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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
7章 女王の楽園

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檻の中で


 リリィを捕まえた男の隣に、歪みが発生した。


 空中に開いた隙間から、女が出てくる。赤い文字に埋め尽くされた顔と、左右で色が違う瞳。赤いドレスは先端へいくほど透けて薄い。腹の辺りには白い放射状の模様が入っている。病的なまでに細い手足で、リリィがいる方へ歩いてきた。


「女王陛下」


 男が恭しく一礼した。

 女王と呼ばれた女は何も答えない。


「怖いか?」


 女王が口を開いた。感情がこもらない平坦さと、二重に聞こえる声は、ひどく聞き取りにくい。雑音が混ざるラジオに似ている。


「私が怖いか。恐怖は私の糧。お前が怖がるほど、私を強くする」


 ふわりと女王の顔から文字が浮かび上がった。上へと離れていく文字を、女王は黙って見上げる。


「その檻は、嫌いだ」


 女王はリリィの結界に触れた。彼女の両手が結界の魔力を奪っていく。少しずつ壁を薄くされ、リリィはポケットから手を出して結界の限界まで後ろへ下がった。


「悪くない魔力だ。されど私が求めるものではない。もっと恐怖を。逃げられないと悟ったお前の絶望が欲しい」


 乾いた音をたてて結界が割れた。


「富嶽、お願い!」


 手に握っていた紙に魔力を与えて、女王へ向かって放り投げた。紙はすぐに日本犬の姿に変化し、女王へと立ち向かう。


 忠実な猟犬の仕事ぶりを確認する間もなく、リリィは逃げだした。結界が女王に効かないなら、一箇所に留まることはできない。富嶽が時間を稼いでくれているうちに安全地帯を見つけなければ、あの男のように取り込まれてしまう。


 出口を探して走っていると、後ろから追いついた男に腕を掴まれた。振り払おうと抵抗するが、男の手は少しも動かなかった。


「女王の御前から逃げるとは、無礼ではないか」

「離して!」

「すぐに終わる。女王の力を受け入れてしまえば、その恐怖も薄れる。さあ」


 男はリリィの腕を強く引いた。女王のところに連れて行かれたら、この男のように黒い獣にされてしまう。自分の意思が消えて、ただの道具になる。意味も分からず誘拐されて、こんなところで終わりたくなかった。


 リリィはポケットの中の魔石を握った。知っている魔法式の中で、攻撃性が高いものを選んで付与する。


「同じ手は通用しないと言ったはずだ」


 投げつけようと振りかぶった手が動かなくなる。男は片手を変形させて、リリィの腕に巻き付けた。リボンのように長くなった手は、魔石ごとリリィの手を包んでいる。


 魔石はリリィの手から取り上げられ、白い床の上に転がった。

 男はリリィの顎を掴んで上向かせた。


「諦めないのか。その目は非常に好ましい」

「触るな。お前みたいな犬は嫌いだ」


 思いっきり睨みつけてやったが、震えた声は隠しきれなかった。


 面白いものを見つけたと言わんばかりに、男の口角が上がる。ゆっくりと顔を近づけ、優しい声音で囁く。


「あと少し、何をすれば心が折れる? このまま顎の骨を砕いたとしても、涙は見せてくれないのだろう?」


 男の手が顎から下へと移動する。

 首をなぞり、鎖骨に指先が触れて、消失した。


「な――」


 リリィと男の間に割り込んだ影が、手にした刀を振るう。男は胸から黒い煙を撒き散らし、後ろへ退がった。


「リリィ。遅くなってゴメン」


 荒く息をするユーグがリリィの肩を抱き寄せた。右手で握った刀は切先を男に向けている。ここへ到着するまで、どんな無理をしてきたのか。袖に切られた跡があった。


「遅い」

「ごめんね」


 少し強めに頭をなでられた。温かい手に安心して、視界がにじむ。


 言いたいことは他にもあるのに文句しか出てこない。全力で探しに来てくれた相手には、もっと相応しい言葉があったはずだ。けれど口を開くと弱音しか言えない気がした。


「下がれ、呪物」


 女王が手で宙を薙ぐと、富嶽が犬らしい悲鳴をあげて紙に戻った。引き裂かれて花びらのように無惨に散る。


 邪魔者を片付けた女王はこちらを指差して、真っ赤な唇を開く。だが呪文が発せられる前に、飛来した衝撃波で中断を余儀なくされた。


「せっかくの再会に無粋なことをするな。獣の女王」


 どこから現れたのか、女王とリリィたちの間にフェリクスがいる。剣を肩に担ぐように持ち、油断なく女王と男を見ている。


 そっと離れたユーグがリリィにコートを羽織らせた。リリィはようやく自分の体が冷えていることに気がついた。暖房がきいている工房から外へ連れ出されたため、防寒具は一つも身につけていない。


 ユーグはリリィが袖を通すのを見てから、優しく頬に触れてきた。目を合わせるように軽く上向かせる。


「待っててね。すぐに終わらせるから」


 分かったと言おうとしたら、キスで口を塞がれた。軽く触れるだけで離れ、そのまま振り返らずに行ってしまう。


 その場に残ったリリィのところには、ユーグが新たに作った富嶽が現れた。焦茶色の犬は同じ色の目でリリィを見上げ、温かい毛皮を押しつけるように寄り添ってきた。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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