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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
2章 幽霊屋敷と空からの来訪者

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差し入れ


 鳥形の道具にユーグの居場所を尋ねる文を書いて送ると、すぐに家を修繕している最中だと返事があった。彼のことだから調理ができる場所は後回しにしているだろう。昼食には温めなくても良いものを選ぶべきだ。


「いっそのこと、外でも食べられるものがいいわね」


 テーブルがあるのかどうかすら怪しい。


 昼食には野菜のスープと魚のサンドイッチを作ることにした。刻んだ野菜を鍋で煮込んでいる間に、香辛料とヨーグルトに漬けておいた魚を焼く。ソースを塗ったパンに新鮮な生野菜と共に挟んで、家族の分と分けておいた。


 スープの味付けを終わらせると、二人分だけ小鍋に取り分けて蓋ごと布巾で包む。カゴに必要な食器と小鍋を入れ、薄紙に包んだサンドイッチとレモンを乗せて準備ができた。


「お母さん、みんなの昼ごはんはここに置いておくね」


 居間の一角で保存食を作っていた母親に声をかけ、カゴに布を被せた。


「もうそんな時間?」

「行きたいところがあるから、ちょっと早いけど作ったの」


 リリィが抱えたカゴを見て、カトリーヌは行き先を察したらしい。優しく微笑んで、いってらっしゃいと手を振る。


「そろそろ行くように勧めようと思っていたの」

「そうなの?」

「貴女たち、出張から帰ってきてから全く会ってなかったでしょ? いいこと、リリアーヌ。好かれていることに油断しちゃ駄目よ。いい関係を維持したいなら、対話を怠らないようにね」

「うん、そうだね。気をつける」


 カトリーヌはふとリリィの全身を見て、首を傾げた。


「ところでリリアーヌ、その服装と髪型で行くつもり?」

「……着飾って行くほうがおかしくない?」


 気合を入れた格好なんて、向こうも望んでいないはずだ。残念そうな母親を残し、リリィはカゴを持って家を出た。


 ユーグが住む予定の家はアルトロワの端にある。住宅地と畑の境界付近にあり、リリィの家が所有している畑への通り道だ。アルトロワの中心地から郊外へ行くほど、家は高層の集合住宅から戸建てへと変わっていく。その中の一つに、長年放置されていた家があった。


 通い慣れた道を歩いていると、目当ての家から寂しそうな顔をした少女が出てきた。顔立ちに合わせて可憐さを際立たせた服装は、己の長所をよく理解した計算高さが伺える。手にした小箱には薄紅色のリボンがかけられ、一目で贈り物だと見分けがついた。


 ――アニエスが言ってた、差し入れに来る女の子の一人かな?


 リリィは顔を合わせるのが気まずくて、近くの家の茂みに隠れてやり過ごした。あまり上手く隠れていなかったが、幸いなことに少女は気がつくことなく通り過ぎて行く。リリィが普段着だったので、庭木の手入れをしていると思われたのかもしれない。


 茂みを抜け出して、リリィは家に近づいた。


 低い塀に囲まれた家は、幽霊屋敷と呼ばれていた。正当な所有者が死去してから買い手が現れず、荒れるに任せる状態だったそうだ。空き家の放置は治安の悪化に繋がると、見かねた領主が土地ごと買い取った。誰も入れないよう封印されていたが、最近になって解除されている。


 伸び放題だった庭の雑草は綺麗に刈り取られ、庭木もいくつか排除されている。崩れていた家の石壁は丁寧に積み直され、新しい玄関扉と窓枠がはめ込まれていた。記憶の中の廃屋とは印象が違うためか、もう不気味な空気は感じられない。


 ユーグはどこにいるのだろうかと裏に回ると、石壁に漆喰を塗っている背中が見えた。リリィが知らない歌を歌っている。英語の歌ということは分かるが、旋律に聞き覚えはない。


「ユーグ」

「あ。リリィだ」


 声をかけると、すぐにユーグが振り返った。漆喰を塗るコテが少しだけ壁を掠め、短い線を描く。気がついたユーグは、そっと撫でるようにコテを動かして跡を消した。


「ごめんね。作業中に」

「構わないよ。いつでも来て」

「……さっき、女の子が出て行ったけど」

「ああ、そういえば来てたね」


 ユーグは新しい漆喰をバケツから掬い、左手に持った板に乗せた。


「作業を中断したくないから、これ使って隠れてるんだよ」


 土がむき出しになった地面に、白い杭のようなものが打ち込まれている。有効範囲は狭いものの、使用者の姿を見えなくする効果があるそうだ。


「一人一人に応対してたら、いつまで経っても家が完成しないからね。どうせお菓子の差し入れでしょ? 受け取ったことで恋人になったと思われても困るから」

「そんなことあるの?」

「僕は経験ないけど、あるんじゃないかな? 領主様はその手の勘違いで苦労したみたいだし。珍しく忠告してくれたよ」


 手際良く漆喰を塗っていたユーグは、リリィは別だからねと付け足した。


「むしろ来てくれるだけで嬉しい。女の子が来ても応対しなくて済むから」

「飛び込みセールスの対応に疲れた社会人の顔になってるわよ」


 似たようなものだよ――ユーグはため息をついた。


「恋に恋してる女の子って、どうしてこう面倒なのかなぁ。いくら興味ないって伝えても諦めないんだよ……」

「貴方が説得できないなんて、相当ね」


 冷たくしすぎて泣かれたのだろうか。顔を合わせることすらせず、逃げることを選んだ理由が少し分かったような気がする。


「新しい恋でも見つかれば諦めるわよ、きっと」


 リリィは昼食を入れたカゴを見せた。


「それより、お腹すいたなって思わない? 一緒に食べようと思って持ってきたんだけど」

「お菓子以外なら喜んで」


 疲れた顔から一変して、ユーグは幸せそうに微笑んだ。その表情だけで、お礼を言われること以上に労力が報われる。ユーグを喜ばせるためにしたことなのに、リリィの方が心を掴まれている気がした。


「キリがいいところで終わらせるから、先に裏口から中に入ってて。玄関はまだ作ってなくて」

「うん。準備しておくね」


 裏口から入ると、家屋の骨組みが見える状態だった。床板を張るための基礎と、屋根を支える梁がむき出しになっている。雪が降る前に壁と屋根を作り、後から内部に取り掛かるつもりなのだろう。


 家の内側から見た壁は、レンガが多く使われていた。なるべく元の家屋で使われていた石を使い、足りない部分は調達しやすいレンガで済ませるようだ。


 リール領では耐久性と防寒性を高めるために二重に石を積んで、間に泥状の建材を流し込む。乾いて固まったら表面には漆喰を塗り、壁を分厚く作るのが一般的だ。壁を垂直に作るのは難しいからと、職人の手を借りたことは聞いている。


 床板はまだ貼られていないので、リリィは土足のまま進んだ。雪が降る地域なので、雪や泥で床を汚さないように家の中では靴を脱ぐ家庭が多い。リリィの家のように工房と直結しているところですら、店舗と家で分かれている。例外は掃除をしてくれる使用人を持つ上流階級ぐらいだ。


 テーブル代わりになりそうな木箱を見つけ、持ってきたカゴを上に置いた。イスに出来そうなものを探している間に、作業を終わらせたユーグが来て木箱の上に布をかけてテーブルクロスにする。


「イスは僕が探してくるから」

「じゃあお願いね」


 カゴから皿を出して準備していると、イスを持ってユーグが戻ってきた。一脚をリリィの近くに置き、もう一脚を手に悩んでいる。


「どうしたの?」

「いや……どっちに置こうか悩んでて」

「どういうこと?」

「角を挟んで隣だと物理的な距離が近くて嬉しい。正面だと顔が見られるから嬉しい。つまりどちらを選んでも幸せだから悩ましくて」


 好きという気持ちを隠さなくなってから、ユーグは素直に考えていることを話すようになった。それ自体は喜ばしいことなのだが、傍にいられることが幸せだと言われると、どう反応していいのか迷う。


「……隣だとお皿を置く場所がないから、正面にしてくれる?」

「はーい」


 結局、いつものように受け流すようなことしか言えなかった。


 ――やっぱり隣の方が良かったかもしれない。


 顔が見えると、意識しすぎて辛い。ユーグに言われなければ考えることもなかったのにと、リリィは少し恨めしく思いながら料理を出した。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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