結界と目印1
冬になると一部の大型魔獣は冬眠する。リール領に接する森も例に漏れず、徘徊する魔獣の種類が減った。寒さと雪で足を取られることを除けば、森の危険度は下がる季節だ。
本格的に雪が降る前、自警団の団員は森へ向かっていた。森には魔獣が町や村に近づかないように結界を設置しており、魔獣の活動が穏やかになる冬の間に点検するためだ。それぞれ防寒対策をした上で必要な資材を分担して背負い、本部の建物から出ていく。
当然ながらと言うべきか、その人員にユーグも含まれていた。いつの間にか自警団に入団させられており、気が付いた時には班分けまでされている。そんなことが出来るのはフェリクスしかいない。どうせ多忙なせいでユーグに伝えるのを忘れていたのだろう。
ユーグの身分は今だ外国人なのだが、他の団員は誰も疑問を持っていなかった。指摘したところで『どうせアルトロワに住むんだろ?』と言われるだけなので黙るしかない。
定住することを歓迎されてるって思っておくか――ユーグはそう考えて己を納得させていた。
帝国籍を取得すれば、どうせ自警団に放り込まれるのだ。少し早くなっただけだと、前を歩く団員の背中を見ながら考える。
「今回は森の深いところまで行くからな。冬眠していない大型魔獣は見つけ次第、倒せ」
冬眠に必要な栄養を満足に蓄えられず、飢えているのだと同じ班のニコラが言った。同い年で話しかけやすいが、自警団の入団歴はユーグよりも長いので、知らないことはまず彼に聞くようにしていた。
「魔石とか使えそうな素材は回収するけど、自分達の命が最優先だ」
「なるほど。安全を確保しつつ破損部位は少なめに魔獣を討伐、と。樹海でプロ狩人を相手に磨いた腕を披露する時が来たようだね」
「プロ狩人……?」
「お前ら、魔獣はついでだからな?」
目的が変わっているぞと、班をまとめているレオンが振り返った。
三十代半ばの男で、腰に片刃の剣を佩いている。本職は鍛冶屋、森での活動に慣れていて、人を指揮する能力も高い。自警団にとって頼りになる戦力だ。短く刈った栗毛や戦い慣れている体格が、前世で見た米軍兵によく似ていた。
「積極的に警戒してくれるのはありがたいが、肝心の結界を見落とすなよ?」
「アイサー」
「りょーかい」
ユーグとニコラが同時に返事をした。軍隊のようだと考えていたら返事までそちら側に寄ってしまったが、聞き返されずに済んだ。外国語だろうと雰囲気で意味が伝わったらしい。
一行は森を進み、結界を発生させている魔導器のところに到着した。高さは二メートルほど。装飾も何もない鈍色の円柱だ。上部に雪除けの傘があり、そのすぐ下は緑色のガラスで覆われている。ガラスの中では魔力の光がゆらめいていた。何も知らずに見つけたなら、変わった形のランタンだと思うだろう。
四人目の団員、カミーユが背負っていた荷物を下におろし、中から交換用の部品を取り出した。ヘラのような道具を円柱に差し込み、丁寧に蓋を開ける。慣れた手つきで不具合がないか点検をしたあと、持ってきた部品と交換した。
ここへ持ってきたのは高濃度の魔力が詰まった容器だ。結界を展開させるために必要な燃料で、製法は徹底して隠されている。
ユーグが事前にフェリクスから聞いた情報によると、この結界も交換用の魔力も、エルフからもたらされたものだという。リリィ絡みかと思っていたユーグは、精霊の頼みだと知って驚いた。
強大な魔獣が森から出てきて暴れたら、自分たちが取り憑いている植物が犠牲になる――アルトロワの郊外に定住する気になった精霊が、そう領主に訴えてきたらしい。人間が作った道具だけでは効果が薄い、エルフを頼れと。
――領の経済規模に似合わない高性能な結界だと思ってたけど、エルフ製なら納得だね。
フェリクスがどのような交渉をしたのか不明なままだが、条件の一つは領内でエルフの情報収集を黙認することだろうか。外国の大使館を置くようなものだ。
元通りに蓋を閉めたカミーユは、使用済みの部品を古布に包んで鞄へ入れた。領主からエルフに部品を返却し、また魔力を詰めて渡されるそうだ。
「ユーグ、点検のやり方を教えてやる。こっち来いよ」
カミーユに呼ばれたので警戒を中断して円柱に近づいた。
内部の部品名と手順を聞いている間、ニコラとレオンが円柱の周囲に忌避剤を撒いている。教会で処方してもらった薬剤で、定期的に撒かないといけないが一定の効果はあるらしい。結界の円柱自体にも魔獣を寄せ付けない仕組みは備わっている。万が一に備えて、ということだろう。
「……点検と交換作業はこんなもんだな。壊れていたら魔導器を丸ごと運搬しなきゃいけないんだが、その時は上半分を取り外す」
「下半分は台座ってことだね。一回の交換でどれぐらい保つ?」
「およそ半年。だが魔獣が冬眠から目覚める前に、点検しに回るぞ。雪で壊れることもあるからな」
カミーユは元通りに蓋を閉めた。
森の道を知っているというカミーユが先頭に立ち、次の点検箇所へ向かう。ユーグがいる組が請け負ったのは五箇所だ。森は広いので他の組と分担しているのだが、新人がいるという理由でアルトロワから近い場所を回してくれていた。
魔獣に遭遇することもなく、作業は順調に進む。最後の一箇所になったとき、カミーユがレオンに尋ねた。
「なぁ、班長。この前の盗賊やら誘拐騒ぎで不届き者がいたのは、もっと南だったよな?」
「ああ」
「森が荒れてないか?」
「……気のせいなら良かったんだがな」
森へ頻繁に入っている団員ならではの発見だった。猟師や自警団の団員は迷わないように目印をつけることがある。最も簡単なのは小さなリボンを枝に付けるといった、森を傷つけないような方法だ。
「枝に塗料が付いているな。ペンキではないようだが」
「この色、フリュイに似てますね」
レオンの言葉を聞いて、ニコラが枝に手の影を落とす。日光が遮られ、塗料は淡い緑色に光っていた。
「ねえニコラ。フリュイって光るキノコだったよね?」
「おう。あのキノコは下茹でしてアク抜きしないと渋くて食えないんだが、その下茹でしたものから光る塗料が作れるんだ」
詳しい作り方は知らないんだがとニコラは言った。
「罠を扱う猟師がよく使うんだよ。仕掛けた本人以外が罠に引っかからないように。秋に大型の魔獣を仕留めた時に、光ってる旗を見たことないか?」
「ああ、あれね。キノコから作ってたんだ」
夜中に魔獣を追い詰めて討伐したことを思い出した。森へ入る前に、赤い旗と光る場所には猟師の罠があるから近づくなと教えられている。討伐が終わってから発光する物体について聞こうと思っていたが、冤罪騒ぎのせいで忘れていた。
「結界がある周辺に仕掛ける罠といえば、魔獣用の大掛かりなものなんだが……」
レオンは周囲を見回した。
「カミーユはユーグを連れて予定通り結界の保守作業をしてくれ。ニコラは俺と辺りを見に行くぞ」
それぞれ役割を与えられ、二手に分かれて行動を開始した。レオンは剣を抜き、静かに歩いていく。ニコラも矢筒から一本抜き出し、左手の弓に交差させるように持った状態のままついていった。




