変化の兆候
同じ作業が続くと時間を忘れてしまう。魔石を入れたカゴが一つ片付くたびに、リリィは少し時間をあけて気持ちを切り替えるようにしていた。慣れは油断を生んで失敗に繋がる。人から預かった魔石を無駄にしないよう、ずっと続けていることだ。
加工済みの魔石をカゴに入れ、帳簿の個数と間違いがないことを確認してから棚に置いた。
ユーグが夜の森へ出かけてから、どれくらい経ったのだろうか。地元の人間が案内をしているので危険なことは無いと思っているものの、無事な姿を見るまでは心配だった。
「リリアーヌ」
「なに?」
珍しく作業中のテランスから話しかけられた。リリィが一通りの作業が出来るようになってからは、注意すべき事柄を除いて会話らしい会話をしていない。
「お前、あの男でいいのか?」
テランスはただ静かに聞いてきた。決して名前を言わないけれど、ユーグのことを指していることは明らかだ。
「うん。ユーグだからいいの」
リリィが即答すると、テランスの口角が下がった。
「……そうか。俺はてっきりアランと一緒になるかと思ってたんだが」
「アランと?」
どうしてそこで幼馴染の名前が出てくるのだろうか。家は隣だし昔はよく一緒に遊んでいた。気兼ねなく話せる異性ではあるものの、男女の仲になったことは一度もない。
「アランは兄弟みたいなものだから。一度も男として意識したことないよ。向こうだってそう思ってるって」
なぜかテランスに残念なものを見るような目で見られた。
――そんなにアランと結婚して欲しかったのかな。親同士は仲いいし昔から知ってるから、お父さんとしては安心なのかもしれないけど。
父親のために好きでもない人と結婚するという選択肢はない。そもそも自分はユーグと再会したいと願って転生してきたのだ。
「しかしな、出会ってすぐに結婚を申し込んでくるような奴だぞ? 性急すぎないか」
「……そんなこともあったわね」
当時は父親の方が動揺していたせいで冷静に傍観していたリリィだったが、改めて思い出すと叫びたくなるような恥ずかしさが込み上げてくる。ユーグはユーグで焦って思わず本音が出たと白状したので許すことにしたが。
前世で関わりがあったとテランスには言えない。だからリリィ達の行動は恋で盲目になっている若者にしか見えないのだろう。父親が心配してくれることは嬉しい。けれどリリィ達にとっては無用のことだった。
今はユーグが言う通り、信頼を得ることを目的にした方が良さそうだ。
「お父さんが引っかかってるのは、ユーグが一目惚れで告白してきたってことだけ? で、私がそれに舞い上がってるように見えると」
「それは……お前は賢い娘だから、人を見る目はあると思うんだが……」
「無理しなくていいよ。周りからそう思われてるってことぐらい、ちゃんと知ってるから」
しばらく二人とも何も喋らなかった。作業をする音だけが室内に響いている。
また一つカゴを完成品の棚へ入れたとき、テランスが独り言のように口を開いた。
「悪い奴じゃないのは、ここ数日でよく分かってる。お前のことを大切にしていることも、ちゃんと未来のことを考えて町に馴染もうとしてることも。過去を語りたがらないのは移民にはよくあることだ。辛いことなら、尚更な」
「……そうだね」
リリィですら、数えるほどの事柄しか知らない。ふと溢れてくる言葉を繋いで推測するだけ。まだ他人に話せるほど、ユーグの中で昇華できていないのではと思う。
「分かってはいるんだがなぁ。まだリリアーヌをあいつに任せるほど、俺自身が納得できてないんだよ」
「まだ二ヶ月経ってないもん、それが普通だと思う。私もユーグも、急いで理解して欲しいなんて思ってないからね。ただ行き遅れって言われる前には認めてほしいけど」
「それはあいつ次第だろうよ」
面白くなさそうにテランスは言うが、だいぶ態度が変わってきたとリリィは感じていた。父親からユーグについて初めて言及してきたのだ。少しづつ、良い方向に進んでいると言えるのではないだろうか。
――運良く転生して、再会して、終わりじゃない。あの男は幸せ漬けにして長生きさせないと。
会いたかったという自分の気持ちよりも、幸せを諦めていたユーグを全力で甘やかしたい思いが強い。好き勝手に振る舞っているように見えて、他人のことばかり優先する優しい人を。
彼が生き方を変えられないなら、それでもいいとリリィは思う。ユーグが己に厳しくても、傍で見ている自分が必要なだけ世話を焼くだけだから。




