行方不明者
仕事を忘れて盛り上がる二人を放置して、リリィは工房を閉める準備を始めた。出来上がった魔石の容量と個数を在庫表に記載して、備蓄用の棚に収める。加工に使った道具を片付け、魔石と同じ棚に入れて鍵をかけた。
「二人とも、続きは夕飯の後にしない?」
窓のカーテンを閉めながら言うと、ようやく閉店だと気がついたらしい。テランスは壁にかかった時計を見て、まだ早いぞと言う。
「早めに閉めて買い物に行かないと、お酒のつまみが無いよ」
「アンヌから届いたチーズは」
「お姉ちゃんのチーズなら、お父さんが友達に分けてたでしょ」
「……そうだった」
がっくりと肩を落としたテランスは、机の上の道具を片付け始めた。
「今から何か買ってきましょうか?」
「いや、ワインを持ってきた奴に買いに行かせるわけにはいかん」
ユーグが提案したが、テランスがはっきりと断った。酒を飲む者なりのこだわりがあるらしい。
「じゃあ一緒に行きますね。馴染みの店を増やしたいんです」
「そう時間はかからん。ここで待ってろ」
「リリィと二人っきりにさせてくれるんですね。下心しか持ってませんが、いいですか?」
「いいわけないだろうが。ついてこい」
問題しかない発言に、テランスはあっさりと意見を撤回した。どちらに転んでもユーグには得な選択肢だ。
リリィは自分とテランスのコートを取ってきた。父親のことだから、財布はコートのポケットに入れっぱなしになっているはずだ。
「お前も行くのか」
「お父さんが無駄遣いしないように見張ってなさいって、お母さんに言われてるの」
何も言えなくなったテランスには構わずコートを羽織り、工房の出入り口には閉店の札を下げておいた。
三人で連れ立って歩き、近所にある食料品店に向かった。冬の間は店主が作ったソーセージやハムを扱う、父親が贔屓にしているところだ。早い話が酒に合う食品ばかりが店頭に並ぶ、酒飲みにとってありがたい店だった。
あと少しで店の扉が見えてくるころ、ユーグに手を振る二人組がいた。いずれも若い男だ。一人はユーグが班長と呼んでいた自警団員だったと思うが、もう一人は見たことがない。
「ユーグ、少しだけいいか?」
「レオン? 何かあった?」
レオンと呼ばれた団員はリリィとテランスの顔を見た。
「都合が悪いなら、先に行くが」
気を利かせたテランスが先回りをして言ったが、レオンは二人にも聞いてほしいと答える。
「ドニという男が昨夜から行方不明になっているんです」
「俺のダチなんだけど、見てないか?」
もう一人の男が口を挟んできた。見るからに素行が悪そうな格好と態度だ。リリィが苦手なタイプだったので、ユーグの影に隠れて黙っていることにした。ドニという男は知っているが、行方を尋ねられても何も知らない。
「見てないよ。夜中って言われても、寝てたしなぁ。森で動き回って疲れてたし」
「俺が言った通りだっただろ? さあ、別のところを探しに行くぞ」
レオンが男に諭すような声音で言ったが、彼は納得していないようだった。ユーグに詰め寄って荒々しく問いただす。
「本当か? あんた、ドニとモメてた奴だよな。本当に知らねぇのか?」
「知らないよ。会う理由もないし。彼の家族は行き先を聞いてないの?」
「飲み物に睡眠薬を混ぜていたらしい」
答えたのはレオンだ。ドニは自宅で謹慎中だった。家の外へ出るには、家族の目をごまかす必要があったのだろう。
「なあ、あんたは探し物が得意なんだろ? ドニを探してくれよ」
まだユーグを疑っているのか、男は小馬鹿にするような態度で頼んできた。こう言えば困ったユーグから本音を引き出せるとでも思ったのだろうか。
すぐにレオンが男を止めようと肩に手を置いた。だが険しい顔で口を開いたレオンよりも早く、リリィの隣で怒りを含んだ声がした。
「ずいぶんと虫がいい話じゃないか」
テランスだ。男をまっすぐに見据えている。
「俺は職人の寄り合いでドニって若造が何をしたのか聞いている。ユーグを追い出そうと変な噂を流していたくせに、困った時は助けろってか? ふざけるな」
「そ……そう、だけど。けどよ」
うろたえる男の隣で、レオンはどう事態を収めようか迷っていた。自警団として行方不明者の捜索をしなければならないが、テランスが言うことにも一理ある。そんな感情が現れていた。
ユーグを見上げると、驚いた顔でテランスを見ていた。
「貴方が町に溶け込もうと頑張ってきた結果よ」
無防備な背中を軽く叩いて教えたら、ようやく我に返ったようだった。小さく、幸せな笑みを浮かべてユーグがつぶやく。
「……そっか」
見ているこちらまで、心がじわりと温かくなる表情だった。ユーグは目を閉じて笑みを消し、テランスと男の間に割り込む。目の前の男は視界に入れず、レオンに話しかけた。
「捜索には僕も協力するよ。自警団員として」
「いいのか?」
「思うところはあるけど、あの人にも心配してくれる人がいるんでしょ」
続いて、テランスには申し訳なさそうに向き直る。
「あの……」
「行ってこい。お前が納得してるなら、俺は何も言わねえよ」
「ありがとうございます。近いうちに、また」
ユーグとレオンは男を連れて自警団の本部がある方向へと去っていった。
「リリアーヌ。ずっと黙ってたけど、良かったのか?」
「急に仕事が入った程度で崩れるような信頼関係じゃないから。それに、私が何を言いたいかなんて、向こうはとっくに分かってるよ」
「出会ってから半年も経ってないくせに、落ち着きすぎなんだよ。娘にどんな慰めの言葉をかけりゃいいのか、悩んだ俺の時間を返せ」
「はいはい。年相応じゃないのは昔からでしょ。愚痴ならお母さんに言って」
家に帰ろうと言って、リリィは自宅がある方向を指さした。店に行きたそうにしているテランスに、今日ぐらい休肝日にしたらと提案すると、残念そうに来た道を引き返した。




