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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
3章 這い寄るもの

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アルトロワ流親睦会


 ショットグラスに透明な酒が注がれた。アルコール度数は分からないが、決して低くはないだろう。


 酒の席で(いさか)いがおきた時に、アルトロワの男は飲み比べで決着をつけるという。それで喧嘩は終了、次の日に遺恨を残さないようにしている。飲んでいる最中にどうでも良くなるのか、または酔っ払って記憶を飛ばしているのではとユーグは思う。


 いつまでも根に持たないところは好感が持てるが。


「これ飲んだら仲良くしろよ」

「どっちに賭ける?」


 ボトルを持って審判を引き受けたジョエルの後ろで、貨幣が飛び交っている。酒に賭博が付き物なのは、どこへ行っても変わらないらしい。


 八百長をしないように、ジョエル以外は別のテーブルへ移っていった。手際の良さから、彼らが慣れていることがよく分かる。日本人に比べればはるかに酒に強く、強力な酔い覚ましの薬なんてものも酒場に常備されているので、飲んだ後の心配は必要ないようだ。


 ショットグラスの酒を口に含むと、強い酒の味がした。アーモンドに似た風味とわずかな甘み。濁りがない味から、上質な酒であることは間違いない。飲み込んだ体がふわりと温かくなる。


「おかわり」


 ジョエルにグラスを向けると、新しいグラスに注いで渡してくれた。使用済みのグラスの数で勝敗を見分けるようだ。酔っ払った頭で数を覚えておきたくないので助かる。


 二杯目は少し味わってから飲んでみた。一杯目より衝撃は薄れてしまったものの、後味に感じる果実の香りがいい。


 ――後で店主に酒の名前を聞いておかないと。


 そのまま飲むよりカクテルにしてみたい。トニックウォーターとライムか、冷たく冷やした炭酸水とレモン果汁か。試してみるのが待ち遠しい。


 新しい酒との邂逅に喜んでいたユーグは、ふと隣にアランがいたことを思い出した。つい美味しい酒に意識を奪われて、これが勝負だということを忘れてしまいそうになる。


 アランはようやくグラスを空けたところだった。新しく注がれた酒を眠そうな目で見ている。飲み比べ自体が初めてなのだろうか。想像以上に強い酒に手こずっていた。


 先が見えてしまった勝負に、周りの男たちは途端に優しくなった。賭けを中断して返金し、それぞれ酒を手に関係がない話で盛り上がり始める。勝負自体を無かったことにしたようだ。


 見えすいた勝負よりも、接戦で興奮したいらしい。公平なのか、ただのギャンブル狂なのか判断が難しい。


「坊主、大人の勝負は初めてか?」


 大して歳が変わらないくせに、ジョエルは年上ぶってアランのグラスに酒を入れた。


「みんな最初はそんなもんさ。繰り返し馬鹿やって強くなっていくものよ。今日はもう飲んで忘れてしまえ。ユーグ(こいつ)も明日には喧嘩を売られたことなんて忘れてるさ。な?」

「そうだね。アルトロワの男にならって、酒の席で起きたことは水に流そう」


 ジョエルはユーグのグラスにも継ぎ足し、残った酒を皆で分けようと席を離れた。


「……やっぱり気に食わない」


 二杯目を飲み下したアランが呟いた。この様子では、明日の朝には喋ったことを忘れているだろう。急に倒れる心配は無さそうなので、好きに喋らせることにした。


「それはどうも。僕は仲良くしたいと思ってたんだけどなぁ」

「えっ……な、なんで」

「嘘だよ」


 分かりやすく動揺したところに本音を浴びせると、アランは情けない顔で空のグラスを持った。酒の代わりに水と氷を入れてみたところ、正直に礼を言って一口飲む。根っからの善良な性格らしい。嫌いな相手でも素直に感謝するところは、むしろ新鮮だった。


「あんたは得体が知れないから嫌いだ」

「だろうね」

「ここにくる前はどこにいた?」

「魔族のところにいた」

「それも嘘か」

「これは本当」


 アランは氷水を飲んで軽く頭を振った。理解したいけれど酒のせいで頭が回らないらしい。軽く突くだけで、いくらでも本音が出てくる。


「何で、リリィなんだよ」

「笑顔のせいかなぁ。気がついたときはもう手遅れだった」

「長い間、一緒にいたのは俺の方なのに」

「先に好きになったのは僕だよ。君には悪いけど、ずっと片想いしてたから、もう諦めない」


 過去を知らないアランは、怪訝そうに首を傾げた。


「その余裕ぶったところが気に食わないんだよ。酒、ちゃんと飲んでるのか?」

「酒には強い方でね。とはいえ、これはキツいなぁ」


 三杯目で一気に酔いが回ってくる。これ以上は飲みたくない。アランが早々に負けてくれて良かった。


「そろそろ止めようか」

「お前の指図は受けないぞ」


 グラスを取り上げようとするユーグに、アランが涙目で抵抗する。だがすぐに心地よい酔いが回って、テーブルに伏せて眠ってしまった。


「……ジョエル、ここに飲み代を置いておくから」

「もう帰るのか? って、アランめ。お前、酔い潰れるのが早すぎるんだよ」


 勝手に飲み比べをさせておいて、なかなか酷い言い草だ。アルトロワ流の洗礼はなかなか手強い。


「アランも酒には強い方だから、いい勝負になると思ったんだがなぁ……」

「疲れてたんじゃない? 体調で酔い方が変わるよ」


 ユーグが帰ることを知った仲間が引き止めてきたが、アランを家に送る口実で帰ることにした。床に転がしておけという助言には心惹かれるものがあったものの、酒で前後不覚になる前に抜け出したかった。


 外は冷たい夜風が吹いていた。アランに手を貸してやりながら歩いていると、次第に酔いが醒めていく。


 アランの家が遠目に見えたとき、半分夢の中にいるアランが(つぶや)いた。


「突然出てきたお前にリリィが(なび)いているのが、よく分からない」

「初めて意見が合ったね。僕もそのあたりはよく知らないんだ」


 聞けば答えてくれるだろうか。知りたいけれど、はっきり言われるのも怖い。


 ――この前の問いに答えるのが先って言われそう。


 リリィのどこが好きなのかと聞かれ、上手く言葉にならなくて逃げたばかりだ。面と向かって打ち明けるのが恥ずかしい。しばらくその話題には触れないでおこうと決めている。


 アランの家に辿り着き、重い扉をノックすると、中で人が動く気配がした。もう一度ノックすべきか悩んでいる間に鍵を開ける音がして、中からアランとよく似た中年の男が出てくる。父親だろう。


「アラン? それに、あんたは」

「一緒に飲んでいたんですが……すいません、ちょっと飲ませすぎました」

「いや、こいつももう大人だ。謝ることじゃあないよ。それより、わざわざ連れてきてもらって悪いな」


 父親は奥にいる家族の名前を呼んだ。


「中へ入ってくれ。外は冷えるだろう」


 ユーグはアランを連れて中へ入り、玄関の長椅子に座らせた。アルトロワの民家では靴を脱いでから入る。父親と協力して靴を脱がせ、アランの寝室まで二人で運んだ。


 他の兄弟はもう眠っているらしい。三つ並んだベッドのうち、一つだけが空いている。平和そうな寝顔を起こさないよう、静かに歩く。


「まぁ。この子ってば、酔い潰れて帰ってくるなんて。ごめんなさいね、大変だったでしょう?」


 アランの母親は息子の姿に呆れていたが、優しく毛布をかけてやっていた。


「アランが起きたら、これを飲ませてあげて下さい。二日酔いに効きますから」

「あら、いいのよ、そんな。具合が悪くなるまで飲んだ本人の責任ですからね。それより、あなたも休んでいく? お茶入れるわね」

「いえ、お構いなく。もう遅いので帰ります」


 ユーグは母親に薬が入った小瓶を渡し、玄関へ向かった。見送りに来てくれたアランの両親に挨拶をしてから家を出る。


 魔法で転移をする気になれず、ユーグは滞在先の館まで歩くことにした。


 あれが普通の家庭だろうか。

 子供に呆れつつも愛情に溢れていた。

 眩しくて、逃げてきた。

 アランの家が特別ではなく、自分が育った家が異常なんだと再認識させられる。


 ――大丈夫、これからは一人じゃない……はず。


 そう遠くない未来、あんな光景が日常になるのだからと、ユーグは暗くなりがちな気持ちをなだめる。


「本当に? 歪んだお前が?」


 耳元で声がした。雑多な音が消えて、はっきりと。

 周囲には誰もいない。警戒網にも引っ掛からなかった。

 性別も年齢も分からない。


 胸の奥に黒くもやついたものだけを残して、声の主は完全に沈黙した。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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