勝敗の行方は
「集計の結果を発表する。優勝は、雪の滑り台を作った自警団と行政棟職員の混成団」
領主によって優勝者の発表が行われると、結果を聞きに来た集団から歓声が上がった。ことさら喜んでいるのは、雪練りという苦行を味わった者たちだろう。集団の中にはユーグが話していたニコラの姿もあった。
今夜は町の居酒屋がひときわ賑やかになりそうだ。
「な、なぜ……」
相当な自信があったのか、リリィの隣で人の姿になった竜が膝をついて項垂れている。
「我が、人間に負けた……?」
「アルトロワの住人は家族を大切にするからね。自分の子供が楽しめるものに票を入れると思ってたよ。君の城も見応えがあったけど、大きすぎてコンテストの対象だと思われてなかったみたいだねぇ」
あの城には片手で数えるほどの票しか入っていない。掲示板に貼りだされた結果を見て、初めて気がついた者もいたようだ。
「お主ら、謀ったな? 我に優れたものを作れと言って、評価の対象外だと誤認させたか!」
だいたい合っている。竜が人間社会に疎いことを利用して、人間側が有利になるよう誘導したことは間違いない。
「それは君の調査不足だよ」
ユーグは落ち着いた声で諭すように言った。
「僕らは人間について何も隠していない。町への出入りは制限していないし、好きなものを買えるように、いくらかお金も渡したよ。君は学校で子供たちと交流したって聞いてる。人間のことを調査する時間は十分にあったでしょ?」
「それは、そうであるが」
自信なさげに返事をする竜に、ユーグが続ける。
「ここは人間が住む土地だよ。武力で奪おうとしてくる相手には、全力で抵抗するさ。人間は竜に比べると魔力も力も弱い。だから、僕たちが得意なことで勝負できるように、君を誘導させてもらった」
「や、やはり卑怯では……」
「いやいや、これも戦い方の一つだよ。正面からぶつかってくる相手を回避して、背後から噛みついただけ」
それに――ユーグは竜の肩に手を置いて微笑んだ。穴に蹴落とした誰かを、淵から見下ろす詐欺師のように。
「ちゃんと契約書を作ったでしょ? 君はそれに納得をしてサインした。シーリス・ゾラ・ダンクレアって。まさか今更、結果が気に入らないからって破棄するつもり? 卑怯なのはどっちかな?」
「うっ」
「結果はもう出ちゃったから、契約通り労働を頑張ってね」
「……労働?」
涙目になった竜――シーリスが聞き返す。
契約書の内容はリリィも知らない。政治に関わってくるので、ただの領民のリリィが聞いてはいけないだろうと思って領主に任せることにしたのだ。
「確認してなかったの? 人間が勝ったら、領主の孫の代まで仕えるって契約」
「契約……」
事の重大さをようやく理解したシーリスは、口を開けたまま動かなくなった。
見た目が少女だからか、ものすごく心が痛む。寄ってたかっていじめている気分だが、正体は竜だからと考え直す。その気になれば短時間でアルトロワを壊滅させる力を持っているのだ。
リリィはユーグの袖を引いた。
「単に帝国から追い出すだけだと思っていたわ」
「少しは痛い目に遭ってもらわないと、よその土地で同じことを繰り返すからね。この子だけじゃなくて竜全体から、人間は面倒だから関わりたくないって思ってもらわないと」
「それで孫の代まで奉公するようにって?」
「竜の一生から見れば、ほんの短期間だよ。貧弱だと思っていた種族に支配されてプライドはボロボロだろうけど」
ユーグによれば、これでも手ぬるい処罰だという。
「畦道も含めて、開墾したばかりの畑を台無しにされたんだ。雪が溶けたら作り直さないといけない。これで開発計画が半年から一年は遅れた。天候次第では、もっと先になるかもね。あいつが怒るのも無理ないよ」
「ユーグは怒ってないの?」
「僕の仕事は、開墾して種を蒔くまでだから。顧客に引き渡したものは、あまり興味がなくて」
シーリスが壊したのがリフォーム中の家だったら、もっと酷い契約内容になっていたのだろうか。常識を備えたフェリクスが相手だったことは、不幸中の幸いだったに違いない。
「君はもう大人の竜だ。己の行動には責任が伴う。いい経験になったね」
「その……領主に孫が生まれるのは、いつだ」
「いつだろう? 一番上の子供が十三歳……だったっけ。まだまだ先だねぇ」
「十三!? 幼獣ではないか! 早く成長するように魔力を融通してやるべきかの? それとも鱗が硬化するまで餌を運ぶべきか……」
憤慨するシーリスを見て、改めてこいつは竜だと納得した。人間の子供を竜と同じやり方で成長させようとしている。
「子供たちに手を出したら、君を奴隷商人に売りつけてこいって言われてるんだけど。死ぬまで酷使されたい?」
「ひぇっ……」
「まずは領主のところで人間と竜の違いについて勉強しておいで。どうして僕らがこんな手段を選んだのか、分かってくれるといいけど」
ユーグがシーリスの背後に手を振った。無表情のままこちらへ歩いてくるフェリクスが見える。優勝した団体を表彰した後、すぐにシーリスを回収しに来たようだ。
「あれは出来ているか?」
「どうぞ」
唐突に尋ねてきたフェリクスに、ユーグは白い輪を渡した。繋ぎ目がなく、金属のような光沢がある。
「注文通り、動力は着用者の魔力。いい暇つぶしになったから、費用は材料費だけでいいよ」
「そうか、悪いな。あとで俺に請求書を出してくれ」
フェリクスはシーリスの左腕に輪を通した。わずかに光った輪はシーリスの手首に密着し、青みがかった色に変わる。
「これは何だ。力が抜ける……?」
シーリスが外そうとしても、腕輪は手首より先に動かない。
「町で竜の力を発揮されると困るからな。しばらく封じさせてもらう。今のお前は人間と同じぐらいに弱体化しているはずだ」
「何故、そのようなことをするのだ」
「人間に危害を加えないために決まっているだろう。それから、こちらの命令には従ってもらう。今は……そうだな、畑や森に許可なく入るな。自分の身は自分で守れ」
畑に入るなという命令には、シーリスを守る目的もあるのだろう。彼女は作ったばかりの畑を壊してしまった。植物の精霊からの印象は最悪だ。畑に近づいた途端に攻撃される可能性が高い。
「この弱った体で?」
「制限を解除する方法もあるが、条件が分からないうちは大人しくしておけ」
行くぞと声をかけたフェリクスを、シーリスは不思議そうに見上げた。
「どこへ行くのだ」
「ユーグから聞かなかったのか? 人間社会に慣れるための教育だ」
「お前が教えるのか」
「いいや、適任者がいる」
素直にフェリクスについていくシーリスは、手荒なことはされないと知って機嫌が回復したらしい。次々と思いつくままに質問を投げかけている。
フェリクスはといえば、表情に変化はなくても一つ一つ真面目に答えてやっていた。意外と面倒見がいいところは、何年経っても変わらないようだ。
「適任者って誰?」
二人の背中が集まっていた領民で見えなくなったころ、リリィはユーグが知っていることを期待して問いかけた。
「たぶんモニカじゃないかな? 竜に会ったことがあるし、子供の扱いは慣れてる。結婚前は学校で授業を受け持ってたらしいね」
「今も新入学生に国語を教えてるよ。さすがに受け持つ授業数は減ってるけど」
学校が設立されたばかりの頃は、教会の聖職者が授業を行なっていた。現在では聖職者以外の教師も採用しているため、ほぼ半分にまで割合が減っている。ユーグが知っているのは設立された時代の学校だろう。
残念ながらリリィはモニカの授業を受けていない。彼女の出産時期と重なってしまい、お世話になる前に学年が上がってしまった。理解しやすくて優しいと妹から聞いているが、同時に怒ると怖いという気になる評価もある。
「適任といえば適任……なのかな?」
「ワガママな竜人族は、一度ぐらい巫女に叱られた方がいいよ。彼女たちは魂関係の魔法に精通しているからこそ理性を重んじているんだけどね、一分の隙もない正論で追い詰められる無力さを味わえる」
「そこは根気強く親身になって諭してくれる、じゃないのね」
きっとユーグの体験談から出た言葉だ。重傷を負った時に、命の大切さについて教えてもらったのだろうか。機会があればモニカに聞いてみようとリリィは思った。




