生き残り
「帝国に来るのは初めて?」
「はい。見るもの全てが新鮮です」
大通りから職人街へ向かう最中、セレスティノは興味深そうに周囲を見回していた。
「いつか来たいと思っていたのです。ローズタークを解放した国とは、どんなところなのかと知りたくて」
「なぜ?」
「失礼を承知で言うなら、帝国の人たちに会って、自分と変わらない心を持った人間なのだと信じたかった。ウィンダルム王国の人を亡霊として始末したのではなくて、魂を解放するために行動してくれたと思っていたいのです」
「……なるほど」
家族や同郷の者を魔獣扱いされたくない。そう言っているように聞こえた。彼の主張は真っ当なものだ。
「あなたも、あの戦いに参加されていたのですか?」
セレスティノは遠慮がちに尋ねてきた。
「聖堂に突入したうちの一人だよ。まさかあの教会に子供がいるとは思わなかった」
「偶然だったんです。ああ、この工房ですね」
目当ての店を見つけたセレスティノは、慣れた様子で加工済みの魔石を購入した。支払いを済ませて外に出ると、会話の続きに戻る。
「私の両親は教会に日用品を納める商人でした。幼かった私は留守番を申し付けられていたのですが、好奇心に負けて荷馬車に潜り込んだ。教会の敷地に入って、親を驚かせたかっただけなんです」
こっそり荷馬車を降りて飛び出す機会を見計らっていると、敷地内が騒がしくなった。当時のセレスティノは怖くなり、そのまま物陰に隠れていたそうだ。
「私がいたのは裏庭でした。外に出られず泣いている私を見つけたのは、聖典派の僧兵だったと思います。幼すぎて扱いに困ったことでしょう。宿坊の一室にいるように言われ、解放されるまでそこに閉じ込められていました」
食事は運んでもらっていたので飢える心配はなかったが、孤独な毎日だったに違いない。
セレスティノの両親は、今も見つかっていないそうだ。
「私を探して店に戻ったのでしょう。もう朧げにしか思い出せません。戦いが終わって、教会を捜索していた僧兵団に助けられた私は、そのままローズタークを離れることになりました」
「そして神父になったんだね」
「なぜ、王都が死の都になったのか、知りたかったんです。そのためには教会の中枢に入るしかなかった。本当の経緯を知ることが、家族への供養になる気がしていたんです」
「知りたかったことは分かった?」
「ええ……はい、真相は教えてもらいました。気持ちの昇華はできていませんが」
防壁を通り過ぎ、森が見えてきた。門の上で監視をしていた自警団員に挨拶をすると、神父と貴族らしい男が向かったと教えられた。アウレリオとトリスタンだろう。教会から僧兵も来て、二人の護衛についているという。
「解放されるまで閉じ込められていましたが、あの薄気味悪い魔力はよく覚えています。いえ、あの日を境に感じとる力が身についたのでしょう。些細な魔法の違いがわかるようになりました。魔法の才能なんて、それまではなかったのに」
当時の教会は高濃度の魔力に満ちていた。監禁されて不安定になっていた精神状態と合わさり、後天的に開花したと思われる。成長期の子供に、稀に起きる現象だ。
「道案内、ありがとうございました。森の中は僧兵がつけてくれた目印をたどります」
「どういたしまして」
目印には僧兵の魔力が込められているそうだ。アウレリオたちは森の浅いところで活動している。もう迷わず合流できるだろう。
「あの……最後に聞いてもいいですか?」
「うん?」
セレスティノは慎重に言葉を選んでから口を開いた。
「あなたは、どうして賢者と戦ったんですか?」
「きっかけは成り行きで。どうせ死ぬなら、何かを成し遂げたかった。あとは……そうだなぁ。ちょっと自棄になってた」
「……え?」
「大切な人と別れることが決まっていてね、生きている理由を見失ってた。無理にでも目標を作って、全力で向かっていないと、きっと心から死んでいただろうね」
「それが、賢者を討つという目標ですか?」
「そうだね。簡単には達成できない。生きて帰れないかもしれない。むしろ死んでもいいと思ってた」
「そんな……では、今のあなたは?」
「僕は単純なんだ。ローズタークに突入する直前、彼女から『死ぬな』と言われた。それだけで生き残るって目標が増えた。辛いことはあったけど、今は生きていて良かったと思ってる」
返ってきたのは、迷ったようなセレスティノの視線だけだった。
恐らくこの神父は、戦いの真相を知ることを、生きている理由にしていたのだろう。ところが能力を評価されて行政府に引き抜かれ、早々に目的を果たしてしまった。
ローズタークが死の都になった理由を、理解はできても納得はできない。抱えた感情の整理がつかず、ただ仕事に逃げているのが現状だ。帝国に来て、解放戦に関わった人に当時のことを聞くのは、情報の補完にしかならない。
――僕と似ているようで違う。いきなり人生の目標を作れなんて、心にもないことを言えないし。
これからどう生きたいのか、本人にすら分かっていないことを、勝手に推測して押し付けることはしたくない。過去を向いている心は、そう簡単に未来について考えられないと、ユーグ自身がよく知っている。
「無理に次の目標を探さなくてもいいんじゃないかな? 流されているうちに、なんとなく見えてくるものもあるからね」
「でも私だけ過去に取り残されている気がして」
「常に迷って生きているのが人間だよ。むしろ今の君の状態が、正しい人の姿なのかもね。誰かが人生について一つの答に辿り着いたとしても、それは自分にとって違う答だ。自分にとっての最適解は、自分にしか出せない。だからね」
森の入り口に到達した。赤いリボンの目印が風に揺れている。
「どう生きたいのか、老いて死ぬまで悩み続けていてもいいんだよ。途中で目標を変えてもいい。まぁ、自己責任っていう面倒なものはついてくるけどさ。たまには問題を未来の自分に託して、肩の力を抜きなよ」
セレスティノの表情から緊張が消えた。
「少しだけ、何かが見えたような気がします。ありがとうございました」
「それは良かった。封印の特定、期待してるよ」
悩む神父は先ほどよりは幾分、すっきりした顔で森の中へ入っていった。悩みそのものが消えたわけではないが、問題の捉え方が変わったことで心に余裕が生まれたらしい。
セレスティノを送り届けたユーグは、町に戻ることにした。




