定期試験
自警団が森の結界を点検した次の日、ユーグがワインを持って工房を訪ねてきた。ボトルのラベルをテランスに見せながら、入り口のカウンターに肘をつく。
「仕事が終わったら、どうですか?」
時刻は昼から夕方に差し掛かっている。今ならまだ約束を取り付けても夕飯の献立に変更が効く。作ってくれる家族に文句を言われない、絶妙な時間帯だ。待っている酒に集中力を乱されても、早めに工房を閉めることもできる。
「俺が満足する練度のものを作ったらな」
上質なワインを出されて本当は嬉しいくせに、テランスは仏頂面で未加工の魔石を掲げた。
「定期試験ですね? 合格できたら次の段階に入るんですね」
ユーグは屈託のない笑顔で工房に入ってきた。リリィがテランスの近くに丸椅子を置くと、ありがとうと言って静かに座る。
「合格したら臨時の作業員として雇ってやるよ。掃除と接客がお前の担当だ」
「僕の得意分野じゃないですかー。顧客の開拓もしましょうか?」
「……そのうちな」
職人ですらない下働きだとテランスが皮肉を言っても、日本で営業をしていたユーグには全く効いていなかった。掃除も接客も新入社員の時期に一通り経験している。入ったばかりの新人に与えられる仕事とは、その程度から始まると理解しているためだ。
嫌がるどころか、むしろ喜んで客を引っ張ってくるとまで言われ、テランスは諸々のことを諦めて魔石を渡した。こいつなら本当にやりかねないと悟ったのだろう。
テランスの判断は間違っていない。実際に顧客を連れてこいと言ったら、家計を預かる女性客を獲得してくるだろう。見た目がいいだけでなく、女性の心理を理解しているのだから、余計に客が集まってくる。人伝に評判が広がって、工房の許容量を超えることは間違いない。
「用途は家庭用だ」
テランスが魔石の使用目的を告げ、それに合わせた加工をするよう指示を出した。
魔導器に使う魔石は常に一定の出力が求められる。同じ出力になるよう魔導器側の術式で制御しているものもあるが、燃料の魔石側でも調節してやる必要があった。
魔石を受け取ったユーグは、窓から差し込む光にかざしたり、手の上で転がして観察していた。その真剣な横顔に見惚れかけたリリィは、ゆっくり深呼吸をしてから手元の魔石に意識を戻した。
作業中によそ見をするなんて、いつもの自分らしくない。樹海の出来事が尾を引いているようだ。口調は元に戻ったが、なるべく思い出さないようにしないと日常生活に支障が出る。
「この魔石、二層になってるんですね」
「よく気がついたな」
観察を始めてすぐに気がついた生徒に、テランスの顔が綻んだ。
魔獣が捕食した相手の魔石を取り込むとき、己の魔石の周囲に纏わせてから馴染ませるそうだ。まだ馴染んでいない時に取り出されたものは、ユーグが気がついたように二層に分かれている。見た目では分かりにくいが、リンゴ飴のようだといつも思う。
「普通の式だと外側にしか定着しないなぁ……まあいいや」
ユーグの手元に、薄らと光る文字が現れた。魔石の表面に貼り付き、次々と消えていく。横から見ていたテランスは見慣れない方法にイスから立ち上がった。
「おい、そんな力技で……こいつ、定着させやがった」
「何したの?」
気になってリリィが尋ねると、ユーグは出来上がった魔石をテランスに提出した。
「魔石を加工するとき、一定の出力になるように枷を付けるよね? あれって、内包してる魔力に干渉して、一部の情報を書き換えている状態なんだ。だから二つの魔力が同じものになるよう書き換えることが出来たら、通常の加工で済ませられるんじゃないかと」
魔石で魔力を回復させる方法とほぼ同じだと言われたが、それは勘で操作したことと同じ意味ではないだろうか。
「それは周囲にまとわりついている魔力が少ない場合だけにしておけ。お前のは魔力でゴリ押しして、無理やり従わせてるだけだ」
完成した魔石を点検していたテランスは、呆れた顔でリリィに差し出してきた。
受け取って観察してみると、緻密に構成された魔法式の檻が魔石を包んでいる。理想的な加工だ。ユーグが指摘していた魔力の層は見えない。最初から一つの魔石だったと言われても、なんの疑問も持たないだろう。
リリィは奥の家にいる母親に、夕飯は一人分多く作っておいてほしいと伝えに行った。ここまで完璧なものを仕上げてきては、テランスも認めないわけにはいかない。それに好みのワインを持参されて、追い返すなど考えられなかった。
快く引き受けてくれた母親に礼を言って工房に戻ると、テランスは残念そうに腕を組んでいた。机の上には別の魔石が置いてある。追加で課題を出していたようだ。
「これだけ細かい操作が出来るくせに、もったいない使い方すんじゃねえよ。いいか、重なってる魔力が少ないなら、それを加工のための力にしろ。自分の魔力消費が抑えられる。全部、自前の魔力で補おうとするな。俺が教えた加工の魔法式の一つに、該当するものがあっただろ?」
「あの式って、こういう魔石用だったんだ。客から預かった魔石だから、あまり消費させちゃいけないのかと」
「仕事が少ない時は、それでもいい。だがな、冬支度前みたいに一日で数えられないぐらい加工するなら、魔石から力を借りるようにしないと、すぐに魔力が枯渇して倒れるぞ」
この教えは、リリィも幾度となく言われた。全てを自分の力でやる必要はない。正確な操作を覚えれば、加工で失われる魔力が減る。だから基礎を疎かにするな。
何度も同じことを繰り返すのは辛いが、人から預かった貴重な魔石を無駄にしないために必要だった。
「リンゴ飴みたいな魔石は外側を利用するとして」
リリィと同じ感想がユーグから聞こえてきて、思わず魔石を落としそうになった。こうした細かいところに前世の繋がりを感じて嬉しくなる。
「もっと分厚い層になってる魔石は、どう加工するんですか?」
「分厚いつっても、内側よりは薄いからな。このナイフで切れ目を入れて――」
ナイフとテランスは呼ぶが、作業台に置いてあるものは一般的なナイフとは形が違う。刀身が大きく曲がったナイフは、その内側に研いだ刃がある。魔石を引っ掛けるようにして切るためだ。
「半分ぐらい切ったら、指先で圧力をかけて割るんだよ。割る力加減はクルミで練習しておけ」
ユーグが微妙な顔でリリィを見た。この前、アイアンクローで締められたことを思い出してくれたらしい。
「内側はそのまま加工して、外側は粘土でくっつけてから加工する。もちろん客には整形したことを説明するからな」
「別々の魔石として加工するんですね」
「魔石は消耗品だからな。客は速さと正確さを求めてる。これが一番、手っ取り早い方法なんだよ。で、どうやって二つの魔力を同じものにしたんだ?」
「まず観察の段階で、二つの魔力の情報を読み取って――」
自分が知らない技法を見て好奇心が抑えられなかったテランスは、ユーグに詳しい手順を聞き出している。根が研究者気質な二人は共通の話題になると、とことん議論やら実験を始めてしまう。今もテランスが出してきた特殊な魔石を前に、より効率的な加工法が発見できないかと模索していた。
こうなると、しばらくは話しかけても無駄だ。新しく仕事が入れば意識を切り替えてくれるだろう。そう願って、リリィは備蓄用の魔石を加工する作業に戻ることにした。
――こんな日常もいいな。
同じ職場にいて作業中の姿を見られるのがいい。ちゃんと休憩しているのか心配しなくても、すぐに声をかけられる。
――……無理だろうな、この人は。
リリィは浮かびかけた想像をすぐに振り払った。今も領内の工事や領主からの依頼でアルトロワを不在にすることがあるのだ。結婚した程度で、それらの仕事が無くなるはずがない。
工房にいるのは繁盛期の手伝いぐらいで、あとはリール領のどこかにいる。そんな生活が続くのだろう。寂しくないと言えば嘘になるが、ちゃんと家に帰ってくるなら、それでもいいと思っていた。




