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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
2章 幽霊屋敷と空からの来訪者

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感情が還る場所


「閉じ込められたな」


 裏口を調べていたフェリクスが、さして動揺した様子もなく言った。この男のことだから、出口がないなら壁を壊せばいいと思っていそうだ。帝国騎士は変なところで大胆だから困る。


「面倒だな。壊すか」

「言うと思った」


 何か問題でもあるのかとフェリクスは不思議そうにしている。


「腐ってる床とか柱はともかく、壁の石はまだ使えるでしょ。再利用するつもりなんだから壊さないでよ」

「最初からそう言え」

「なにこの理不尽」


 領主に大工並の知識は求めていないが、もう少し家のことを思いやってほしいとユーグは思う。それともユーグではなく領民だったら、もっと違う応対をしているのだろうか。


「仕方ない、あの女を弱らせて……どうした?」

「んー……僕も選択を間違えていたら、こうなっていたのかなと思ってね」


 青い女は一人で明るい未来を語っていた。既に死した者が語る未来ほど虚しいものはない。彼女に必要なのは来世を願って生まれ変わることだけだ。


「同情したのか」

「そうじゃなくて。拒絶されたことを受け入れられない人の末路がね、心の微妙な部分を刺してくるわけ」


 耳を塞いで大声で誤魔化したい種類の刺激だ。

 ユーグは青い女の足元に小石を投げて気を引いた。


「君の気持ちは愛じゃなくて、ただの執着だよ。相手のことを考えずに自分の感情を押し付けているだけ。だから失敗した」

「違う! 私を受け入れない貴方が悪いの!」


 女の悪意が膨れ上がった。濃い魔力が空き家の中央に渦巻き、鳥肌が立つような威圧を与えてくる。巻き上げられた木片が顔のすぐ側を飛び、漆喰の壁に突き刺さった。


「フェリクス、浮いている物を片っ端から斬れ! その剣、魔力を強制的に拡散させる効果があるんでしょ?」


 悪霊が現世に影響を与える時は、魔力を消費している。投げられる前の廃材は、きっと魔力で包まれているはずだ。


「お前は周りくどいだけで、結局は力技ではないか」

「人のこと言えないくせに。君は最短距離で力技に到達するじゃないか」


 フェリクスが弾いた石に当たりそうになり、ユーグは慌ててしゃがんだ。赤子ほどの大きさの石は床板を砕き、乾いた地面に落ちる。床はすぐに女の魔力で修復された。


「……わざとではない」

「ああそう」


 ユーグは小さな魔石に短い記述を刻んだ。空き家の端に建っている柱に投げつけると、衝撃で爆発を引き起こした。二階を支えていた柱の一つが無くなったことで、支えきれなくなった床が傾く。続けてもう一箇所に魔石を投げて均衡を崩すと、二階の床が下に落ちてきた。


 真下にいたフェリクスは身軽に崩落から逃れた。


「おい」

「わざとじゃないってば」


 射殺すような視線を向けられたが、ユーグは気にせず受け流した。

 どうせフェリクスの身体能力なら避けられるのだ。味方に遠慮して中途半端な攻撃をしていたら、倒せるものも倒せない。全ては女を空へ還すため――そう思うことにした。


「私の家になんてことを……いい加減にしないと呪うわよ!」


 地面から白い手が生えてきて足を掴もうと迫ってきた。廃材の上に避難すると、手は標的を見失い、指を大きく開いて固まった。どうするのか見ているユーグの前で、焦った様子で地面を叩いている。目がないので手探りでしか探せないのだろう。


 フェリクスが剣先で貫くと、手は間の抜けた音をたてて天井から青空へと抜けていった。


「ああっ! 私のエリザベスちゃんが!」

「名前、ついてるんだ」


 ペット感覚で地縛霊を飼うのは、いかがなものか。


「エリザベスちゃん、後で仇を討ってあげるからね!」


 女は急いで家を修復しにかかる。柱が立ち、床が埋められるごとに女の魔力は消費されていった。ユーグ達には廃屋にしか見えないが、女は新築の一軒家だと認識しているようだ。窓の辺りでカーテンをかける動作をしながら、新しい家の匂いがするとつぶやいている。


「この家の内部が年月の割に崩れていないのは、女が魔力で維持していたから、みたいだね」

「可哀想だが、修復で魔力を消費させて外に出すしかないか」

「そうだね」


 家を壊した相手を放置して修復に勤しむ女を見ていると、もう説得をして自主的に空へ還る段階は過ぎているのだと分かる。思考が狭まり、生前に執着していたもの以外は、長く考えていられない。


 ここまで壊れていると哀れとは思えなかった。悪意ある力を垂れ流すだけの存在だから、早めに排除すべきと心が告げている。


 ――人の情が欠けているのかな。


 浮かんできた疑問を押し込め、ユーグは魔石を加工した。

 家の形を大きく損なうほど、女が消費する魔力は増える。次はどこを壊そうかと考えていると、動かなかったはずの裏口が豪快に開いた。


「ひゃあっ! 今度は誰!?」


 風もないのに煙が室内に満ちてくる。甘い香りには魔力が満ちており、心を鎮める作用があった。教会で儀式などに使う香油だ。


「……モニカ」


 フェリクスが珍しく動揺を隠していない。今さら言い訳などできるはずもないのに、そっとユーグの影になる位置へと移動している。


 鎖がついた香炉を手に入ってきたのは、長い黒髪を解いた女性だった。領主の妻という立場の方が有名だが、かつては死者を鎮め葬送する巫女を務めていた。フェリクスと同じく順調に歳を重ねているはずだが、童顔なのかあまり大きな変化が見られない。


 上質な服を着ているが、現役の巫女だった頃とほとんど変わっていない。何年経っても、どんな格好をしていても、死者を安堵させる雰囲気に満ちている。


「ここからは私にお任せ下さいね」


 モニカは金色の瞳でこちらを見ると、優しく微笑んだ。拒否権など与えない強い口調に圧され、ユーグとフェリクスは大人しく壁際に下がった。なぜかモニカの背後に羅刹の姿が見えたような気がする。あまり深く考えてはいけないものだとユーグは思うことにした。


 右手に杖を持つモニカは悪霊に近づき、穏やかに語りかける。


「偽りの生、偽りの未来、全てが終わる時が来ました。ここにいても辛いだけ」

「辛い……」


 瓦礫の中に隠れようとしていた悪霊は、恐る恐る顔を覗かせた。女性がいると逃げるはずの悪霊だが、煙を通じて満たされた魔力に妨害されて、逃げ場が見つからないようだ。この空き家はモニカの支配下に置かれている。


「辛いのは嫌……私は愛されたいの」

「幸せになりたい?」

「もちろんよ!」

「この光の先に、次の道が現れます。どのような人生になるか分かりませんが、温かい来世であることを祈っております」


 ふらふらと出てきた悪霊は、モニカが作りだした光の輪の中に入った。不思議そうに空を見上げている。


 女の体が青い球に変化して、天井の穴から抜けていく。風船のように風に煽られながら昇り、やがて空と同じ色になって溶けていった。


「さて、フェリクスさん」


 まずいと察したフェリクスは、さっと目を逸らした。


「いくらご自分で解決なさるのが早いからといって、何でも抱え込まないで下さいね。貴方を支えることが私の務めですから」

「しかし」

「フェリクスさん?」

「……善処しよう」


 領主が折れた。


「わぁ。珍しいものを見た」

「ユーグさんも、あまり無理をしないで下さいね。せっかく再会できたんですから、危険なことは控えないと」

「う、うん。気をつけます……」


 ユーグは素直に頷いた。決して怒られている訳ではないのに、反論できない圧力がそこにある。フェリクスが素直に従うわけだと納得した。


「あの、悪霊の気配が感じられなくなりました。いったい何が――」


 裏口にカーティアが現れた。悪霊の気配が消えたことと、いつの間にかモニカがいることに驚いている。


「敷地の裏から入ってきたのか?」

「はい。見られないように、精霊に道を聞きました」


 下ろしていた髪を一つにまとめ、モニカはフェリクスの問いに返した。持ってきた杖は巫女だった頃に使っていたもののようだ。形はカーティアが持っているものと同じだが、先端の花のような土台についている輝石の色が違う。


「悪霊はいなくなったみたいだし、二人は帰った方がいいんじゃない? 聞かれると面倒でしょ」

「すまないな。頼んだ」

「よろしくお願いします」


 廃屋を出ていく二人と入れ替わるようにして、カーティアが入ってきた。


「先程の方は領主様の……あの方も巫女だったのですか? どうして――」

「君、長生きしたいなら疑問を忘れることも大切だよ」


 ユーグは混乱しているカーティアの唇に指を当てて黙らせた。


「沈黙が身を助けることは、巫女なら教えられているよね? 貴族のところで見聞きしたことは、口外しないように。約束できる?」

「は……はぃ。私、教会へ帰りますっ」


 純粋な巫女は顔を真っ赤に染めて、ふらりと離れた。逃げるように裏口へ向かい、木枠にぶつかりながら外へ出ていく。巫女の見習いが最初に教えられることを、素人のユーグから指摘されたのだ。怒って当然だろうとユーグは判断した。


 ともかく脅しが上手くいったことに満足し、誰もいなくなった空き家を眺めた。かろうじて残っていた二階部分はすっかり抜け落ち、木材は薪にするしか使い道がないようだ。


「……何もないってことは、好きにできるってことだよね」


 家を建てるには、まずどこから考えればいいのだろうか。問題は山積みだが、一つ一つ解決策を考えていると、未来が良い方向へ動いているように思えてきた。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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