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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
3章 這い寄るもの

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数分の癒し


 買ってきた野菜をカゴごと貯蔵室に入れ、リリィはまた家を出た。外にアランの姿はない。顔を合わせれば、また殴りたくなっただろう。しばらく会わないほうがお互いのためだ。


 ユーグが絡まれていたところへ戻ったが、既に騒動は終わっていた。何事もなかったかのように閑散としている。顛末(てんまつ)がどうなったのか、道を歩く人に尋ねる勇気が出せなくて、リリィは反対方向へ歩いた。


 目的なく歩いているつもりだったのに、足は自然に郊外へ向いていた。そこに彼がいなければ、もう帰ろう。そんな気持ちでユーグがいるかもしれない家を目指す。


 歩いているうちに怒りの感情は落ち着いてきた。


 前回のように家の裏へ周り、裏口から中を覗く。いま一番会いたかった人物は、薄く切った木材を点検している最中だった。考え事をしながら選別している横顔は、真っ直ぐな本来の性格が現れている。


「リリィ?」


 こちらに気が付いたユーグは、予期せぬ来訪を喜んで微笑んだ。心から嬉しそうな様子に、リリィは胸が苦しくなる。


「……僕のことで何か言われた?」


 顔に全部表れていたのだろうか。ユーグは木材を置き、リリィを家の中へ招く。一つだけ置かれていたイスに座らせると、リリィの右手を見下ろした。


「赤くなってるよ」


 リリィの前で膝をついたユーグは、優しくリリィの右手をとった。どこからか濡れたタオルが出てきて、リリィの右手に当てられる。水を含んだタオルは冷たく、痛みを感じていた手に心地よい。


「……感情で動くと良くないわね。アランにあなたのことを悪く言われて、言葉じゃなくて手が出てた。まだ痛いわ」

「拳で殴るところが君らしいよ」


 理由を聞いたユーグは苦笑した。


「女の子らしくないって、よく言われる」

「他人が勝手に押し付けてくる『女の子らしさ』より、そのままのリリィの方が好きだなぁ」


 ユーグはさらっと口説くようなことを言ってくるから困る。わざと惑わせるために言っているのではなく、思っていることが表に出てきただけだ。受け取ったリリィが勝手に解釈しているだけで、相手に翻弄する気がないことは分かっている。


「リリィ」


 冷やしている右手に視線を落としたまま、ユーグが名前を呼んだ。


「な、何?」

「いくら言葉を尽くしても、人は聞きたいことしか聞こえない時があるんだよ。受け入れてもらうには、行動で示すしかない。時間はかかるけどね」

「それ、噂のこと?」

「根も葉もない噂を流している人よりも、僕を信じて黙っている人の方が多いよ」

「でもその噂を信じて絡んでくる人もいるでしょ? さっきみたいに」

「見てたの?」


 リリィはユーグの手からタオルを取った。右手を膝の上に置き、その上からタオルを当てる。


「路上で絡んできた奴らなら、ちょっと拳で話し合ったら理解してくれたよ。心配しないで」

「逆に心配になるわよ」


 それはつまり平和な話し合いでは解決できず、殴りかかってきた男達を返り討ちにしたということだろう。どちらに非があるのか、見物人が証言してくれることを願うしかない。


「ただ、兄貴って呼ばれるようになったのが悩みかなぁ。止めさせたいんだけど、いいアイデアない?」

「自業自得っぽいし、甘んじて受け入れたら?」


 喧嘩を経てどう彼らが理解したのかは不明だが、今後は迷惑な絡み方をしてこないことだけは確定しているらしい。体育会系に好かれやすいユーグは、他人事のようにムサい舎弟は嫌だとぼやいていた。荒事に発展したものの、ユーグには怪我が見当たらないようなので、リリィは少しだけ安心した。


「信憑性がない噂はすぐに消えるよ。だから僕から言うことは何もない。ただ誠実に行動するだけだね」


 これは自分の問題だから手を出さないで――そう遠回しに言われた。


 回り道をしているようだが、きっとこれが一番良い方法なんだろうとリリィは思う。結局は一言で事態が変わるような『魔法の言葉』など無くて、信頼を一つずつ積み上げていくしかない。


 ユーグは少し迷ってから、真剣な顔でリリィを見上げた。


「……もしこのままダメだったら、僕と一緒に逃げてくれる?」

「うん。他の領でも外国でも、一緒にいられるならついていく」

「じゃあもう少し頑張るよ」


 リリィが即答すると、ユーグは真面目な表情を崩して照れたように微笑んだ。視線は逸らされてしまったけれど、答えたリリィも恥ずかしくなってきたので助かった。


 全てを捨てて自分だけを選んでほしいなんて、断られても仕方がないことを聞くなんて珍しい。それだけ心を開いてくれたのだと自惚れてもいいのだろうか。ゆっくりと変わっていく心の距離が嬉しくて、くすぐったい。


 沈みがちだった気持ちは、たった数分の会話で回復してきた。


「アランには殴ったこと()()謝っておくわ」

「締め上げるのも程々にね。幼馴染なんでしょ?」

「間違ってはいないけど……親同士が仲が良いから交流がある感じかな。アランよりもアニエスの方が幼馴染って言葉に当てはまると思う」

「……眼中に無さすぎて、むしろ同情するよ」


 ユーグの呟きは小さすぎて聞こえなかった。


「何か言った?」

「アニエスって製菓店の子だったよねって言ったの」

「そう。学校に通い始めてから知り合ってね、そこから仲良くなったの」


 何かを誤魔化されたような気もするが、リリィは深く考えずにアニエスのことを話した。聞き上手なユーグとはもっと同じ時間を共有したい。だがお互いに仕事ややるべきことを抱えているため、リリィは会話を切り上げて帰ることにした。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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