職人見習い
リリィは作業台から顔を上げた。ずっと下を向いていたせいで、肩が凝っている。加工が終わった魔石をカゴへ入れ、立ち上がって背伸びをした。
「お父さん、そろそろ休憩しない? お母さんが焼いてくれたパイがあるよ」
「これが終わったらな」
テランスは魔石から目を離さずに言った。これは聞いているようで全く聞いていない。作業に集中しているテランスが当たり障りなく喋っているだけだ。生返事と大して変わらない。
もう一度、加工が終わったあたりで声をかけてみようとリリィは決めた。
工房の奥にある扉をくぐると、自宅のリビングに繋がっている。自宅と職場が隣接していると楽だ。リリィはキッチンに置いてあった薬缶に水を入れ、火にかけた。
リリィの実家は兼業農家だった。麦畑を所有しているが、ほんの少し家計の足しになる程度の面積しかない。父親であるテランスの本職は魔石加工職人だ。リリィはテランスの影響で、加工職人の見習いとして仕事を手伝っている。
兼業で働いている一般家庭は、帝国の町や村を中心に増えていた。魔石を動力に使い、魔法式を刻んだ道具――魔導器が家事にも転用され、平民の手が届く価格にまで下がったことが大きい。家事の負担が軽減された家庭から自由に使える時間が増え、内職などの新たな収入源を求めるようになった。
初期の頃は魔石道具と呼ばれていたが、より高度な魔法式を刻印できるようになったため、魔導器と名称が改められた。使用時間が延び、内部構造も一新されて複雑な動きが可能となった。
ただ消費される魔石は今だに鉱山で採掘するか、魔獣から取るしか手段がない。皮肉なことに富裕層が増えてきている都市部よりも、魔獣の脅威に晒されやすい農村の方が魔導器の稼働率が高くなっていた。
魔石の加工職人もまた地方へ行くほど需要が増え、その技術は都市部と遜色ないほど高い。
湯を沸かしている間に、茶器を棚から出して並べた。沸騰したらティーポットとカップを湯で温める。冷めた湯は一度捨て、茶葉を入れてから新しい湯を注いだ。
抽出を待つ間にリンゴのパイを皿に乗せ、また工房へと戻る。
「お父さん、休憩」
「今行く」
魔石を取ろうとしていたテランスは、またカゴに戻して言った。立ち上がって肩を回しながらキッチンへ歩いてくる。
カップに紅茶を淹れてテーブルに置き、リリィとテランスは立ったまま休憩することにした。変なことに、ずっと座って作業をしていたので、立っていないと休んだ気がしない。行儀は悪いのだが、他の家族は理解してくれている。
ここ最近は工房にこもりがちになっていた。
秋は魔石の加工依頼が増える。本格的な冬が来る前に、森の魔獣を間引きするためだ。食料が少なくなって競争に負けた個体が人里へ来てしまう前に、狩猟を行うことが推奨されている。
脱穀や製粉に魔導器を使う農家も増えた影響もある。
人力で行うよりも、はるかに時間と労力が少なくて済む。魔導器自体は高額なため、村や何件かの家で共同購入しているところがほとんどだ。だが動かすための魔石は個人で調達している。父親の工房に持ち込まれる魔石は、家ごとに依頼してきたものが多い。
自力で魔石を調達できない家は加工済みのものを購入するので、こちらの在庫も切らさないようにしなければいけなかった。
短いながらも休みをとり、リリィ達はまた工房へ戻った。作業台の両端に座り、また同じ作業を再開する。
リリィはカゴの一つを引き寄せた。手書きの札には依頼をしてきた家の名が書かれている。空いているカゴに札を付け、同じ名前を書いて魔石を手に取る。
魔石は一つ一つ内包されている魔力が違う。動力源として使うには一定の出力で魔力を発散させなければいけない。魔石に枷を付けて出力を調整する作業が、リリィ達が行う加工だった。
加工は魔石に合わせて調整する必要があるので、作業は計測から始まる。リリィは魔石の色の濃さでおおよその魔力量を推定した。続いて計測の魔法式を使って自分の魔力を魔石に纏わせ、反発の大きさで総量を感じ取る。誤差を無くすために最後は計測器を使って、具体的な数字にして準備が終わった。
慣れた職人なら目視や魔法式の計測で十分だ。だがリリィはまだ己の勘を信じていない。段階を踏んで最適な調整を行うようにとテランスから指導されていることもあり、いつも最後は計測器を使うようにしていた。
早く父親のように道具に頼らない仕事をしたい。けれど基礎を繰り返して身につける大切さも知っているので、焦らず同じことを繰り返していた。
作業に没頭して時間の感覚が無くなってきたリリィは、工房の扉が開く音で我に帰った。軽やかな鈴の音は、リビングではなく外と繋がっている方の扉だ。依頼人はここから出入りする。
「こんにちは。魔石を取りに来たんだけど……」
入ってきたアランは作業場に積まれた魔石を見回して、取り込み中だったかなと苦笑した。
「いつも通りよ。待ってて」
受付はリリィに任されている。棚に並んだカゴの中からアランの姓を見つけ、
カウンターへ乗せた。帳簿を開いて二人で個数を確認していく。全て確認し終えると、問題ないと判断したアランは帳簿に自分の名前を記入した。
知り合いだらけの町とはいえ、金銭が絡む取引なので適当にはできない。
持ってきたカゴに魔石を入れているアランは、どこか元気が無いように見えた。
――今日は合同訓練だったから? ただの疲労……でもないような。
リリィは聞いてみるべきか迷った。訓練には父親も弓を持って参加することがある。秋は魔石の加工を優先するため不参加だが、ある程度の話は流れてきていた。
恐らく初参加のユーグ絡みのことだろう。アランが敵意を露わにしているのに対し、ユーグは軽く受け流している状態だ。直接的な衝突はしていないようだが、何かしら思うところがあったと見える。
――でもそれを私から聞いたら、傷つけるだけなのよね。
聞いて欲しいことがあるなら、きっと自分から喋っている。リリィには聞かれたくない話の一つや二つ、思春期の男の子にあっても不思議ではない。家族ぐるみで付き合いがある幼馴染の心情を察して、リリィは気が付かないふりをした。
「誰が来たかと思えば、アランか。どうした? 元気ないな。訓練でしごかれたか」
「ええ、まあ……」
煮え切らない態度にテランスも何かを察し、さりげなく話題を変える。
「そういや騎士団への推薦がもらえるらしいな」
「あ……まだ確定じゃなくて。もっと頑張らないといけないから」
「確定じゃなくても、そんな話が出るなら大したもんだよ。今は入団の条件が厳しくなったんだろ?」
テランスがそう褒めるように慰めると、アランは少し元気を取り戻したようだ。照れたように微笑み、小さく礼を言った。
「あのさ、リリアーヌ。もし俺が推薦をもらえたら――」
「よう、テランス! 届け物だぞ!」
アランが何かを決意した顔で話し始めたとき、扉が勢いよく開いて雑貨屋の主人が入ってきた。木箱をカウンターに置いて、中に入っていた魔導器を取り出す。
「ほら、頼まれてた魔獣避けと着火装置」
「いつも悪いな」
テランスが受け取っている間に、リリィはお金を用意して小さな器に乗せた。
「今年はいつから出張へ行くんだ?」
「あの作業台の魔石が片付いてからだな。新規の注文なら、少し待ってくれ」
「違う違う、酒の誘いだよ」
「おっ。いいワインでも手に入ったか。なるべく早く戻ってくるから、俺の分は残しておいてくれよ」
「心配すんな。こっちだって秋は忙しいから、栓を開ける暇すら見つからねえ。じゃあな、また欲しいもんがあったら呼んでくれ」
代金を受け取った主人は、毎度ありと朗らかに笑って工房を出て行った。
そういえばアランが何を言いかけていたとリリィは思い出したが、幼馴染はとっくに工房からいなくなっていた。




