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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
7章 女王の楽園

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居場所の提案


 テランスが出かけたあと、工房にふらりとベルトランが入ってきた。元騎士のマクシムという名でアルトロワを訪れていることは、ユーグから聞いて知っている。


 読んでいた本を閉じて作業台に置き、リリィはカウンター越しにベルトランに応対した。


「よう。仕事中に悪いな」

「いえ。そのうちお見えになると思っておりました」

「堅苦しいのは変わらねえな」


 ベルトランは苦笑しつつカウンターに肘をついた。


「一人か。親父さんは?」

「父は魔石職人の会合へ出かけました。加工の依頼ですか?」

「すまん。嬢ちゃんの顔を見に来ただけだ」

「なるほど。謝罪は必要ありませんよ。私は危険を承知で引き受けたんですから、頭を下げられても困ります」


 先回りをして言うと、ベルトランは残念そうに首を振った。


「お前達は本当に……達観してるのか排他的なのか、どっちだよ。俺が覚悟を決めたことを、ことごとく無駄にしやがって」

「元皇帝に頭を下げられると心臓に悪いんです。平民なので」

「分かった分かった。この話は終わりだ」


 相手が折れてくれたので、リリィは少しだけ力を抜くことができた。再会に緊張していたのは、こちらも同じだ。


「嬢ちゃんは、俺がユーグの身元保証人になったら嫌か?」

「保証人、ですか」


 外国人が帝国で働くには、身元保証人を届け出る必要がある。不法滞在や犯罪を防止するための制度だが、何かあれば保証人も責任を問われるため、連帯保証人に近い。


 ユーグの場合は武器を扱うので、ジルベールが身元保証人についていたはずだ。


「外国人との結婚は厄介だぞ。特に出身国が分からない相手は、許可が出るまで年単位で待たされることもある。リール領での評価は、有って無いようなものだ」

「あ……国籍取得の方の保証人ですか」


 ベルトランはユーグに帝国国籍を取らせたいようだ。


 国籍の取得には帝国民に保証人についてもらわないといけない。未成年の子供なら養子という形で済む。ところが成人になると保証人の身分で難易度が変わってくる。社会的地位が高い者が保証人につくことで、国籍が与えられやすくなるのだ。


 最も取得しやすい道は、貴族と取引をしている商人や職人のところに就職し、有能さを示すことだろう。職場の長を通じて貴族の後ろ盾を得ることができれば、審査の時間が短縮される。


 国籍の保証人は法律上の義理の親に近い存在だと言われている。国籍取得後は生活の支援を義務付けられていたり、帝国の法律を学ばせる機会を与えなければいけない。養子と違うのは、財産の相続権が発生しないことにある。


「私は構いません。最終的に決めるのはユーグですから。でも、いいんですか?」


 いくら法律で親子ではないと記されていても、世間ではほぼ養子扱いされている。ベルトランなら最も信頼できる身元保証人になれるが、出自が分からない外国人と義理の親子になってもいい身分ではない。


「駄目なら最初から言わねえよ。俺の家族も納得済みだ。法律通り相続には絡まないし、能力がある奴の引き抜きぐらいにしか思ってないだろうな。賢者を倒した報酬とでも思っておいてくれや」

「ご家族が納得されてるなら……どうして国籍にしたんです?」

「金も武器も、あいつは自分で調達してくるだろ? 使う道具のこだわりも強そうだしな。せっかく与えても死蔵されると俺の立場が無い」


 武器は飾るのではなく使ってこそ価値があるということらしい。


「それに国籍って縛りがあれば、あいつも地に足がついて生活ができるだろうよ。己の立ち位置が分からないままじゃ、いつまで経っても不安定なままだ」


 ベルトランはそう言うと、優しく笑って工房を出て行った。


 彼の能力が欲しくて国籍を与えるなら、代理の者を保証人にするだけで足りる。上皇の手足なら、いくらでも見つかるだろう。だが他人を挟まず、直に面倒を見ると言っているところに、彼の本気が現れていた。


 やはり皇帝として国を率いていた彼は、ユーグの不安定さに気がついていた。


 帰る故郷がない。

 いつでも出て行ける。

 どこへ行っても余所者のまま。

 生きてきた『世界』が違うのだ。確固たる背景の無さは、些細なきっかけで居場所が消えてしまう脆さがあった。


 ここに住む理由が、リリィ以外にも増えてほしい。そう思っていた矢先の提案だ。反対などするわけがなかった。


 ――このことを知ったら、なんて言うかな。


 ユーグのベルトランに対する態度は、他の者とは少し違う。この国を動かしていた権力者への警戒とは別に、様子を伺いながら距離を詰めている節がある。


 嫌いになれない。

 けれど今さら積極的に交流もしづらい。

 そんな思春期を終えた子供のような感情が、行動を遅らせている。


「……あの二人が親子だったら、案外うまくいくのかもね」


 もし上皇の肩書きがなければ、さっさと養子にしているのかもしれない。そんなことになったら、きっとユーグは嫌な顔をするだろう。けれど抵抗はしない。心から嫌っているなら、徹底して関わらないようにするからだ。


 リリィは作業台に置いていた本を取り上げた。しおりを挟んだところを開くと、結婚に関する法律が書かれている。先ほどまで悩んでいたことは、どうやら解決しそうだった。




 *




 自警団の本部へ戻ろうと職人街を歩いていると、リリィの実家から出てきたベルトランと目が合った。


「よう。送迎ご苦労さん」

「大した手間じゃないよ。リリィに会ったの?」

「ああ。俺の顔を見るなり、謝罪は要らないってよ。相変わらず察しがいいな」

「だってリリィちゃんだからね!」

「なんでお前が自慢してくるんだよ」


 本部に戻るかと聞くと、ベルトランの口元が笑顔の形に変わった。目は冷静なままで揺らがない。


「俺たちが戻っても、もう出来ることはないさ。それより、運動に付き合ってくれないか」

「しまった。気配を察して逃げるべきだったなぁ」


 ベルトランは背中に背負った剣の柄を軽く叩いた。古ぼけた厚手の布に包まれているので中身は見えないが、その形から両手剣だということは明らかだ。


 用件を言う直前まで相手に悟らせない。やはりこの上皇は手強いとユーグは思った。やり込められた悔しさは最初だけで、彼が持っている交渉術を全て知りたくなる。

 目標にして、追いついて、そして越えたい。


「残念だったな。俺は一度決めたことは、時間がかかっても達成するって決めてるんだよ」

「怖いね。政治家じゃなくて良かった」


 広い場所がいいとベルトランが言うので、領主の屋敷裏へ行くことにした。


 転移魔法で移動した先は、見晴らしがいい林の中だった。雪がまばらに残る中を歩き、屋敷から見えない位置を探す。この林の中は許可を得ていない者は精霊に襲われるらしく、今まで不審者が近づいたことはないそうだ。


 枯れた枝で人の形になっている精霊に挨拶をすると、同じように手を振り返してきた。通じるかどうか分からなくても、場所を借りるねと伝えておく。精霊は首を傾げたあと、頷いて木の上に登っていった。付近で活動することを許してくれるらしい。


 適度に開けた場所に出ると、ベルトランは背中から剣を降ろした。革紐を解いて包んでいた布を外す。鞘から抜いた剣に木漏れ日があたり、鈍く光った。


「どこかで見た剣だね」


 まず間違いなく、皇族が継承するという剣だ。次男に渡していたはずのものを、わざわざ借りてきたのだろうか。ただの手合わせに出していい剣ではない。


「そりゃあ、お前と勝負する時は、この剣じゃないと失礼だろ?」

「何に対して失礼なんだろうね?」


 こちらも実戦用の刀を出した途端、重い一撃が襲ってきた。

 構える暇もない。


 地面に転がって避け、踏み込んできた相手の脛に斬りつける。ベルトランは不安定な姿勢のまま低く跳んで、そのまま豪剣を振り下ろした。


 右腕のすぐ近くを刃が通り過ぎる。込められた殺意の高さに肌が粟立つ。

 こちらに休憩させる時間など与えず、一気に叩き潰してくる。不安定な体勢だろうと即座に修正して、敵に食いつく。


 ――これが戦場を圧倒した剣か。


 帝国騎士団が使う汎用化された剣術とは、似ているようで違う。ベルトランの剣は小手調べなど生ぬるいことはしない。敵を視界に入れた時から、手にした剣で制圧する。先に斬撃を当てた方が生き残る。至極単純だ。


 戦いで国土を広げてきた帝国らしい、反撃する機会を与えない圧倒的な戦い。蹂躙して先へ進むことに長けた剣は現代では使いにくいが、脅威が無くなったわけではない。


「疾風っ!」


 かろうじて間に合った身体強化の魔法が全身を覆う。うなりをあげて迫る剣を避け、ベルトランの死角に入る。


 二刀流では押し負ける。小細工が通じる相手ではない。こちらが罠を仕込んでも、その剣で強引に道を切り開いてくる。相性は最悪だ。


 ユーグは一振りの太刀に持ち替えた。

 雑音が消え、心が凪いでいく。


 今はただ目の前の敵に集中したい。身分を無視して相手をしてくれるベルトランには、それが最高の礼儀になる気がした。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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