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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
2章 幽霊屋敷と空からの来訪者

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悪霊がいた家


 ――それ、成功したのは脅しじゃなくて魅了だと思うの。


 リリィが最初に抱いた感想は、声に出されることはなかった。


 ユーグは己の魅力について無頓着すぎるとリリィは思った。異性とほとんど接したことがない巫女に、この顔はさぞ効いたことだろう。紳士的な言動と蠱惑的な表情が合わさって、リリィですら何も言えなくなる時があるのに。


 美醜の判断が狂っているわけではなく、誰かに好かれるわけがないと本気で思っていることの弊害だ。前世の家庭環境が性格と合わず、自己肯定感が低い。


「その後は問題なく手続きを終わらせて、たまに雑用を引き受けながらリフォームを進めることになったわけ」

「柱に使う木材を伐採したり?」

「あれは乾燥させてる最中。魔法で乾かすと長持ちしないらしいね。乾燥地帯に運んで保管してるよ。ここで自然乾燥させるよりも早く終わるから」


 今の家の中にあるのは、古い材木ばかりだそうだ。他の解体された家から回収された建材を、家主の好意で譲ってもらったという。外側が終わったら選別して、新しく調達した木材と組み合わせて内部を仕上げていく。


「異空間収納と転移魔法って便利だわ」

「快適に暮らすためなら、何でも使うよ」

「私にも使えたらいいのに。市場で買った野菜を持って帰る時に役立つから。弟たちが成長期に突入して、食べる量が増えてきたの」

「真っ先にその使い方を思いつくのがリリィらしいなぁ。荷物持ちが必要な時は、いつでも言って」


 あまり長居をすると作業の邪魔になりそうだったので、リリィは家に帰ることにした。送って行こうかと聞かれたが、通い慣れた道なので遠慮しておく。


「遅くまで残業しないようにね」

「大丈夫、夕方になったら精霊が迎えに来るから。有無を言わさず道具を取り上げて運んでいくんだよ……あいつら融通が効かなすぎだと思わない?」

「奥様の指示ね。人が迎えに来ても従わないって見抜かれてるだけじゃない」


 人間の機微を読み取らない植物らしい強引さだ。精霊の機嫌を損ねると人間側が負けると知っているので、ユーグといえど抵抗できないようだ。


「リール領で生まれて良かった。思い出すのが遅れたけど、あの二人のことは気になってたから。でも不思議ね、世界は広いのにまた会えたんだから」

「そのことなんだけどね、君が消えてからモニカが毎日お祈りしてくれてたからじゃないかな。巫女は魂に関する魔法の専門家だし、一時的に力を失ったとはいえ、歴代最高の巫女なら出来そうじゃない?」


 無意識のうちにリリィの魂を呼んでいたのだろうか。転生の謎は尽きないが、人間に理解できる範囲を超えている。長く生きて世界を裏側から観察していた賢者ですら解明できなかったのだから、ここでリリィが考えても答えは出てこない。


「ユーグは関与してないの?」

「僕に世界を超える力はないよ」

「気長に待っててくれてありがとう」

「どういたしまして」

「でも私が忘れてることに失望して、諦めて帰ろうとしてたことは忘れてないからね」

「それはもう許してお願い」


 ユーグは両手で顔を覆ってしまった。それなりに反省しているようなので、許してあげたい方向に気持ちが揺らぐ。


 あまり過去を掘り返すのは好きではないが、良いところも悪いところも含めて受け入れようと決めたのだから、遠慮などしていられない。しっかり捕まえておかないと、勝手に悪い方向に捉えて離れていくような相手なのだ。


「これからの行動次第よ。じゃあね」


 考えていることは言葉にしないと通じない。だから、ちゃんと自分の口から伝えたい。


 塗りかけの壁の前で別れ、リリィは家へ向かって歩いた。





 桶に材料を入れて漆喰を作っていると、家の中から物音がした。ユーグは手を止めて裏口から中をのぞく。


「割れてる?」


 テーブル代わりに使っていた木箱の蓋が真っ二つに割れていた。箱はまだ壊れるほど古くない。誰かが上から乗ったかのように、蓋は箱の内側に落ちている。


 上に置いていた設計図は、箱から離れたところに丸めた状態で見つかった。

 ユーグが設計図を拾ってシワを伸ばしていると、忍び笑いが聞こえてきた。


「……なるほど」


 長く空き家を占拠していた悪霊がいなくなったことで、隠れていた他の『よくないもの』が出てくるようになったらしい。


 面白い――ユーグは好奇心を掻き立てられた。


 悪霊は生きている人間より知性で劣るというが、魔力は生きていた頃よりも増えるという。肉体がない霊がこちら側に影響を及ぼすためには、魔力という力が必要だからだ。


 ではその魔力は、どこに蓄えられているのだろうか。


 魔力は空気のように容れ物がなければ拡散していくもの。それを人間は魔法式という力ある言葉で縛って使ってきた。


 そもそも肉体がないのに、悪霊の言葉は人間の耳に聞こえてくる。これも魔力で発声器官になるようなものを作っているのか。これを応用すれば、精霊の声が聞こえてくるのではないだろうか。


 ――研究材料が向こうから飛び込んできたんだから、最大限に活用してあげないと!


 幸いにもモニカが教えてくれた結界がある。悪霊を閉じ込め、力を蓄えさせない種類の牢獄だ。


 ユーグは上機嫌で外に出ると、さっそく家の周囲で準備を始めた。


 死んだ人間の霊について、領の法律には何も記載されていない。そしてこの霊はユーグの持ち物に危害を加えた。つまり法律上は害獣と同じと捉えてよいだろう。捕まえた害獣をどう始末するかは、捕獲者に委ねられている。


「今日はいい日だなぁ」


 リリィから会いに来てくれたし、興味深い研究の着想も得られた。


 あとはリリィが悪霊を見つけてしまわないような措置が必要だが、それはまた後日に考えようとユーグは計画を立てていった。


 いよいよ悪霊を閉じ込めようとしていたとき、不愉快な笑い声は、ひそひそと複数人が囁くものに変わっていた。声がする辺りを見ると、不安げな声はぴたりと止まる。


 ユーグが一歩、空き家の中へ足を踏み入れると、慌てて逃げ出す足音が響いた。


「あっ! 待て、逃げるな!」


 不穏な気配を察した悪霊は、捕まって解剖されては困ると、我先に空へ還っていく。図らずも除霊に成功したユーグは、青空に勢いよく飛んでいく魂を眺めるしかなかった。


「あぁ……貴重なサンプルが……」


 弾丸のように飛び出した魂を捕まえる方法はない。精霊との意思の疎通に活用したかったのだが、肝心の悪霊が一人もいなくなってしまった。


「いやでも、これだけ霊が集まっていたんだから、また寄ってくるかも……?」


 今度は発見した時に、即座に捕獲できる道具を用意しておこうと決め、ユーグは残念な気持ちで漆喰を塗る作業に戻った。






 その後、ユーグの前に悪霊が現れることは無かった。


 捕獲しようと待ち構えているのが良くないのか、それとも悪霊の間に情報が行き渡っているのか、どんな怪奇現象に悩まされている場所でも、ユーグが行くと瞬く間に霊障が止んだ。


 巫女が派遣されるまでの一時的な結界代わりとして重宝されたが、本人は非常に悔しがっていたという。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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