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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
4章 終わりと始まり

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約束、二つ


 素晴らしい美貌と肉体美を誇る女エルフに囲まれ、身体測定とファッションショーをするという苦行をこなしたリリィは、ようやく椅子に座って茶菓子をつまんでいた。途中の記憶が曖昧になっているのは、一刻も早く忘れたい願望のせいだろうか。反動で夢に出てくるかもしれない。


 服を作るためという理由で全身を計測していたエルフは、ふと目を離した隙に姿を消している。エルフに伝わる神速の移動法だそうだ。能力の無駄遣いではないかと思ったが、同じ感想を抱いてくれそうな人はここにいない。


「……疲れた」


 精神的な疲労が大きい。着せ替え人形ですら、あんなに頻繁に服を交換されないだろう。


「こちらの服は、ぜひお持ち帰りくださいね」


 煌びやかな女のエルフがリリィに微笑んだ。彼女は現場の責任者で、リリィを苦行に追い込んだ張本人だ。見た目は理想のエルフそのものだが、中身は仕事に生きがいを感じている労働中毒者だった。きっと『休む』という概念を樹海に捨ててきたに違いない。


「持って帰れって言われても」


 サイズの問題で着用できたもののうち、似合っているとエルフが判断した服がいくつも吊るされている。


 急に大量の服を持って帰ったら、色々と障りがある。家族に浪費癖を心配されるだろうし、何より保管場所が足りない。


「……全部、ユーグに渡しておいてくれ」

「かしこまりました」


 エルフの好意を無碍にするのも悪い気がして、リリィはユーグに丸投げすることにした。ついでに何かあれば彼を通すように言い、お茶に口をつける。置いていかれた恨みだ。荷物の保管ぐらいは押し付けても許される気がする。


「お疲れでしょう? こちらの果物をどうぞ」

「あぁ、ありがとう」


 別のエルフが皿に持った果物や菓子を出してくれた。飾り切りにした果物は花の形に、焼き菓子はチョコレートで模様が描かれている。周りで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので、先程までの苦行が嘘のように思えてきた。


「ずっとここに滞在して下さっても構いませんよ」

「そうですよ。私達と楽しく過ごしましょう」

「楽しく、か」


 今度は甘い香りの茶が出てきた。カップを取ろうとしたリリィは、ずっと手首のブレスレットを触っていたことに気がついた。艶やかな石の触り心地がいい。


 ――ここも悪くないんだけど、ちょっと違うんだよな。


 エルフの里は訪問する場所であって、帰る場所ではない。エルフ達の好感度が高すぎて怖いというのもある。人間とは違う価値観を持っている彼らと、好意的なまま暮らしていける自信がない。


「気持ちは嬉しいけど、そろそろ帰るよ。また来るから」

「そうですか……仕方ありませんね」


 リリィがどう答えるのか、薄々気がついていたようだ。残念そうにしつつも、こちらの希望を尊重してくれた。


 作業場になっていた建物を出るとき、一人のエルフから小瓶に入った液体を渡してきた。


「大樹の露から精製した水です。肌を健康に保つことができますよ。私達に付き合って下さったお礼に」


 人間の店にも出荷しているのだと説明を聞いて、リリィは受け取っておくことにした。貰ってばかりだが、断ると帰してくれない予感がしている。残念なところばかりを目にする種族とはいえ、人間よりもはるかに強い。里から出さないように精霊に語りかけることなんて、簡単にこなすだろう。


 外に出たリリィはウィランサールの呪具店を目指した。久しぶりに会った顔見知りのエルフに声をかけられたが、呪具店へ行くと告げると、みな素直に見送ってくれた。最高齢のエルフの用事を妨げてはいけないということらしい。


 店にいたのは、ウィランサールだけだった。表で店番をしている孫は、別の里に遊びに行っているそうだ。ここで職人をしているエルフが一人いるが、そちらは自分の父親を締め上げている最中だろう。露出狂の親を持つと大変だ。


「いらっしゃい。よく来たね」


 穏やかな老エルフは、奥の工房から顔を覗かせた。


「彼なら、弓の修練場へ行くと言っていたよ」

「弓、ですか」

「呪具作りが早く終わってねぇ。また腕を上げたようだ」


 余った時間で体を動かしに行くぐらいなら、迎えに来てほしかった。

 おじいちゃんと呼びたくなるような職人に別れを告げ、リリィは地階にある修練場へ向かった。何度か使わせてもらったので、場所は知っている。


 巨木に沿って歩き、下へ向かう途中から修練場が見えてきた。弓を練習するエルフの姿は見えない。一日に何度か樹海を見回る仕事があると聞いたことがある。今がその時間なのだろう。


 遠くの的に矢が突き刺さった。

 射場にユーグが弓を構えて立っている。エルフが使う短弓ではなく、暗い色の長弓だ。その大きさと、中央よりも下で支える持ち方は、リリィがここで習ったものとは違う。日本の弓を再現してハイセレスに持ち込んだと思われる。


 慣れた所作で矢を番えた横顔は、リリィが知らない一面だった。

 心を読ませない笑みではなく、ただ真っ直ぐに的を見つめる姿は凛として美しい。隠している本当の性格がそのまま現れている。リリィは矢が放たれる時まで、その場から動けずにいた。


「ユーグ!」

「あっ! 来たんだ!」


 声をかけると真剣な顔は一瞬で消え失せた。嬉しそうに走ってくるところが、大好きな飼い主に呼ばれた犬に似ている。千切れんばかりに尻尾を振る日本犬が見えたような気がして、リリィは困惑した。


「よくもエルフの群れの中に置いていったな。怖かったんだぞ!」

「その節は大変申し訳ございませんでした」


 走ってくる最中の裏切り者を睨むと、見事なスライディング土下座を披露された。先手を打たれてしまっては許す以外の選択肢がない。


「分かればいいんだよ。後でエルフの仕立て屋がくれた服を回収しておいてくれ」


 リリィは両膝をつき、わさわさとユーグの頭を撫でた。柔らかい髪は触り心地がいいので、いつまでも撫でていられそうだ。


 顔を上げたユーグはされるがままに大人しく座っていた。目線は下を向いているが、不快ではないらしい。こちらは髪を乱しているだけなのに、幸せそうに微笑んでいる。


 もうこのまま水に流してしまおうか――だがユーグから石鹸の爽やかな香りがしてきたため、リリィは両手で彼の頭を掴んで徐々に力を込めていった。


「お前、温泉に入ってきただろ」

「えっ!? な、なんで分かったの!?」

「石鹸の香りを撒き散らしておいて、バレないとでも思ったのか?」


 巨木の根元には温泉が湧き出す泉がある。ハイセレスの住人は好きな時間に入浴を楽しんでおり、リリィも個室の温泉を利用したことがあった。


「人が着せ替え人形にされている間に、随分と楽しんでたみたいだな。なんで誘ってくれなかったんだよ!」

「ちょっ……リリィさん、手に身体強化の魔法使ってるよね!? ものすごく痛いんだけど! 女の子の握力じゃないよ!?」

「魔石職人の必須スキルなんだよ。加工しにくい頑固な魔石は、指先に力を込めないと仕事にならん」


 リリィが魔法を使える範囲は手だけ。それも短い時間だけだ。仕事以外では素手でクルミを割るぐらいしか使い道がない。

 身体強化といえば戦闘中に使うと思われがちだが、部分的なものなら習得している職人も多かった。


「お義父さん、そんなこと言ってなかったよ!?」

「全身に満遍なく身体強化かけられる奴に、そんな説明いらないだろ。それに男の筋力なら滅多に使わないし。で、申し開きはあるか?」

「近くに温泉があるなら、入りに行くのが礼儀だと思います! 元日本人として!」

「同じく元日本人の私が、温泉大好きなことを知ってるくせに!」


 両手の感触が消え、人型の紙が宙を舞った。表面に黒と朱色で文字が書いてある。

 逃げられた。呪符と呼べばいいのか、紙で作った道具と己の位置を入れ替えて移動するのは、ユーグが得意とする魔法だ。


「今度、別の名湯に案内するから許して」


 しれっと現れたユーグはリリィの手を両手で包みこんで提案してきた。


「……仕方ないな。許してやるよ。風呂上がりのフルーツ牛乳忘れるなよ」

「うん。帝都で見つけたから買っておくね」

「あるのか」


 相手を振り回したくて出した要求は、あっさりと通ってしまった。ならば別の手で困らせてみたいと悩んでいるうちに、帰る時間となった。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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