんだと思う。強さは全然、変わってなかったから。達成感? 違うな。上手く言えない。フェリクスに勝った時とは全然違う」
「今まで得られなかったものを得たような?」
「たぶん、そんな感じ」
ふとベルトランが身元保証人について尋ねてきたことを思い出した。どんな気持ちで彼がユーグと手合わせをしていたのかは、きっと本人にしか分からない。それと同じで、ユーグが抱えている気持ちも、彼自身にしか納得できる言葉に変換できないだろう。
戦って得たものは精神面での成熟だろうか。前世では得られなかったものが、一つずつ確実に増えている。
「良かったね。それ、心の成長痛みたいなものだから。思春期にはよくあることよ」
「……あの、僕はもう大人なんだけど。一応、世間の認識では君より年上だよ」
「前世を含めたら、私のほうが年上でしょ」
「さすがに前世を加算するのは、ずるいなぁ」
苦笑したユーグは、最後の部品をはめた。ランプを作業台に置き、リリィの手首を見る。
「それ、着けてくれてるんだね」
樹海でもらったブレスレットだ。この程度の大きさなら仕事の邪魔にならない。解体する魔導器の構造によって、外すかどうか決めるだけだ。
「せっかくもらったんだから、着けておきたいの」
「そっか。じゃあこれも追加ね」
薄紫色の石の近くに、乳白色の石がついた金具が取り付けられた。
「遅くなったけど、リリィの身を守る道具」
「まさか自動で攻撃したりとか……」
「しないよ。結界だと思っておいて。不安なら追加するけど」
「いらない。何かあったら、すぐに助けてくれるんでしょ?」
「うん。どんな手段を使っても、絶対に見つける」
「じゃあ待ってる」
そう何度も誘拐されないだろう。リリィは新しく追加された石をなでた。




