現状2
リリィに連行される形でユーグが訪問すると、既に昼食を済ませた弟たちが家を出るところだった。双子の兄弟と一番下の妹だ。三人とも母親手製のカバンを背負っている。
今日は昼から学校がある日らしい。主体となって運営している教会の都合で、月に一度の割合で午前の授業が無い日がくるそうだ。教会にとって必要な祈りの日だと聞いたことがあるが、宗教に染まる気がないユーグは詳しい理由を知らない。
「あれ? 兄ちゃんだ。結婚の挨拶?」
「やっと父ちゃんが許してくれそうなの?」
よく似た二つの顔が、同時にユーグを見つける。
「まだだよ。今日はリリィが呼んでくれただけ」
「ふーん。まあ頑張れよ」
「あっそうだ! アレのことなんだけどさ……」
十歳の男の子らしく興味がない話題などさっさと終わらせ、双子はユーグに詰め寄った。リリィや妹に聞かれたくないのか、ユーグの袖を引いて小声になる。言いたいことを察したユーグは彼らに目線を合わせた。
「昼からは家の修繕をしてるから、いつでもおいで」
「本当!?」
「約束だからな!」
「場所は知ってるよね?」
「もちろん」
「幽霊屋敷だったところだろ?」
双子は顔を輝かせ、もう一度約束だよと言ってから、教会がある方向へと走ってゆく。置いていかれそうになった妹は、ユーグに軽く会釈をして追いかけていった。
「アレって何?」
慌ただしい三人を見送り、リリィが尋ねる。
「二人には秘密基地に出来そうな場所を教えただけだよ」
「秘密基地」
「身に覚えあるでしょ?」
「……あるわ」
己が男だった前世を思い出したのか、迷った末にリリィがつぶやく。十歳ごろの男の子が一度はやる遊びも、一通り経験しているようだ。
「貴方のことだから、危険な場所じゃないとは思うけど」
「領主の屋敷の近くだよ。町から見えにくいだけで、屋敷からは丸見えだから大丈夫。あの二人も見つかったら潰されるって理解してるから、危険なことはしないよ」
「それならいいけど」
リリィは心配そうにしつつも放置することに決めたようだ。他人、特に女には秘密にしておきたい男心をよく理解している。
家に入ると美味しそうな昼食の匂いが漂ってきた。ダイニングテーブルにはリリィの両親が食後の茶を飲んでいる。ユーグの顔を見るなり、父親のテランスは疲れた顔で、母親のカトリーヌはにこやかに出迎える。
「お帰りなさい。今日はユーグ君も一緒なのね」
「何でお前がここに?」
「ただいま。貧相な昼食を摂ろうとしてたから連れてきたわ」
「お久しぶりです。貧相な食事で済ませようとしたら怒られました」
「貧相って。こいつは領主様の屋敷に世話になってるんだろ?」
「作業の進み具合で昼食の時間が変わるから、昼は必要ないと伝えているんです」
「作業に没頭して屋敷へ戻るのを忘れるからでしょ」
即座にリリィが訂正をしてくる。よく理解してくれていることを喜ぶべきだろうか。
「誰かにそっくりねぇ」
カトリーヌがそう言って笑うと、テランスは嫌そうに顔を背けた。彼には痛いほど心当たりがあるようだ。魔石を加工する職人をしているとリリィから聞いたことがあるので、テランスの気持ちがよく分かった。キリがいいところで作業を中断しないと、中途半端で落ち着かないのだ。
「そんな事情なら、いつでもうちへ来なさいな。さあ座って」
「……今回だけだぞ」
家庭内の力関係はカトリーヌが上らしい。渋々、テランスは近くにあったイスを引き、ユーグに座れと示す。母親を手伝いに行ったリリィの背中を見送りながら、ユーグはテランスの隣に腰を下ろした。
「昼飯は自分で用意するって言うなら、料理ぐらいはできるんだろう?」
「少しだけ」
「本当に出来る人なら、家に呼ばないわよ」
すぐにリリィが食器を手に戻ってきた。深皿に入ったウサギのシチューをユーグの前に置くと、素っ気ない態度でスプーンを手渡してくる。
ユーグに反省を促すように、あえて冷たい態度をとることにしたらしい。
――拗ねた顔も可愛いなぁ。
効果は全く無いのだが、あえて言う必要もないかとユーグは黙っていた。リリィの近くにいられるなら、怒られるのも悪くない。
「もう一度言うけど、食材とかパンを齧っただけで食事をした気になるのは駄目よ」
「お前……もっといいもん食えよ……」
テランスはコップにジュースを注いで深皿の隣に置いてくれた。予想以上に貧相な食事内容に同情心を掻き立てられ、何かせずにはいられなかったと見える。口は悪くても根は善良なのだ。ただ最初の印象が悪かっただけで、時間をかければ打ち解けられるのでは、とユーグは思う。
「ユーグ君は昼から家の修繕をするんですって? しっかり食べないと倒れるわよ」
キノコのサラダと自家製のヨーグルトが並ぶ。カトリーヌはヨーグルトの上に蜂蜜に漬けたクルミと赤い木苺を入れた。リリィが森で集めてきた木の実だろうか。よく熟した色と艶をしている。
「うちは食材だけは豊富にあるから。遠慮しないで」
「俺の家に来て、腹が減ったまま帰るのは許さんぞ」
「ありがとうございます」
分かりやすい歓迎に、つい頬が緩む。
出された食事はどれも美味しかった。丁寧に下処理をしたウサギの肉は臭みがなく、牛肉に似た食感だ。カトリーヌに調理方法を尋ねてみると、小麦粉をまぶしてからバター焼きにして白ワインで煮込むのが一般的だそうだ。家庭によってサワークリームを加えたり、トマトを使う。リリィの家では白ワインは風味づけに使うだけで、トマトとスパイスで味付けをしている。
「厳格な決まりは無いのよ。収穫した野菜に合わせて味付けを変えるから、割と適当ね」
そうカトリーヌは言うが、料理上級者だからこそ言える言葉ではないのか。食材だけを渡されて何か作れと言われても、同じことが出来るとは到底思えない。
「隣で見てると本当に適当にしか見えないのに、美味い料理が出てくるからな。魔法でも使ってるんじゃないかって思いたくもなるよな?」
家事の話は分が悪いと悟ったテランスはユーグに同意を求めてくる。
「優れた職人の技術も、隣で見ていると無駄が無くて簡単そうに見えますから。慣れの問題でしょうね」
「慣れるまで料理するより、作ってくれたものを食う方がいいな、俺は」
「こんなに美味しいものを毎日作ってくれる人がいるなら、そうなりますね。羨ましい」
「……娘はやらんぞ」
「今は、ですよね? お義父さん」
「だからお義父さんと呼ぶなと言っているだろうが」
ここリール子爵領では、結婚できる年齢は男女共に成人となる十八歳以上と定められている。リリィはまだ十七歳だ。それまでに安定した生活基盤を示して、テランスを説得したいと考えている。
父親として、一家の長としてリリィが心配なのは理解出来ないこともないが、そろそろ諦めて婚約ぐらいは認めてほしいものだ。
「リリィ、後で隣にジャムを届けてくれない?」
「この前作ったものよね?」
向かいの席ではリリィとカトリーヌが話している。
――普通の家庭って、こんな感じなのかな。
言葉の裏を探らなくてもいい。満たされるものがある一方で、心の内側を曝け出すことにはまだ抵抗がある。くすぐったいような、ずっと浸っていたいような不思議な感覚だ。
食事が終わったころ、裏口から訪問者が現れた。
「アラン。どうしたの?」
リリィが裏口へ向かって応対する。
「これ、焼いたから持って行けって母さんが」
名前と顔は知っている。リリィと母親が話していた、隣の家に住む幼馴染。爽やかな笑顔の好青年だ。リリィに対して好意を持っていることは、その態度によく現れている。
アランは裏口からユーグを見つけると、わずかに顔をしかめる。
「何であいつがここにいるんだ?」
「私が呼んだの」
「あまり他所から来た奴を信用するなよ。初対面で抱きつかれたって聞いたぞ」
「大丈夫よ、この人は」
リリィはアランにジャムが入った瓶を押し付けるように渡した。
「これ、おばさんに渡してくれる? いつもありがとうって伝えてね」
「リリアーヌ、俺は」
「アランが心配することは何もないわ」
前世からの縁であることは、ユーグとリリィだけの秘密だった。アランにしてみれば、突然現れたユーグがリリィをたぶらかしているようにしか見えないだろう。
己が誰かの恋路を邪魔する立場になるとは――生きていれば予想外のことばかりだとユーグは思う。相手がリリィでなければ流れに任せて放置するのに。彼に恨みはないので、早々に諦めて新しい相手を探してもらえないだろうか。
――無理だろうなぁ。
リリィの説得に失敗したアランは、去り際に嫌悪感がこもった視線をユーグに向けてきた。殺気には程遠い青い感情を背中で感じ、ユーグは衝突を回避する方法を検討し始めた。




