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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
7章 女王の楽園

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異界の町


 ブレスレットに付けられた白い石にヒビが入った。サラサラと崩れて粉になり、結界に吸収されていく。ところどころ薄くなっていた結界が修復され、中にいるリリィを守る壁が厚くなった。


「厄介な結界だ」


 工房に入ってくるなり結界ごとリリィを誘拐した男は、自身の爪で何度も引っ掻いてから言った。


「見たことがない。どんな魔法式で構築している? 魔力の消費は?」


 炎が結界の表面をなでた。リリィがいるところまで届かないが、熱は伝わってくる。肌が焼かれそうな温度を、リリィは表情を変えずに我慢した。結界のことは些細なことでも教えたくない。


 左の手首を握ると、薄紫色の石の感触がした。滑らかで冷たい存在感が、リリィの心を落ち着かせる。


 真っ白な、ただ広いだけの空間にリリィはいた。等間隔に並んだ円柱の柱と、アーチ状の高い天井。石のような感触の床には、塵一つ落ちていない。清潔というよりは、潔癖すぎる。限りなく自然物が排除され、身の回りのもの全てが人間らしさに欠けている。


「ああ……知りたい」


 切なげに結界に頬擦りした男は、ふとリリィの顔を見た。ようやく結界以外のことにも興味を示したらしい。


「ただの小娘だと甘く見ていると、怪我をしそうだ」


 結界を観察していた熱っぽい表情は消え、ぞっとするほど冷静な一面が現れた。


「まだ力を隠しているだろう? 僕が知らない魔法の匂いがする。やはり連れてきて正解だった。お前の力を取り込めば、きっと女王陛下の復活も早くなるはずさ」


 リリィが結界の他にできることといえば、回復と魔石の加工技術だけ。男が何の力を求めているのか、検討がつかない。


「あなたはどうして、こんなことを?」

「どうして? 女王に仕える者が命令に従うのは当然じゃないか」


 男の手が黒く変色した。毛深くなり、狼のような尻尾が生えてくる。下半身は二足歩行する獣へ変貌し、瞳の色が薄い青から黒く変色した。


 人狼。前世ではそう呼んでいた存在に近い。


 人の姿をしていたときの男を見た目で判断すると、貴族階級に属していたのだろう。仕立てがいい服には銀のカフスやタイピンがついている。飾りとして付けられた宝石は、小さいながらも上品に光を反射していた。身のこなしも洗練されていて、リリィが普段接している労働者とは違う。なにより変化する前の細くて白い手が、力仕事とは無関係だと主張していた。


「森の中で、女王の先触れと出会った。色々と理解したよ。どうして彼女が森に囚われてしまったのか」


 可哀想に――男は全く変わらない顔で言う。


「彼女は産まれた時から道具となることが決まっていた。魔石で力を入れられ、どんなに強くなっても道具のまま。そして自由になったと思ったら、また檻の中だ。彼女から瞳を奪った人物は、どこで何をしているのだろうね? 彼女は魔眼を維持するためだけに生かされていたんだよ」

「あなたは帝国の、貴族ですよね?」

「その通り、お嬢さん」

「森から流れてきた魔力に飲まれたの?」

「君、言葉遣いには気をつけなさい。ただの魔力じゃない。女王の力だ」


 人だった頭部が獣に変わった。鋭い犬歯がのぞく。


 結界に手をついた男は、じっとリリィを見ている。人だった頃の記憶を残したまま、人ではない何かになってしまった。同じようにあの魔力に飲まれたドニは、悪霊と同じ方法で弔ったとモニカに聞いた。


 リリィはスカートのポケットに手を入れた。護身用にとテランスから持たされた二つの魔石と、小さく畳んだ紙が入っている。リリィには悪霊を退ける力はない。やはり魔石で隙を作って逃げるべきだろうか。


「町の工房で、面白い奴らに出会った。魔石に魔法式を刻んで、僕へ投げてきたんだ」


 男はリリィが隠し持っている魔石に気がついている。ポケットに隠れている手の辺りに視線が向いている。


「彼らと同じ手が通用するとは思わないことだ」

「そう? やってみないと分からないでしょ」


 男を攻撃した職人は、どうなったのだろうか。リリィが知っている魔法式は、男に知られている可能性が高い。


 ゆっくり減っていく魔力は、あとどれくらい結界を維持してくれるのか。そもそもリリィを連れ去った理由すら知らない。分からないことの怖さと不安を抱えながら、リリィは結界だけは維持し続けた。




 *




 あらゆる色素が薄い。最初に抱いた感想はそれだった。


 漂白された町が広がっていた。石畳の道の両端には、五階建てに相当する建物が並んでいる。どれも扉や窓はかたく閉じられ、人の気配がない。どこを見ても植物は植えられておらず、人工物ばかりだ。どこかアルトロワに似ていると思ったのは、町の周囲を高い壁が囲んでいるせいだろうか。


「ここは……?」


 通路を通り抜けてきたフェリクスが、ユーグと同じように辺りを見回して言った。


「獣の町かもね。人間はいないと思う」


 どこかから見られている気配はしている。姿が見えないように隠れているのか、それとも見えないように隠されているのかは分からない。


 通路を構成している粒子が震え、真っ白な竜が頭をのぞかせた。竜――シーリスは巨体のまま町に這い出ると、翼を広げてのびをした。


「薄気味悪い空気よの。死臭に満ちておる」

「お気をつけください。ここは悪意の領域のようです」


 シーリスの後から出てきたネストリは、戦斧(ハルバード)を構えて領主に警告する。

 最後にセレスティノが出てくると、通路の入り口は半分ほどの大きさに縮小した。


「すいません。私の魔力では、この人数が限界のようです」


 魔力を回復させるという錠剤を口に含み、申し訳なさそうにしている。この通路はセレスティノが側について維持しなければ、完全に閉じてしまう。フェリクスはそんなセレスティノに、気にするなと声をかけた。


「このまま通路を維持して、いつでも帰れるようにしてくれ。ネストリと駄竜は、セレスティノ神父の護衛だ。絶対に守れ」

「領主様! 私は貴方の護衛ですよ!」

「そこの頭が足りない竜だけで守れると思うか? 勢い余って帰り道を壊すか、戦いに熱中してセレスティノ神父の護衛を忘れるに決まっている」


 フェリクスは顎でシーリスを示した。当の本人(シーリス)は戦いが待ちきれないのか、長い尾を左右に振りつつ、冷気を振り撒いている。希望に満ちて輝いている目を見れば、戦いの気配に心を躍らせていることは間違いない。


「……不可能、かと」

「そういうことだ。俺たちが帰れるかどうかは、お前とセレスティノ神父にかかっている。まあ、敵を見つけたら駄竜が率先して片付けるだろう。討ち漏らした敵が襲ってきたら、神父を守ってやってくれ。お前にしか頼めない」


 続いて、フェリクスはシーリスの首を叩いた。


「おい、戦いに夢中になって帰り道を壊すなよ」

「ふん。我がそのような稚拙なことをするとでも?」

「すると思っているから、警告しているのだが。ネストリ、いざとなれば竜を斬れ。俺が許す」

「なっ!? 主よ、最初から我を信用しておらんな!?」

「かしこまりました。命に代えても退路を守ります」

「お主まで!」


 憤慨しているシーリスを無視して、ユーグはセレスティノに護符になりそうな道具と一緒に、魔力の回復に役立つ腕輪を渡した。ベビーピンクの土台に金縁のハートがついた可愛らしい道具だ。


 セレスティノは腕輪とユーグの顔を交互に見つめた。言いたいことは痛いほど分かる。


「製作者の好みが色濃く反映されているけど、魔力を回復させる貴重な道具だよ。とある王族を助けた礼に頂いたものでね」


 すっとフェリクスが顔を背けた。

 余計なことを言わなかったことだけは評価しようとユーグは思った。


「そ……そんな貴重なもの、なのですか……?」


 教会で純粋培養された聖職者ですら、この腕輪の見た目には疑問を抱いてしまうらしい。ユーグは戸惑うセレスティノの腕に強制的にはめた。


「いいかい? 見た目に騙されちゃいけない。効果はあるんだよ。効果だけは」

「えっ……あ……本当だ。すごい、周囲の魔力が腕輪で浄化されていきます!」


 そんな凄い効果もあるなんて知らなかった。使用者に合わせて魔力の質を変えているのだろうか。


「この腕輪があれば、しばらく耐えられます!」

「なるべく早く帰ってくるから、帰り道は頼んだよ」

「意地でも確保しておきますよ。ご武運を」


 この場に残る三人に見送られ、ユーグとフェリクスは閑散とした町を進んだ。どこまで進んでも似たような風景が続く。


「領主がこんなところに来ても良かったの? 君がいなくなったら、リール領が路頭に迷うでしょ」

「他に適任がいるか? お前が見殺しにできる戦力が他にもいるなら連れてこい」

「見殺しって、君ねぇ……」


 もっと他に言い方はないのだろうか。フェリクスなら一人でも対処できると信頼しているからこそ、手助けをしないだけだ。


「それで、どこにいる?」

「リリィちゃんは、たぶんこっち。検索も転移も、空間が歪んで使えないね」


 変わり映えのしない風景で気がつきにくいが、最短距離で進んでいくと回り道へと飛ばされてしまう。


「……そうか。俺に分かるのは帰り道だけだな」

「え? 君、道に目印つけてたの?」

「何の話だ。自分が歩いてきたところくらい、撹乱されても勘で分かるだろう?」

「こいつ、野生動物か何かかな?」


 通路ごと方角も入れ替わる迷路に放り込まれているのに、道が分かるとは何の冗談だろうか。もともと生まれ持った能力が高い奴だと思っていたが、ここにきて絶対に越えられない壁というものを見せつけられた気分だ。


「帰り道は君に任せるよ。それより」

「ああ。意外と遅かったな」


 獣が走ってくる音がする。ユーグは刀を抜いた。


「戦ってる時間が惜しいね」

「では目的地まで走り抜けるか? 追従する」


 隣で魔力の風が吹いた。呪文もなく身体強化を使ったフェリクスは、まだ盾しか出していない。


「そうしようか。行くよ」


 走り出した二人に合わせて、隠れていた獣が現れ始めた。人や動物の姿をしているものもいたが、ユーグたちを見つけるなり黒い獣に変貌して襲いかかってくる。攻撃が当たりそうなものだけをさばき、進路の邪魔になるものを斬り捨てていくと、また空間が歪んだ。


 強制的に排出された先は、町の広場のようだった。帝国内であれば歴史を記念した銅像やら噴水を作る場所だが、この無彩色の町には何もなかった。真四角に切られた石が敷き詰めてあるだけ空間だ。


 試しに魔法で石を壊してみると、黒い水が湧き出てきた。欠けたところを補うだけの量しか出ず、水面が静止した途端に白く変色した。触れると硬い。継ぎ目は見当たらず、どこが壊れたのか分からなくなった。


「獣の主が造った城下町、だね。今まで取り込んだ人間の記憶から構成してるのかな?」

「そのようだな。魔力と負の思念を材料にした町か。黒い水の中から亡者の声がした」

「思念に残された声だよ。本当の意味での亡者はいないはず」


 広場の中心が歪んだ。収縮してから広がり、何かが出てくる。


 リリィだと思った。探し求めていた姿だ。ユーグの目の前で連れ去られて、全てを捨てて早く助けに行きたいと焦っていた。


 淡いベージュ色の髪が解けて背中に広がっている。深い青色の瞳が、不安げに後ろを見た。彼女が出てきた空間から、黒い獣が飛び出てくる。獣が彼女に手を伸ばしたが、その爪が触れる前に加工された魔石が投げつけられた。魔石は赤い炎をあげて獣の頭を包む。


 ユーグは無言で獣に走り寄り、一刀で切り捨てた。返す刃で彼女の胸を突き刺す。


「ユ――」


 何が起きたのか分からない。そんな表情だ。刀を抜くと赤黒い血が石の上に散った。


「ユーグ!? 何をしている!」


 追いついたフェリクスがユーグの肩を掴んだ。


「偽物だよ」


 倒れた彼女の体が黒く変色していく。手足の末端から崩れ、人としての形が失われていった。


「僕がリリィを見間違えるわけがない。どんなに偽装しようと、本物とは全然違う」


 冷静さと怒りが体の内部を渦巻いている。よりにもよってリリィの偽物を見せられたことが腹立たしい。一目で偽物と分かっていても、助けなければと思ってしまった。背中から偽物に刺される危険もあったにも関わらず。


「それにリリィちゃんは、もっと可愛いくてスタイルがいい。造形の作り込みが甘すぎる!」

「……その感想は敵にぶつけてやれ」


 呆れた目で見られたが、どうしても主張しておきたいことだった。中途半端な人形で騙される奴だと思われている。そんなわけがあるかと拳で殴ってやりたいほどの侮辱だ。


「次はどこへ行けばいい?」

「あっち」


 たぶんね、とユーグは付け足した。


「魔力が流れてくる方向に、リリィにつけた目印の反応がある。たぶん、獣の主も一緒にいる。ここは主の魔力で成り立っている世界だ。だから、魔力の源へ行けばいい」

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ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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