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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
4章 終わりと始まり

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闇夜に紛れたい者たち 後編


 覚悟を決めたユーグが舞台へ向かうと、この世の終わりのような叫び声がした。大勢の人間が出口に殺到し、互いを罵りながら逃げようとしている。舞台裏には逃げ遅れた作業員が隠れていたが、狐面をつけたユーグを見るなり気を失ってしまった。


 合間に聞こえてくる男の高笑いを不気味に思いつつ覗くと、マントの下はパンツだけという鳥頭の変態が走り回っていた。


「何で脱いでんの!?」

「おお、来たか。私の活躍に正義の心を刺激されたか?」


 キュッと音をたてて立ち止まったアンリは、爽やかにポーズを決めた。絶妙に神経を逆撫でしてくる振る舞いだ。


「いいえ全く。元から持ち合わせてないので。そうじゃなくて、服はどうした服は」

「走り回っていたら暑くなった!」

「子供か」


 もう敬語を使うのも面倒だ。お互いに正体を隠していることだし、ぶん殴っても不敬罪に問われることはないかなとユーグは考え始めていた。うっかり斬りつけても心をこめて謝れば許してくれそうな気がする。


 脱力するユーグの目の前で、アンリは楽しげに参加者を強制的に転移させていく。顔を知っている者と言っていたので、皇室と何らかの形で関わっている者なのかもしれない。帝国へ強制転移して罪を問うつもりなのか。


 ――いや、深入りするのは止めよう。


 帝国に店舗を持っている商会の関係者がいるなと思い、いくつか顔を覚えていたのだが、ユーグが彼らに何かをする必要は無さそうだ。皇室が罰を下すなら、庶民が出る幕はない。変態に関わりたくないという気持ちが九割を占めているが。


「お前がオークションの主催者か」


 アンリは舞台の端に隠れていた男を引きずり出した。哀れな主催者は必死で抵抗していたが、恵まれた体格のアンリに勝てるわけもなく、舞台の上を転がされる。


「手広く商品を扱っているようだが、魔獣はいかん。あれは弱々しく見えても人を殺すには十分な力を秘めている。よいな?」

「は、はいぃ……」

「それから高値がついた馬だが、あれは知り合いが飼っている馬だ。正確には魔獣ではない。返してもらうぞ」

「も、もちろんお返ししますとも! ですからどうか命だけは」

「安心せい。無駄な殺生はしない主義だ!」


 解放された主催者は恐怖でまともに歩けず、這うように舞台から逃げていった。


 己の要求が通ったことでご満悦のアンリは、舞台の上で仁王立ちのまま良きかなと頷く。


「なかなか素直な奴ではないか。これを機に真っ当に働くといい。よいな、皆の者! ココ仮面がいつでもお前たちの行いを見ているぞ!」


 高らかに宣言した鳥人間に、逃げ遅れた人々は顔を引き攣らせて沈黙した。ついでにユーグにも変態を見る目を向けてくるのが、地味に心に刺さる。


「では帰るか。おや? 馬はどこだ?」

「主催者側が避難させたんじゃないんですかね」

「むっ! それはいかん。狐、急いで追いかけるぞ!」

「いや、僕を巻き込まないでよ……」


 大股でホールへ向かうアンリに対し、ドン引きしている人々は急いで出口から離れた。速やかに分かれる人混みを堂々と進むアンリに迷いはない。


「まさかその格好で外に出る気!?」

「何か問題でもあるのか? エルフの戦士も戦場では己の肉体美を誇示したと聞くが」

「うわ。エルフ文化の悪いところだけ輸出されてる……せめて下は履いてくれるかな」

「下着なら我慢して履いているが」

「服を着ろって言ってんの! 靴とか、どこに脱ぎ捨てたんだよ」

「はて、客席で脱いだことは覚えているが……忘れた!」

「……僕が探しておくから、あんたは馬を回収してこい」

「良き献身の心だ! では探してくるとしよう! うははははは!」


 鳥人間は心から楽しげに笑い出すと、恥ずかしげもなくマントを翻して劇場を出て行った。残されたユーグと逃げ回っていた人々は、ようやく変質者が去ったことに安堵のため息をつく。


「……あいつヤベーな」


 どこからともなく呟きが聞こえる。一字一句、ユーグは同意した。




 *




 全てを終わらせたユーグがアルトロワに戻ってきたのは、誘拐事件から二週間後のことだった。最後の最後で変質者に絡まれたせいで、とてつもない疲労感に襲われている。


 フェリクスに面会を申し込んでから、雑事を片付けている間に夜になった。結果が分かりきっている報告のため、優先順位が低いのだろう。しばらく一人になる時間が欲しかったユーグにも好ましいことだった。


 使用人に案内されて執務室に入ると、まずは仕事を遂行したことを労われた。


「帝国の各地で、仮面をつけた黒服の怪人が暴れまわっているとリール領にまで聞こえてきたが?」

「僕の仕事服は紺色だから、別人だろうね」

「似たような色ではないか」


 黒よりも紺色の方が夜の暗闇に溶け込みやすいのだが、ユーグは反論する気力が出てこなかった。ソファに座ると、そのままだらしなくクッションを枕にして横たわる。


「このソファ、寝心地いいね」

「欲しいならくれてやる。新築祝いだ」

「わぁい。家具が増えたー」

「それで、何があった?」


 対面にフェリクスが座った。こちらはこちらで被害者への支援のために動き回っていたはずだ。わずかな疲労が見え隠れしている。


「途中までは手紙で知らせた通りだよ。被害者の一部が外国でオークションにかけられそうになっていたところを解放した」

「そこまでは聞いた。被害者の娘はアンリ殿下にお会いしたと言っていたぞ。何故、殿下の手を煩わせる結果となった?」

「ああ、それね……」


 ユーグは起き上がって座り直した。


「オークション会場にココ仮面の姿で乱入した殿下が、彼女たちを一時的に別荘へ避難させたんだよ」

「……は?」


 長い沈黙の後に帰ってきたのは、それだけだった。


「ほら、ベルトランが一時期、息子の要望で正義の味方に扮してたよね? その息子が成長して役割を引き継いだんだってさ。正体は明かしてないけど、主に帝国内で活動してるって言ってたよ。領主のところには指名手配犯の情報とか回ってきてない?」


 あんなにも怪しい風体なのだから、どこかで話題になっているはずだ。むしろあのノリで人の口の端に登らないなど考えられない。

 フェリクスの視線が足元に落ちた。


「模倣犯、かと……」

「まあ、気持ちは分かるよ」


 知らない間に代替わりしていたのだ。ユーグは情報の更新を手伝うことにした。


「鳥頭を被ってパンツとマントだけ身につけた殿下が、劇場で用心棒相手に暴れる姿とか、もう現実離れしてたからね。あの格好で『常にお前を見張っているからな』って言われた奴隷商人なんて、しばらく悪夢を見るんじゃないかな?」


 リール領の被害者を迎えに別荘を訪れたとき、アンリはまともに服を着て完璧な皇帝の弟を演じていた。感情の制御に慣れているはずのユーグですら、思わず『誰だお前』と口走りそうになったほどだ。


 幸いだったのは、被害者の女性は鳥頭の怪人とアンリが同一人物だと気がついていないことだった。国民に対して慈悲深い皇族としての印象を抱いたまま、それぞれの家に帰っていることだろう。実に羨ましいとユーグは思う。


 フェリクスは頭を抱えて黙ってしまった。貴族といえど皇室と深く関わりがあるわけではない。彼の父親は親衛隊として勤務していたので、様々な裏側の顔を目にしたと思われるが、家族にそれを話したことは一度もない。鍵を咥えた狼を紋章とするデュラン家らしく、秘密を墓場まで持っていく覚悟のようだ。


「この国、大丈夫?」

「言うな」

「でもさ、ある意味であの格好は効果的だったと思うよ。だって、もし魔法の残滓からアンリ殿下だって疑惑が持ち上がっても、皇帝陛下に『おたくの弟さん、鳥頭かぶって半裸で走り回ってませんか?』なんて聞けないよね」

「……無理だな」


 ユーグは秘密を共有する仲間が増えたことに満足したので、フェリクスを追い詰めるのは止めておいた。殿下の奇行を思い出したせいで、自分にもダメージが入っている。そろそろ忘れたい。


 沈黙したまま心の整理をしているフェリクスの前に、ボトルのワインと薄紙に包んだチーズを出した。テーブルの上に置いた音で、フェリクスは顔を上げる。


「これ、君の領で作られたワインとチーズ。とりあえず、誘拐事件の解決を祝って飲まない? 忘れるために飲みたいのが本音だけど」

「そうだな。帰るか……」


 フェリクスは部屋の扉を施錠するとユーグに言った。隣室で業務をしていた部下に声をかけ、ついてくるよう身振りで示す。執務室にグラスを持ってくるよう使用人に命じなかったということは、自宅の方へ招待してくれるようだ。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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