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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
6章 獣人狂想曲

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計画発動の合図


 ふらりと戻ってくるユーグが見えた。リリィは壁から背中を離し、軽く手を振る。


 スポーツを好きになるかどうかは一日目で決まる。大切なのは成功体験を積み重ねること。出来ないことが当たり前の初心者に、面白いと思ってもらうことだ。


 せっかくだから、二人で楽しめることを増やしたい。


 ――大人ってどう褒めるんだっけ。


 新入社員の教育と同じにすると、他人行儀すぎる。だがやり過ぎると子供扱いしているようで良くない。成人男性に向ける褒め言葉は、前世の自分を参考にしてもいいのだろうか。


 人を褒めることの難しさに悩んでいる間に、距離が縮まってくる。リリィは細かいことを考えるのは止めて、いつも通りに笑顔で出迎えた。


「おかえり。一日でこんなに上達するなんて――」


 氷面に窪みでもあったのか、ユーグの体勢が崩れた。とっさに助けようと腕を掴んだが、リリィの力で立て直せるわけもない。逆に引きずられて姿勢を崩される。


 転ぶ衝撃を予想して、体が強張る。だが痛みが来る前に体が浮いて、壁際に追いやられた。


 痛くはない。


 氷壁とリリィの間にユーグがいて、後ろから抱きしめられる形で止まっていた。あの姿勢から、どう動けば転倒を回避できるのだろうか。ユーグと一緒にいると、不思議なことばかり起きる。


「びっくりした……ありがとう?」

「……ごめん、油断した」


 リリィが離れると、ユーグも壁から離れて出口へ向かった。


「溝に引っかかるのはよくあることよ。慣れてる大人でも転ぶから気にしないで」

「残念だなぁ。滑ってる最中はリリィの顔が見られない」

「なんで」

「笑顔が好きだから。見惚れてた」

「ユーグ」

「ダメ。一度しか言わない」


 ユーグは壁の向こう側へ出ると、さっさとベンチへ行ってしまった。

 聞き間違いではなかったらしい。


 リリィのどこが好きか、聞いたことがあった。その質問を今になって返してきたのは、心の準備ができたからなのか。それとも素直に本音を教えてくれるほど、信頼関係ができている証なのか。


 どちらでも嬉しい。


 少しずつではあるけれど、良い方向に進んでいる。お互いが好きで一緒になりたいと思っているけれど、まだまだ知らない部分のほうが多い。だから明らかになったところがリリィにとって好ましいことなら、この上なく幸せだ。


 にやけそうになる口元を両手で覆った。冷えた顔を温めているように見えるだろうか。油断すると、ずっと思い出し笑いをしてしまいそうだった。


 ふわふわとした気持ちで並んで座り、黙ったまま靴からブレードを外していった。


 そろそろ話しかけたほうがいいだろうか。

 リリィが最初の一言を探していると、急に空が陰った。


 見上げた先に赤いものが飛んでいる。翼を広げて高度を下げ、何もない荒野に降りようとしているらしい。


「やっぱり来たよ」


 ユーグは新たに現れた竜を見て、町へ向かって紙飛行機を飛ばした。


「さてリリィちゃん、ここからが『交渉の本番』だったよね?」

「そうね。あの竜が知り合いなら楽に終わると思うけど、気は抜かないようにしないと」


 竜を見つけたシーリスがスケート場から出て走っていく。喜んで竜へ向かう彼女を、周りの大人は微笑ましく見守っている。


 見た目に惑わされてはいけない。

 リリィはユーグを連れて、赤い竜に会いに行った。




 *




「シーリスよ。何故に人の国へ来たのか。お主にはまだ早いと言っていたであろう」


 雪原に降り立った赤い竜は、同じ色の髪をした少女に変わった。仁王立ちをして走り寄ってきたシーリスを睨む。シーリスは相手が本気で怒っていることを見て取り、明らかに動揺していた。


「し、しかし姉上。鱗が生え変わったら外へ連れて行ってくれると言ったのに、留守番ばかりだから!」

「鱗が生え変わっても、人間の常識は知らぬままであろう。徐々に教えてやると約束したではないか。今のお主では人間と対等に会話できぬ。不利な契約を結ばされるのが落ちじゃの」


 シーリスがさっと目を逸らした。知られたくないことがあると、全身で言っているようなものだ。

 あからさまな態度に、姉と呼ばれた少女の表情が険しくなる。


「まさかお主、もう既に誰かと契約を!? 条件は何じゃ、金か? それとも魔力――あっ」


 ようやく赤い少女はこちらに気がついた。リリィとユーグが過去に会った人間だと気がついた途端、ふと遠い目になる。色々と察してくれたようだ。


「……達者でな、シーリス。父上には我から報告しておく。じゃあの」

「あ、姉上!?」


 帰ろうとする彼女に、シーリスがしがみつく。腰に両腕を回して抱きつき、引きずられても離れない。


「私を助けに来てくれたのではないのですか!?」

「やかましいわ! こうなるから外へ出るなと言ったのに、家出したお主の自業自得よ! 大人しく奴らの奴隷として労働に勤しむがよい!」

「奴隷!? 奴隷じゃないもん!」

「どうせ似たようなものであろう? まあ、捕まったのがこの二人だったことに感謝せい!」

「盛り上がってるところ悪いけど、契約したのは僕じゃないよ」


 面白おかしく事態を見守っていたユーグが口を挟む。子供、と言うよりは小動物が戯れているところを、微笑ましく見学していた態度だ。


「どうせ手伝いはしたのであろう? ならば同じことよ」


 赤い少女は嫌そうな顔でシーリスを剥がしにかかる。逃したくないシーリスもまた必死だった。


「ええい離せ、シーリス! 我は寒いところは苦手じゃ、帰る!」

「そ、そんなこと言わずに!」


 放っておくと、いつまでも終わりそうにない。こちら側の計画もあるので、リリィは竜の姉妹に話しかけた。


「とりあえず、シーリスの雇用主に会ってきたら? 契約することになった理由も知ってほしいから。ユーグ?」

「いつでも転移できるよ。お菓子も用意してくれたみたい」

「お菓子……」


 赤い少女は迷っていたが、やがて場所を移すことに同意した。

 見覚えがある転移門が現れ、まず竜の姉妹が通る。ユーグに軽く背中を押されて、リリィも転移門へ入った。


 ようやく計画の終わりが見えてきた。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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