強襲する異能者
ほんのわずかな差だった。
食事を届けに来てくれた女性の背後に刃物が見え、リリィは咄嗟に彼女の腕を引っ張った。玄関に待機していた富嶽が凶器の持ち主に飛びかかり、軌道が逸れる。作ってくれた食事は鍋ごと床へ落ちたが、女性を襲おうとした斧は開けた扉に突き刺さった。
「お父さん、逃げて!」
リリィは女性を室内へ押しやり、玄関に置いてあった箒を投げつける。侵入しかけていた不審者は箒を叩き落としたが、駆けつけたテランスが勢いよく閉めた扉で頭を打ちつけた。
相手は外国語で怒号を吐き散らしている。すかさずテランスは鍵をかけて扉から離れた。リリィとテランスは食卓を扉の前に移動させて、少しでも相手の邪魔になるように障害を作る。
外からは複数人の声が聞こえてきた。どれも聞き慣れない外国語だ。鍵を壊そうと、重いものを叩きつける音がする。
「裏口も駄目か」
さっと裏口の様子を見てきたテランスが、取手にイスの背もたれを食い込ませた。何も無いよりはましだろう。不審者達は裏口にも回っているらしく、重いものを叩きつけて扉を破ろうとしている。
戻ってきたテランスは自分の荷物の中から魔石を取り出した。一つをリリィに手渡す。
「閃光石は作れるな?」
「一番最初に教えてくれたでしょ。護身用にって」
リリィは受け取った魔石に魔法式を刻んで左手に握った。ただ眩しく光るだけの石だが、まともに見れば目潰しにはなる。テランスはまた別の魔法式を刻んで隠し持った。魔石職人がよく使う護身術だと聞いている。
食事を持ってきた女性は、恐怖で動けそうにない。壁際に座って震えていた。混乱に陥って外へ飛び出されるよりはいい。
リリィはユーグからもらった鳥の折り紙に魔力を入れた。真っ白な鳥に変化した折り紙が空中で羽ばたいて消える。文字を書く暇は無かったが、彼なら何かあったと気付いてくれるはずだった。
「あいつはまだ森か?」
「連絡したから、すぐ戻ってくるよ」
「いつの間にそんなもんを……」
別の折り紙を見せると、テランスはため息をついた。本当は森ではなくてアルトロワにいる領主へ会いに行っているのだが、転移の魔法が使えることを勝手に教えるのは気が引けた。遊んでいると思われているわけではないので、ユーグの許可なく言うのは止めようとリリィは思う。
「どうなるの、私達……殺されるのは嫌」
静かだった女性がリリィの袖を掴んだ。
「大丈夫、ここにいて」
しっかり手を握り、目を合わせて言うと、女性は無言で頷いた。どうなるかなんてリリィも知らないが、ここで女性に取り乱されると足手纏いになる。
「リリアーヌ、下がれ!」
窓を覆う木製の鎧戸に亀裂が走った。女性を連れて離れる時間すらなく、鎧戸の破片を撒き散らして男達が入ってくる。頑丈な扉は諦めて、守りが薄そうな窓に目をつけたらしい。
テランスが投げた魔石が男に当たって砕けた。先頭の男は糸が切れたように倒れるが、続いて入ってきた侵入者がテランスを殴るのが見えた。
「お父さん!」
「来るな!」
リリィは自分を捕まえようとする手を避け、女性と共に結界に閉じこもった。
助けに行きたい。けれど今動けば、丸腰の女性を見殺しにしてしまう。テランスはまだいくつか魔石を持っているから、隙を見てそれを使うはず。
「なんだ、魔石しか無いのか。外れだな」
最後に入ってきた男は訛りの無いタルブ語で言った。
「おい、飯と女を調達してこい。外の奴らも、そろそろ終わるだろうよ」
この男が不審者を率いているらしい。知らない言葉が飛び交い、何人か窓から出ていく。侵入してきた男達のうち、一人はテランスを床に押さえつけ、残りは室内を物色し始めた。リリィが結界で守っているのを見ると、怖がらせるように斧で結界を撫でる。
「女ならここにいるじゃないですか」
「馬鹿野郎、二人だけじゃすぐに壊れるだろうが」
相手の分かりやすい下品さに、心が冷静になっていく。求めているものが単純なほど、時間を稼ぐ方法も思いつきやすい。
外から悲鳴が聞こえ、女性の肩が震えた。
「殺しすぎるなって誰か言ってこいよ。大事な人質にして、領主から金をもらわないといけないんだからな」
「上手くいくんですかね」
「帝都でさんざん聞いたが、ここの領主は随分と平民を気にかけてるらしい。平民の生活のために金を使ってるってよ。そんな優しい領主サマが平民を見捨てると思うか?」
リリィは手の中の魔石を強く握った。これを使うなら全員がリリィの方を見ていないと効果がない。特にテランスを押さえつけている男だけは。
こちらを見たテランスに魔石をのぞかせる。テランスは自由な方の手をリリィに振った。
――お前の自由にしろ、ね。
顔の近くでひらひらと動かす動作は、手が離せない時によく見た。
「あいつらが戻ってくるまで暇だな。そうだろ? こっちに来て酌でもしてくれよ」
作業台の魔石が乱暴に押しのけられ、封を切っていないワインの瓶が置かれた。作業場の片隅に転がっていたものを見つけてきたらしい。
「どうせなら脱げ。俺ばっかりイイ思いしても悪いからなぁ」
何がおかしいのか、周囲で笑いがおきた。
「くそっ……こいつらの言うことは聞くな! そこで大人しくしてろ!」
「大人しくするのはテメェだ!」
体を捩って叫んだテランスを手下の男が蹴った。頭に足をかけ、じわじわと体重をかける。
「お前ら親子か? 自分の娘が犯されるところを特等席で見てな」
「ぐっ……」
男はテランスに斧の峰を叩きつけた。鈍い音がやけに響いて聞こえる。ぎりぎりのところで正気を保っていた女性は、目の前で起きたことに耐えられずに気を失った。
リリィは結界を解いた。作業台に置かれたワインの瓶を掴んで、ゆっくり侵入者の首領に近付く。
「変なことを考えるなよ。まだ親父には死んでもらいたくないだろ?」
ニタリと笑う顔が不愉快だ。弱者を踏み躙って、死ぬまで搾取しようとする態度が。ただ奪うだけしかできない者が、職人として尊敬している父親の腕を折ったことが許せない。
けれど一番許せないのは、そうなる前に手を打てなかった自分自身だ。
吐き気がするような視線がリリィに集まっている。握って隠した閃光石をよく見せようと左手を上げようとしたとき、作業場の扉が吹き飛んだ。
最初に反応できたのはリリィだった。全員が扉に気を取られた隙に、テランスの腕を折った侵入者へ向かってワイン瓶を振りかぶる。油断している相手の頬を思い切り殴りつけ、テランスのところへ走った。
「ちくしょう、あいつらヘマしやがって!」
リリィ達の助けが来たことを察した首領が叫ぶ。扉の近くにいた手下は頭を水の膜に包まれ、そのまま意識を失った。
テランスを押さえつける男の頭を狙って瓶を振ると、気配を察して振り返った顔面に当たる。鼻が潰れるような音がしたが、リリィは自業自得だと心で笑って気にしない。
――意外と頑丈なのね、この瓶。
二回殴ってもヒビすら入っていない。
リリィは自力で這い出たテランスを引きずって壁際に退がり、女性も含めて結界を展開した。
結界に引きこもった直後、斧が唸りをあげて衝突した。大股で近づいた首領が人質にしようと迫り、攻撃してくる。だがもう一度叩きつけようとしたところを、割り込んできた人影に吹き飛ばされた。
魔導器ランプに薄灰色の髪が照らされる。
「……ユーグ」
「遅くなってゴメン」
荒っぽくリリィの頭を撫でたユーグは、立ち上がろうとした首領の顎を蹴り上げて床へ転がす。
「お前が主犯だな? ここで死ね、と言いたいところだけど、領主に生きたまま引き渡す。楽に死ねると思うなよ」
ぞっとするほど冷たい声だった。逃げ出そうとしていた手下達は戦意を失い、後から駆けつけてきたアルトロワの自警団員に大人しく捕縛されていく。首領だけは暴れようとしたところを三人がかりで抑えられ、魔法で眠らされて運ばれていった。




