日常になった光景
働かざる者食うべからずという意味の言葉は、こちらの世界にも存在している。領主が預かることになったシーリスだが、当分の間は荒野で労働に従事することになったらしい。
「竜に向いている仕事を探すまでの、時間稼ぎだろうね。シーリスに人間社会を教えつつ、暇をさせないために。春からはまた別のことをやってもらうと思うよ」
工房に遊びに来たついでに経緯を教えてくれたユーグは、いつもの窓に近い席で魔石をいじっている。リリィが一人で魔石を加工していると知るなり、自ら手伝いを申し出てきたのだ。
倉庫の奥から出してきた質の悪い魔石が、次々と商品に生まれ変わっていく。元が元なので最低ランクの商品にしかならない。それでも数回習っただけで客に売れるものを作るとは驚きだ。
リリィはこれらの魔石が、己の練習に用意したものだと言えなくなってしまった。無駄なく加工する技術は参考になるし、在庫が増えて助かっている。自警団も大切だが、こちらを本業にしてもらえないだろうか。
――今のうちに約束を取り付けておこうかな。
専業は無理でも、秋の出張に参加してくれるだけでも助かる。自警団は秋になると大型魔獣の討伐に参加しなければいけないので、どう折り合いをつけるかが問題だ。
道中の安全も考えると、ユーグがいると安心だ――そこまで考えたリリィは、依存しつつある己を戒めた。
リリィが頼ると、ユーグは絶対に断らない。無理をしてでも叶えようとするだろう。だから本当に必要なとき以外は頼りたくないのだ。
どちらかが依存したり尽くす関係は、相手が疲弊すれば簡単に潰れてしまう。
精神的に、経済的に自立していれば、彼の負担は減る。せっかく会えたのだから、幸せな時間を長く過ごしたい。そのためにリリィは職人として自立する必要があった。
大切な相手だから、縛られずに自由に生きてほしい。
リリィは自分の要望を口にすることはしなかった。一方的にお願いするのではなく、話し合って未来を決めていきたい。
脱線しかけた思考を戻し、会話の続きを楽しむことにした。
「真冬の荒野で何をするの?」
「あの雪まつりで作った滑り台の補強と、スケート場を作ったらしいよ。警備と管理は行政棟から人を派遣したって言ってたっけ。冬の間だけの営業だね」
シーリスは人間にほとんど任せて、指示があったときに氷を出したり削るだけでいい。
他にも、学校で子供に混ざって一般常識を学ぶ予定があるそうだ。完全に子供扱いだ。プライドが高そうなシーリスをどう説得したのか聞いてみたい。
だがリリィの興味は竜よりもスケートの方に向いていた。
「えっ荒野でスケートができるの?」
アルトロワの住民は、冬になると凍った川で滑って遊んでいた。町から少し離れていることが欠点だったが、数少ない冬の娯楽だ。だが川を利用したスケートには危険が伴う。氷の厚さが一定ではなく、川に落ちる危険性があった。
荒野なら、せいぜいスケート靴が氷に引っかかったとか、魔獣が現れた程度の問題で終わるはずだ。
ユーグは加工が終わった魔石をカゴに入れ、新しいものを手に取った。
「リリィはスケートしに行きたい?」
「もちろん。家にこもって仕事してるだけじゃ運動不足になるでしょ」
「なかなかの体育会系だねぇ……ところでお義父さんは?」
「連日の激務で疲れたから、今日は休むって。たぶん上で寝てる」
工房を開けるかどうかは自由にしろと言われている。開店を示す札を工房の入り口に下げているが、客はまだ一人も入ってこない。雪まつりで疲れた住民が多いのだろう。
「忙しくしてごめんなさいって謝ったほうがいいかな」
「大丈夫よ。冬の初めは暇な時期だから」
暇すぎてテランスは家にある魔導器を改良していたほどだ。急な仕事だったが、この雪まつりで十分に利益が出ている。口では忙しかったと文句を言っても、本心ではないだろう。
「スケートか……やったことないなぁ」
「そうなの?」
ユーグからそんな言葉が出てくるとは思わなかった。乗馬に弓、剣術や魔法など、できることばかりを目にしてきたせいなのか。スケートも含まれていると勘違いしていたようだ。
「スキーならやったことあるんだけどね。スケート場は近くになかったんだよ。初心者でも楽しめる?」
「うん。みんなすぐに滑れるようになってるし、私がちゃんと教えるから」
「じゃあ挑戦してみようかな」
リリィとユーグは近いうちにスケート場へ遊びに行く約束をして、また他愛のない雑談に戻っていった。




