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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
1章 光と影の町

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合同訓練


 リール子爵領は予算の関係で私兵をあまり雇っていない。領主自らが剣を手に戦うため最低限の護衛しか必要としておらず、貴族にありがちな見栄で武力を揃えることは無駄と言い切っている。


 その代わりに魔獣や盗賊などの備えとして、軍縮と怪我で引退した元騎士を移民として領に招き、それぞれの町や村で自警団を兼任させている。食うに困った元騎士にとっては職を紹介してもらえる上に、即戦力として好意的に迎え入れてくれる状況は、自尊心を満たされるらしい。自身も帝国騎士だった領主らしい懐柔策だ。


 そもそも領主は贅沢に興味がなく、子爵としての最低限の生活を整えたら、残りはリール領の発展に金を注ぎ込んでいるようだ。上下水道や魔獣避けの結界といった設備の恩恵を庶民にも与え、教会の聖職者と協力して学校を建てている。


 完成された町に下水を通すと莫大な費用がかかることから、富裕層の居住地のみ整備しているのが一般的だ。


 領主本人が言うには、上下水道も学校も後から追加するより、最初にまとめて工事をした方が面倒が少ないらしい。領主として赴任した頃は住人が少なかったため、改革をしやすかったこともあるのだろう。それが功を奏し、下位貴族の中で最も発展した領となった。


「お前、なんで年取ってないの?」


 合同で訓練をすると聞かされて興味本位で参加したユーグは、懐かしい顔に囲まれて一番にそう問われた。フェリクスが生きているから他の知人に会うこともあるだろうと予想していたが、思ったよりも多くの元騎士が領民となっていたようだ。


「事情があって眠らされてたよ。気がついたら十六年ぐらい経ってた」

「どんな理由だよ。相変わらずわけが分からん」

「さすが賢者と同世代の人間だ。規格外は相変わらずか」


 最後に会ってから約二十年経っているものの、みな顔に面影がある。騎士を退職して移住したのは、フェリクスが所属していた隊が多いようだ。


 賢者と同世代というのは、日本から転移してきたとは言えずについた嘘の経歴だった。魔法がある世界とはいえ、異世界から来ましたなどと正直に言えば、頭がおかしい人間だと思われるだけだ。こちらの世界の事情を考慮して、呪いのせいで長い間眠らされていたと誤魔化す方が、まだ理解してもらえる。


 ――日本では営業職をやっていた成人女性で、今はリリィに会うために生まれ変わってきました、なんて信じられる要素は一つもないからなぁ。


 以前の性別にこだわりは無い。女として生まれたから、そう生きていただけ。むしろ男として生きている今の方が、気楽で向いていると感じていた。もし転生したリリィが男だったら、その時は女を選んでいただろう。それほどユーグは己の性別に無頓着だった。


 そんな事情を話せるわけもなく、ユーグとリリィは異世界のことを秘密にしていた。


「久しいな、ユーグ。生きていたか」


 今度は還暦を過ぎた男が来た。だいぶ白髪が増えたようだが、若い頃に鍛えた体は衰えていない。右目は眼帯で覆われ、頰に古傷が走っている。風貌は恐ろしく見えるが、表情は人徳者として慕われていた頃と変わっていない。


 こちらの世界の人間で身体強化の魔法が使える者なら、加齢による体の衰えはあまり関係ない。むしろ磨いた技術が上乗せされるだけ脅威が増す。


「ジルベール隊長」


 話しかけてきたのは元騎士団長だ。体の傷は過去の戦いで負ったもので、彼が騎士を引退するきっかけになった。ジルベールは残った鳶色の瞳に穏やかな光を浮かべる。


「二十年前に行方不明になった男が、変わらない姿で出てくるとはな。長生きはしてみるものだ」

「隊長こそ。大聖堂での戦いで瀕死の重傷を負っておきながら、その歳まで生きてリール領の自警団長かつ軍事顧問だっけ?」

「ここは上司の理解がある良き職場だからな。片目の老人でも雇ってくれる」

「得体の知れない外国人もね」


 老人とジルベールは自虐的に言うが、騎士団長としての手腕と実績は相当なものだ。退職した時には、ぜひ剣術指南にと方々から声がかかったはずである。それらを跳ね除けてここへ来た理由を尋ねようか迷っていると、ジルベールから打ち明けてくれた。


「あの時、聖堂に突入した者の半数が戦死した。これからは生き残るための戦い方を教えようと思ってな。まあ……一番の理由は、悠々自適に老後を過ごせるってことだが」

「他の貴族のところへは行かなかったんだ? 隊長なら高位貴族も欲しがってたでしょ」

「俺は高慢な貴族が嫌いなんだ。領主(あいつ)だけは『貧相な領ですが老後の面倒を見るので来て下さい』と頭を下げて頼んできたからな。人生の大半を費やして培った経験を発揮するにも相応しい。貧相ということは、成長する余地が十分にあるということだ」


 ジルベールはユーグの肩を叩いた。


「ユーグ。今度、酒に付き合え。生き残った者の中で、奢っていないのはお前だけだ」


 積もる話はあるが、ジルベールは集まった領民に訓練内容を伝えるために雑談を切り上げた。


 領民は近隣の村からも来ている。定期的に参加して、自分達の手で外敵から守れるよう鍛えているようだ。自分達が住む場所は自分達で守るという気持ちが強い。退職した騎士だけでは警備の手が回らないと思っていたが、余計なお世話だと気付かされた。どうも前世の日本を基準に考えてしまう。


 今回の訓練は盾を使った集団戦を主体に行われるそうで、戦い方が異なるユーグは敵役に回って矢を射ることになった。怪我をしないよう矢じりの部分は綿と布で保護してある。


 できる限り、あらゆる方向から無秩序にという注文されてしまったので、動きながら守りが弱そうなところを狙う。洋弓を使うのは初めてだったが、威力も正確さも求められていないので気楽なものだった。何なら当たらなくてもいい。


 平民も混ざっているので全体の練度は低い――ユーグはそう分析して、否定した。さすがに正規の訓練を受けた騎士と比較するのは可哀想だ。盗賊数人なら少ない被害で追い返せる練度はある。


 彼らが必要としているのは、敵を殲滅する能力ではなく、一時的にでも退ける能力だ。領主へ報告すれば、討伐隊を結成して脅威を取り除いてくれる。治安の維持は領主の仕事なのだから。


 集団戦から離れたところでは、猟師が子供達に魔獣と遭遇したときの対処法を教えていた。人間が一人で戦って倒せる魔獣は、実は少ない。まずは見つからないように歩き、魔獣がいる痕跡を見つけたら引き返す。すぐ近くに森があるリール領では当たり前のことから教えている。


 見つけ次第、魔石のために駆除していたユーグとは正反対だ。


 ――普段は畑仕事とか鍛治屋をやってて、魔獣が出たら戦わなきゃいけないって、異世界の人は大変だなぁ。


 自分もそのうちの一人になるのだが、まだ実感が湧かない。少しづつ自分の中の『常識』を書き換えていって、違和感が無くなれば、この世界の住人になれるのだろうか。


 手を離れた矢が盾に阻まれて落ちた。


 まだ、自分の立ち位置が分からない。定住するなら仕事と家を、と単純に考えていた。それは間違っていない。町の住民も、ユーグが善良な移住者であることを望んでいる。真面目に働き、現地に溶け込んで貢献してくれるなら、好意的に見てくれるだろう。


 演じることなら、いくらでもできた。人当たりのいい性格も、真面目な青年も、仮面を付けるように簡単に引き出せる。相手の視線や仕草で性格を読み取って、理想の話し相手を見せるだけ。人の潜在意識は優秀だから、大袈裟にすると気付かれてしまう。だからこちらも無意識であるかのように、少しづつ小出しにしていく。


 ――でも、それはもう終わらせないと。


 演技は所詮、演技。本物ではない。


「ユーグ、あの集団の弱点は見えたな?」


 訓練を見守っていたジルベールが泥を含ませた筆を寄越してきた。


「お前のやり方で攻撃してこい。見ているだけでは飽きるだろう」


 ジルベールは返事を待たずに、訓練していた領民を集めた。


(ユーグ)に印一つ付けられるごとに、素振り十回を課す! 盾についた印は除く、心してかかれ!」

「参加した初日に憎まれ役をやるとはね」


 敵を撹乱する遊撃は、最も得意とするところだ。魔法も併せて使えば、全員の首を無傷で狩れる。さすがにジルベールのような元騎士には手こずるだろうが、味方を『庇いながら』動かなければいけない相手なら、特に。


 ――どこまで力を出そうか。


 訓練だから魔法は使わないが、あまり叩きすぎるのも逆効果ではないだろうか。落ち込ませるのが目的ではないのだから。突出した能力は排斥に繋がることがある。

 そう考えていたユーグの背中を、ジルベールは焚き付けるように叩く。


「思いっきりやってこい。騎士も自警団も、力があれば認められる」

「……そうだね。手を抜くのは失礼だ」


 受け入れて欲しいなら、こちらも本音を見せないと公平ではない。他人を蹴落とさなければ居場所を維持できなかった昔とは違う。


 ユーグは魔法が発動しないように己に制限をかけた。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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