後始末
ユーグは壊れかけた扉をくぐって外に出た。
「ごめんね、取り込み中で」
「今回は許す」
外壁にもたれて立っていたのはフェリクスだった。ユーグとリリィが抱き合って話している時に作業場を訪れたが、空気を読んで待っていてくれたらしい。気配を消して会話が聞こえない場所にいてくれたお陰で、最後までリリィは気が付かなかった。
「そちらの被害は?」
「魔石職人が負傷、他二人は身体的な怪我は無し。負傷した職人には治療を施して眠らせてる。ほぼ完治したけど、経過観察が必要。建物はこの扉と窓。魔石の紛失は無し。イス一脚が壊れた。これぐらいかな?」
気絶した女性はル・ノーブルの自警団員が連れていってくれた。今頃は自宅に帰っているだろう。
「捕まえた奴らは探していた盗賊団で間違いないようだ」
「そう。裁判はリール領で?」
「……帝都だ」
自警団員が大きな袋を二人がかりで運んでいるのが見えた。広場に乱暴に置かれた袋は、大人が入れそうなほど大きい。
「何か面白いものでも見つかった?」
「外国製の転移門だ。逃走先の偽装や森での活動に使ったと思われる。お前の探知に引っ掛からなかったのは、これが原因では?」
「ああ、そうかも。転移門なら範囲外から襲撃できるね。盗賊が魔法なんて使うわけがないって思い込んでたなぁ……そうか、魔導器か」
転移門は魔導器の一つ。離れた場所に短時間で移動することができる。あらかじめ出口を設置していないと使えないが、大所帯の盗賊団なら偵察を兼ねて作業員を送り込める。
そして転移門は国のような権力を持つ組織で厳重に管理されていた。乱用を許せば犯罪に使用されることは容易に想像できる。戦争に使うことを考えている国もあるだろうが、現時点では消費される魔力の多さゆえに存在を隠している段階だ。
「あれらがどういう手順で転移門を手に入れたのか探る必要がある。入手経路によっては外交問題になりかねん」
崩壊しかけた国から盗んだのか、何らかの密命を受けて帝国で活動していたのか。最近の盗賊は物騒だとユーグは呆れた。
「まぁそれは領主様と帝国に任せるよ。あいつらが後悔しながら処刑されたら、それでいいから」
リリィを怖がらせ、テランスを傷付けた分は報復しておいたので、もう何の感情も湧かない。首を取ってきてくれとリリィに頼まれたら、今すぐ切り落としに行こうと思うぐらいだ。
そんなことよりリリィから抱きしめてくれたことの方が大切だった。心が満たされて幸せな余韻に浸っている最中に、名前も知らない犯罪者の末路など、心底どうでもいい。
「お前……分かりやすくなったな……」
浮ついた態度のユーグに、フェリクスは深くため息をついた。帝国製の魔導器をユーグに渡す。
「アルトロワに帰ってくる時は、これを使え」
今まさに話題にしていた転移門の魔導器だった。ユーグの記憶ではフェリクスが皇帝から下賜されたものの一つだった。
「僕に使わせてもいいの? 君達の帰りは?」
アルトロワにいるフェリクスと自警団員が短時間でル・ノーブルへ駆けつけたのは、転移門を使ったからだ。盗賊をアルトロワに輸送するなら、転移門を使う方がはるかに早い。
「転移門は二つある」
フェリクスはあっさりと内情を明かした。
「俺が持っているものは出口の設定を必要としない。お前の転移魔法と似ている。使用者を限定しているから、俺しか使えないが」
ユーグに貸し出した方は事前に設定が必要だった。おおよその時刻を屋敷へ連絡すれば、フェリクス側で出口の設置をするという。
「怪我をした魔石職人はリール領に貢献してくれている。片手で馬に乗るのは厳しいだろう」
「確かに」
日常生活なら明日からでも問題はないだろうが、何が起きるか分からない乗馬はしばらく控えさせたい。ユーグが転移魔法で連れ帰ろうと思っていたところだった。
「俺の用事はそれだけだ」
「わざわざ悪いね。滞在中は残党を警戒しておくよ」
紛失すれば一族郎党始末されても文句は言えない品だ。誰かに託すことができないので、フェリクスが直接持ってきたのだろう。
「自警団から数人残しておく。お前は護衛の仕事に専念しろ。善良な村人ばかりではないからこそ、鍵をかけた中で作業をするのだろう?」
フェリクスは壊れかけた扉を見て言った。目の前に品物があったという理由で、魔がさして窃盗をしてしまう者もいるだろう。同じ村で暮らす仲間を疑わずに済むよう、少しでも可能性を排除した結果だ。
「……そう。じゃあ、二人が起きる前に血糊でも落としておこうかなぁ。水で流して落ちると思う?」
ユーグは外壁についた血を指さした。扉の前にいた盗賊を斬った時に飛び散ったようだ。
こんなことなら首を落とすんじゃなかった――ユーグは後悔した。リリィを助けることが最優先で、後片付けなど考えてもいなかった。
「血糊?」
「リリィちゃんは幽霊とかスプラッタが嫌いだから、なるべく見えないようにしないと」
「……その配慮は森でウサギを仕留める相手に必要か?」
フェリクスは呆れたように言う。リリィが森で狩猟をすることは、仕留めたウサギをご馳走になったとフェリクスに自慢したので知られている。
「人と動物は違うの! 君は繊細さが消滅してるから分かってないだけ」
「そうか。好きにしろ」
領民を大切にする領主は、どうでもいいという態度を隠そうともせずに帰っていった。
「じゃあまずは魔石を集めて窓を直して……そうだ、富嶽」
犬の形に折った紙から、人懐こい顔をした黒犬が出てきた。行儀よく座ってユーグを見上げている。
「お前は周囲の警戒ね。ここに近付く奴がいたら、こっそり教えるように」
富嶽は小さく吠えて作業場の裏へと走っていった。闇に溶けるように姿を消した犬を見送り、ユーグは自嘲ぎみに呟いた。
「もっと頑張らないと……リリィに慰められて終わりじゃ、かっこ悪すぎる」
*
広場に転がされた盗賊のうち、生きているのは五人だった。魔石職人がいた作業場から三人が生き残り、村を荒らしていた中では二人だ。
フェリクスは盗賊を率いていた首領を見下ろした。縛られた両手の小指が切り落とされている。ブーツの足首あたりには血が滲んでおり、一目で斬られたと分かる怪我を負っていた。失血死しないよう、斬ってすぐに止血までされている。
武器を握る力を奪われ、傷ついた足の腱では走れない。もうこの男は戦えないだろう。
領民の仕業ではないことは明白だった。元帝国騎士が多く住むため捕虜の扱いにも慣れているが、盗賊とだけしか明かしていない段階で、念入りに戦う力を削ぎ落とすことはしない。
――手間が省けた、とでも思えばいいのか。
やったのはユーグしか考えられない。リリィの死角で処置したのだろう。作業場で始末した盗賊は、血が出ないように水死させたぐらいだ。
「これで全員のようです」
ル・ノーブル在住のパトリックが報告した。
襲撃してきた盗賊によって犠牲になった村人は三人。自警団員が一人、高齢の夫婦が二人。大切な領民の命を奪った男達を許すことはできない。この場で始末してやりたいが、残念ながら彼らが持っていた道具が問題だった。
「アルトロワに連行しろ」
フェリクスは転移門を展開した。地面から半透明の門がせり上がり、アルトロワへの道を繋ぐ。朝になれば帝都の役人が引き取りに来る手筈になっている。自分が関与するのは、そこまでだ。
「奴らは必ず、死をもって償うことになる。帝都で罪状を明らかにして、犯した罪の大きさを自覚させなければ。ル・ノーブルが受けた痛みのことは、責任を持って伝えよう。今は、それで納得してもらえないか」
村人たちの反応は様々だった。一方的に奪われたことに対する憤り、家族を亡くした悲しみ、目の前で転がっている犯罪者への恨み。
「この国の宝を奪った者に、安息はない。生きていることが苦痛になるほどの未来が待っている。必ず」
領主として帝国の法律を守る立場にあるが、心情としては村人寄りだ。理解はしても納得はできない。だが領主が法律に背く姿を見せられなかった。
それぞれ割り切れないものを抱えて、村の夜が過ぎていった。




