表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
7章 女王の楽園

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/113

越えるべき壁


 ベルトランの周囲に魔力が渦巻いた。それが身体強化に使われたものだと気づく前に、距離を詰められる。


 見えてから刀を振っていては遅い。相手の手首の動きで軌道を察し、迎え討つ。


「――雷電!」


 己の力を魔力で底上げして、真横に薙ぎ払われた剣にぶつける。勢いを完全には消せず、軌道が斜め上に逸れた。


 視界の端でベルトランの足が動いた。地面を蹴って後ろへ下がり、強烈な蹴りを回避。流れる動きで再び襲いかかってくる剣を、大きく左へ避ける。


「桜――」

「させるか!」


 ベルトランが剣先で地面を引っ掻く。

 最初に地面を転がったときに雪の中に撒いていた魔石が、赤い煙になって霧散した。剣から放出された衝撃が魔石に当たり、破裂したようだ。


「色を塗った程度で、魔力が誤魔化せるかよ!」

「魔法の素人にはよく効くんだけどね!」


 瞬時に仕掛けを見破って有効な攻撃をしてくる。それも魔力を一切操作せず、己の剣だけだ。


 赤い霧に紛れて接近するものの、剣を振る風圧で散らされて居場所を暴かれた。いつもならここで引いて次の仕掛けを仕込むが、あえて踏み込んでベルトランの腕を狙った。


 斬ったと錯覚するより早く、左肩に重い衝撃が当たる。威力を殺すための回避も間に合わず吹き飛ばされた。


 肩への攻撃は剣ではなく蹴りだった。

 体を捻って着地したユーグは、敵へ向かって構え、追撃に備える。だがベルトランはその場に立ったままだった。


「お前を殺しに来た奴に遠慮してんじゃねえよ!」


 軌道も速さも十分だったはずだ。それなのに当たらなかったのは、これが試合だという意識が抜けていなかったから。対戦相手に怪我をさせてはいけないと、竹刀剣術のように動いたせい。


 ――だから手加減されたのか。


 当然だ。甘さを見抜かれて、説教されるほど弱いのだから。


「知り合いだろうが、お前が敵だと思ったなら潰せ! 敵のことなんざ倒した後で考えりゃいいんだよ!」


 左手が痺れている。

 体の内側を流れている魔力を動かして、強制的に腕を動かす。


「強襲型雷電、二閃」


 景色が流れた。距離を詰めながら構えた太刀に、さらに強化魔法を上乗せする。

 連続で斬りつけた刃が弾かれた。


「三閃っ」


 追加の攻撃も押さえつけられる。相手の軸足に狙いを変え、突きを放つ。

 初めてベルトランが後ろに下がった。


 ここで一撃を入れさせてくれるほど、相手は優しくない。退くことは攻撃の回避ではなく、己の攻撃に有利な間合いを取るため。


 豪剣から繰り出される暴風が、獣の爪のような傷を頬につけた。刃に触れていなくとも、この威力だ。


 あそこで踏み込んでいたら斬られていた。

 判断の遅れが致命傷になる。

 薄氷の上にいるような恐ろしさと、忍び寄ってくる危険。間違えられない緊張感に包まれているのに、気持ちは高揚していく。


 試合などという生ぬるい遊びなど存在していなかった。手にしているものが武器なら、殺し合う以外にない。


 ――この人には勝ちたい。


 壁のような人だと思っていた。追いかけても遠ざかっていく背中ではなくて。いつもそこに在って、何度でも挑戦させてくれる。


「いい顔するようになったじゃねえか!」


 ベルトランが獰猛に笑った。殺気が肌を刺す。


 水平に剣が来る。走り寄る速度は変えずに、刃が来る直前で跳躍した。剣の軌道が強引に上向きに変わり、ユーグの足を追いかける。

 飛び越える間に、ベルトランに魔石を投げつけた。


「踊れ桜花!」


 赤い光が不規則に飛び回る。

 当たれば弾ける石は、豪剣の一振りで半数が落ちた。


 敵のほうを向いたまま着地。迫っていた剣を弾き、回り込んで刀を叩きつけるように振り下ろした。体の側面を狙った攻撃は、相手の剣に阻まれた。

 押し返そうとしてくる力を横へ逃す。空いた脇腹へ蹴りを入れたが、ベルトランの肘に妨害された。強化された腕は鋼のように硬い。


 地面で魔石が爆ぜた。ベルトランの意識がわずかに外れる。たとえ一瞬でも注意が分散されたなら、仕掛ける価値はある。


 右へ動いたユーグに合わせて、切先がついてきた。

 太刀を投げ捨て、上着の内側に隠し持っていた短刀を引き抜く。

 懐に入り込んでくるユーグに、ベルトランは上から剣を振り下ろした。


 ――今度は逃げない。


 向こうが潰す剣で来るなら、こちらは受け流す。


 頭上で剣の腹に短刀を添わせた。このまま盾にしたら短刀が折られる。間合いを詰めながら剣の柄へ移動させ、敵の軌道を逸らした。


 左手がベルトランの顎に触れた。後ろへ引くベルトランの足を引っ掛け、顎を上に押し上げて体勢を崩させる。一緒に倒れて馬乗りになったユーグは、ベルトランの首に短刀を押し当てた。


 手が震える。


 眺めることしかできなかった場所に、一人で立っている気がした。


 忘れていた呼吸が戻ってくる。全てが終わってから、生きることを思い出したかのようだ。


 しばらく無言になっていたユーグは、短刀を首から離した。ベルトランの首には、うっすらと赤い線が残った。


「強くなったな」


 ベルトランの手がユーグの頭を乱暴になでた。晴れやかとは違う笑みを浮かべている。成長した子供を眩しげに見守るような、親の顔に見えた。ユーグは何も言えなくなって、ベルトランの隣に座った。


「久しぶりに本気で戦えた。俺に身体強化を使わせて、かつ勝利するとはな。誇っていいぞ」


 背中を叩かれた。


「少しは迷いが消えたか? お前は深みにはまったら抜け出せなくなる性格だろ。いいか、お前に殺気を向けるのは敵だ。まず自分を守れ。それからお前の大切な奴を守れ。敵のことを考えるのは、それからだ」


 敵とは、腹に怪我を負う原因になったドニのことだろう。


「生きることに貪欲になれ。お前はそれぐらいで丁度いい。間違った道を選んだら、俺が殴って矯正してやるよ。まあ、俺より先に嬢ちゃんが喝を入れそうだけどな」


 ベルトランは立ち上がって背中についた枯れ草を払った。


「ありがとう、ございました」

「おう。次は酒に付き合え。強いらしいな?」

「リリィちゃんの許可が出たらね」

「尻に敷かれてんな……」


 座っていたユーグの膝に精霊が乗ってきた。落ちていた魔石を拾ってきてくれたようだ。こちらへ小さな赤い粒を見せている。


 戦っていた影響で、周囲の地面が荒れている。迷惑料代わりに君たちにあげると言うと、精霊の頭に花が咲いた。膝の上から飛び降りて、仲間のところへ走っていく。


「なんで、迷ってるって分かったの?」

「獣の襲撃を無傷で終わらせた奴が、悪霊ごときに大怪我するか?」

「フェリクスから聞いたのか」

「いいや。怪我した話は町で聞いた。断片でも情報が集まれば想像がつくんだよ。俺を誰だと思ってんだ」

「上皇様」

「狡猾に生きてきた年月は、お前の人生より遥かに長いぞ。俺に隠し事ができると思うなよ、若造」


 ベルトランはもう一度、ユーグの髪を乱すように荒っぽく撫でた。不快ではない、不思議な気持ちが心の中に渦巻いている。


 もう手は震えていなかった。




 *




 ベルトランは屋敷の裏口から中へ入った。フェリクスに勝手に宿泊場所を指定され、荷物は客室に置かれている。町の宿屋で気ままに過ごそうと画策していたのに、行動に移す前に先手を打たれてしまった。


 上へ続く階段前でフェリクスに呼び止められ、振り返る。


「お疲れ様でした。いま治療師を呼びに行かせています」

「すまんな」


 脇腹を庇った肘が痛む。強化をしていなければ、骨が砕けていただろう。もしユーグの狙い通りに脇に入っていたらと思うと、ゾッとする。


 非凡な奴だとベルトランは思った。適応力が高く、判断の速さもいい。使う技に斬新さはないが、機転がきく。手持ちのものを組み合わせて、有利な状況に好転させるような発想ができる者は少ない。


 そのくせ悩んでいることは実に人間味あふれている。その悩みも周りが見えすぎているだけ。適度に鈍感になれば、もっと上を目指していけるはずだ。


「お望みの結果は得られましたか?」

「ああ。身体強化まで使って負けたのは久しぶりだ」

「……そうですか」


 ふとフェリクスの視線が裏口に向いた。


「俺はまだ一度も剣技の指導を受けたことがありません」

「ん? そりゃ、お前に俺が教えることは何も」

「お若い頃は滞在先で後進の育成をされたと、父から聞いたことがあります」

「お、おう……」


 無表情で淡々と喋るフェリクスから圧を感じる。フェリクスの性格は彼の父親によく似ていた。ユーグに先を越され、なおかつ一本取ったことへの嫉妬だとベルトランは読んだ。達観しているようで、子供っぽさを残しているところまで一緒だ。


「いつか剣を交える日が来ることを楽しみにしていたのですが」


 恨みがましい視線を向けられ、ベルトランは折れた。


「わ……分かった、分かったよ。色々と片付いたら相手してやる!」

「ありがとうございます」


 不敵な笑みを浮かべたフェリクスは、思い出したように付け加えた。


「もちろん、その剣で相手をしてくださると信じております」

「信じるも何も、この剣を持ってこいって丁寧に言ってるだけだろ」


 手間がかかる息子が二人も増えた気分だ。ベルトランはため息をついた。


「次は治療師を先に手配しておくか」

「お任せください。雇っている治療師は、腕が千切れても繋いでくれますよ」

「そりゃ心強いね」


 なるべく早く相手をしてやらないと、本気で拗ねそうだ。

 もう若くはないんだが――ベルトランは内心でつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらも読んでいただけると嬉しいです

前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ